11話 羽ばたく守護天使たち
ぐずぐずと鼻をすすると、丸めた拳で涙を拭きとる。
そのあとは、気恥ずかしそうにおれから離れ、ひとりでちゃんと客車の椅子に座った。
「そうと決まれば、善は急げ。わたくしの屋敷に向かいましょう、と言いたいところですが……」
ふふ、とレイラは愛らしく笑った。
「まずはあそこに行かねばなりません」
言うなり、手を伸ばして、客車の窓をこつこつと叩いた。
「なんでしょうか、姫君」
客車が外側から開き、恭しく顔をのぞかせた男を見て、おれは声を上げる。
「あの時の!」
レイラを救出したときに、部屋に最初に突入してきた男で、おれが蹴りをいれて気絶させた奴だ。
「その節はどうも」
首を撫でながら、睨みつけて来る。
「『守護天使』に会うためには、猊下を敵対視する者と接触すれば早いと思っていたのですが……。なにを勘違いしたのか、わたくしのことをどこかの貴族の庶子と思ったようで……。うっかり捕まり、生贄にされかったのです」
のほほん、とレイラが言う。男は盛大に顔をしかめた。
「うっかりじゃないですよ。慌てて救出に向かったのに、この男たちに蹴られるわ、殴られるわ……。骨折ったやつもいるんですからね」
別邸の私兵ではなかったのか、とおれは苦笑いした。
なるほど、檻に閉じ込められ、命の危険にさらされていても、なおかつ安穏としていたのは、いざとなれば救出されることを知っていたし、なにより自分には強大な魔力があるからだったに違いない。
「教会本庁に、わたくしの親類だと伝えたのはあなた? ほら、ソレティの」
くすくすとレイラが笑う。男は更に顔をしかめた。
「そうですよ。それだってもう、大変だったんですから。だいたいね、姫君。あなたすぐに逃げ出せたでしょう。それをもう、もたもたと……」
「このおふたがたと交流を深めていたのです。その甲斐あって、こうやってご協力いただけることになったのですから。あなたはもっとわたくしに感謝すべきです」
ぴしゃりと言い放たれ、男は黙ったものの、口を尖らせている。その表情に思わず噴き出したが、やっぱりすごい顔で睨まれたので、慌てて顔を引き締めた。
「じゃあ、今からお屋敷に向かえばいいんですね」
ぶっきらぼうに男は言うが、「いいえ」とレイラは首を横に振った。
「このおふたがたと行かねばならないところがあります。そこに向かいなさい」
「どこ?」
男がおれに尋ねる。おれだって知らない。面食らってルカと顔を見合わせると、男が「ひえ。ほんと、見分けつかないわ」と感嘆の声を漏らしていた。
「まあ、おふたりともお忘れになったの? 約束しましたでしょ」
レイラは笑い声をたてた。
「白薔薇亭ですわ。焼きたての菓子を存分に食べに参りましょう」
ぽかん、と。
おれとルカはレイラを見つめたが。
また、顔を見合わせ、同時に笑い出した。
本当だ。すっかり忘れていた。そんな約束をしたような気がする。
「行こう、ルイ。楽しみだね」
笑顔のルカに、おれはうなずく。
これからもずっと。
ふたりいるなら、なにをするのも、どこに行くのも、楽しみだ。
了