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【短編小説】屋上パンダ

掲載日:2025/12/16

 誰もいない薄暗い廊下を一番奥まで進んで階段をぜんぶ上がったところに保健室がある。

 幾度か深呼吸をしてからもう一度保健室と書かれた札を見上げて確認した。

 ここで間違いない。

 ……と思う。

 いつだって不安だ。絶対なんて存在しない。もしかしたらこの白い鉄扉の向こうにはスマホカメラを構えた同級生たちがいて、笑いものにしようと待ち構えているかも知れない。

 または何も無い部屋が広がっていて、あたかも部屋を間違えたみたいに黙って帰る。

 そうだ、帰りにはラーメンでも食べて帰ろうかな。

「いつまでそこに立ってるんだ、早く入れよ」

 中から保健室の先生が声をかけた。

 何かを見透かすような、それでいて突き放す感じのない声だった。


 

 思い切って白い鉄扉を開けると、白衣を着た保健室の先生がパンダ型の遊具に乗って走り回っているのが見えた。

 子どもの頃に行った遊園地で見た事がある100円を入れて動かすタイプの遊具だった。

 保健室の先生は白衣のボタンを外していて、中には真っ黒いTシャツを着ていた。

 そして咥え煙草でパンダの背中についたハンドルを回しグルグルと回転して遊んでいる。


「あの、すみません」

「少し待ってろ、いま終わる」

 入れと言われたものの、手持ち無沙汰になっておずおずと声をかけたが一蹴されてしまった。

 保健室の先生を載せたパンダは哀愁のあるメロディを奏でて動き回っている。保健室の先生がハンドルをきる度にパンダは右へ左へ向かって動いた。

 そして次第に動きを緩めていくと、保健室の先生が咥えていた煙草が燃え尽きるのとほぼ同時にその動きを止めた。

 メロディも止んだ。

 保健室の先生は満足そうにパンダの背中をポンと叩くと、パンダに跨ったままの姿勢でこちらを見て訊いた。

「なんのようだ」

 眼鏡の奥にある垂れ目がドロリと光った気がした。


 パンダを降りた保健室の先生はずり上がったままのスカートを直そうともしない。

 もう少しで見えてしまいそうだ。

「相談がありまして」

 なんとなく見てはいけない様な気がして視線を辺りに向けた。

 数台の旧いゲーム筐体が並んでいて、音こそ出てはいないものの画面は明るく光っている。

 保健室の先生が鼻で嗤った。

「どうせ下らない用事だろ、少し遊ばせてやるから気が済んだら帰れ」

 どうしてここにはお前みたいなのしか来ないんだよ、保健室の先生は文句を言いながら頭を掻いて肩まで伸びた髪を見ながら枝毛を抜いて捨てた。

「たまには可愛い顔をしたのが来ないもんかね」


 何か悪口を言われた気がするが、気の利いた返しをできずに口を噤んでいると会話のタイミングすら逸してしまった。

 それに遊んでいけと言われても、別にゲームをしにきた訳じゃない。


 やたら細いピンヒールをカツンと鳴らして歩く保健室の先生は端に置かれた自動販売機に向かうと、そのまま硬貨を投入する辺りに蹴りを入れた。

 蹴られた自販機は数本の缶コーヒーを吐き出した。

「飲むだろ、やるよ」

 保健室の先生が投げつけたコーヒーは良く冷えていた。



「そんで、なんで来たんだよ」

 適当にしゃがんだ保健室の先生は谷間からやたら細長い煙草を取り出すと、首から下げた土星みたいな形のブローチライターで火をつけた。

 広がった煙が顔を包んだが、そのままにした。悪い匂いじゃないなと思う。

「何でって、そりゃあ相談が」

「馬鹿だな、そんなものは相談とは言わないんだよ」

 保健室の先生は鼻で嗤った。



「まだ何も言ってないじゃないですか」

 言う前からなんだよと顔を向けると、しゃがんでいる保健室の先生の足間に真っ赤な二等辺三角形が見えて、慌てて顔を背けた。

「ほらな。言う前からわかる。顔に書いてあんだよ。お前らの年頃は全員そうだ」

 保健室の先生は膝を更に開いて笑った。

「そんなんじゃないですって」

「そんなもんなんだよ。そんでそれを引きずったまま生きて死ぬんだ」

 青春プレイファック、時間は止まらないし取り戻せないんだよ。だから風俗では制服オプションが盛んなんだ。

 保健室の先生は細長い舌を伸ばして見せて笑った。



「厭ですよそんなの」

「ほらな、わかってるんだよ自分で。それともいま私とここでやるか?」

 保健室の先生が舌先をチロチロと動かす。

「そう言う事をしにきたんじゃないですから」

 視界に保健室の先生を収めているのがいやだ。

 自分のつま先を見つめていると、保健室の先生が笑った。

「そう言うことを、しにきたんじゃないですぅ〜。だから駄目なんだよお前みたいなのは。据え膳も食えない癖に、やれコースが良いだの、やれ立派な懐石が良いとかフレンチフルコースが良いとか、馬鹿も休み休み言え」

 喰えるもんは喰う、少しくらい砂がついてたら払ってでも喰うんだよ。

 先生が指で弾いた煙草の燃さしがつま先に当たった。


 

「そんなんだから学校中の女子生徒に嫌われるんですよ」

 せめてめの反論だった。

 ここまで嫌われている女の先生は他に知らない。ナメられている先生は沢山いるけど。

 だけど保健室の先生はそれすら笑い飛ばした。

「知るか、悔しかったら弁護士とアイドルの二股かけてみろってんだ」

「弁護士とアイドルに二股かけてるんですか」

 思わず顔を上げて訊いてしまった。

 保健室の先生は鬱陶しそうな顔をして手を振って、どうでもいいだろお前には関係がないんだからと言った。

「だからお前もいい加減に部屋から出ろよ、別に学校に来いとは言わない。

 だが部屋からは出ろ。

 こんな屋上があってたまるか。

 学校の屋上なんてものは存在しないんだよ、お前が部屋から出ない限りな。

 そしてお前が部屋から出たところで、お前を好きな先輩も同級生も後輩も存在しないんだよ。

 お前は学校に存在できてないんだからな。まずは存在しろ」


 保健室の先生はそれだけ言うと立ち上がり、パンダの背中に100円を投入すると再び流れ出した悲しいメロディと共に動き出したパンダをハンドルで操作してそのまま屋上フェンスを突き破って落下していった。

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