10話 壊れた監獄
◇◇◇◇
「王家の中でも、あなたがたのことはよく聞いておりました」
向かいに座るレイラは、唇に淡く笑みをたたえたまま、おれたちにそう言った。
場所は、教会本庁を少し離れた路地。
その停車した馬車の中だ。
あの後、レイラを連れておれたちは、教会本庁の門に向かった。追って来るやつは誰もいない。レイラが落雷で威嚇をし続けたからだ。
おれたちはほぼ、無抵抗のまま、教会本庁の敷地を出ることに成功した。
そこには王家の紋をつけた馬車が用意されており、レイラは当然のごとく、それに乗り込んだのだ。
『狭いところですが、さあ、お入りになって』と。
「悪いんだが……」
おれはレイラに断りをいれ、ちらりと隣に座るルカを見た。やつもおれを見てうなずくから、言葉を続ける。
「君は、何者なんだ?」
「レイラです」
きょとんと答えるから、頭を抱えたくなった。
「いや……。その、君、王家となんかつながりあるの?」
この馬車は王家の紋をつけていて、猊下も彼女の存在に気付き、抹殺しようとしていた。そんな存在とは。
「わたくしの父は、現国王です」
「こくおう! こくおう! いてっ!」
驚いて立ち上がったルカは、したたかに馬車の天井に頭をぶつけたらしい。若干客車が揺れたぐらいだから、相当勢いよくいったんだろう。
「だって、君! お父さんの名前、知らないっていったじゃん!」
頭を撫でながらルカが叫ぶ。
「名前は知りません。いつも陛下、とお呼びするので。母についても同じです。王妃殿下と申し上げるので……。はて、お名前はなんとおっしゃるのか」
しれっと答えるもんだから、ため息しか出ない。なるほど、おれたちの聞き方が悪かった、ってことね。
「わたくしは、生まれた時から魔力を身体に宿していたため、宮廷から離され、誰からも隠されるようにして育てられました」
「目が見えないから、ではなかったのか」
おれが問うと、彼女は可愛らしく首をかしげる。
「生まれつき目が見えなかったわけではないようなのですが……。魔力を行使するたびに、視力を失っていきました。つまり、あなたがたでいう後遺症というものなのでしょう」
おれとルカは顔を見合わせ、なんとなく互いにうなずきあう。魔力の発動は、なにがしかの対価を支払うのだ。
「王家では、ときどき、わたくしのような人間が生まれるようで……。その場合、王家を守るためにその魔力を行使してきました。あなたがたが、教会本庁を守るようなものでしょうか」
ただ、レイラはそこで立てた人差し指を自分の唇に当て、なにか考えるようなそぶりをする。
「冒頭申し上げましたように、王家ではあなたがた『守護天使』のことが大層問題視されておりまして……。片づけてしまおう、と結論が出たのです」
あっさりと彼女は言うので、おれとルカはなんとなく寄り添った。
一難去ってまた一難とはこのことか。
いつでも馬車から逃げ出せるように、ちらりと窓の外を見ると、軽やかなレイラの笑い声が聞こえてきた。
「あなたがたを殺すようなことはいたしません。大丈夫です」
ルカが、ほっと息をついたが、おれはまだ警戒心を露わにレイラに尋ねた。
「どうして?」
「あなたがたは、被害者だからです」
はっきりとレイラが答え、おれは目をすがめた。
「被害者? 加害者、じゃなく?」
教会本庁の指示通り、おれたちは何人も。いや、何十人も。下手したら百人以上殺して来たかもしれない。
教会の脅威になる。猊下の命を狙った。そんな理由で、おれたちは人を殺した。
「年端もいかない子どもに魔力を宿らせ、反抗できない状態にして人殺しをさせるのは、虐待です。あなたがたは、教会本庁の被害者なのです」
「だけど、人を殺したのは、おれたちだ」
「好きで殺しているとは、わたくしには思えませんでした」
きっぱりと言い切られ、おれは口ごもる。
「もし、殺すこと自体に快感を覚え、自ら殺戮を好むようであれば、わたくしは王家にその旨を報告し、あなたがたを始末していたでしょう」
ですが、とレイラは静かに言う。
「あなたがたは、そうしなければならない、と仕向けられた。その生活からも、逃れられないのだ、と諦めさせられた。で、あるならば」
レイラは、花がほころぶように笑う。
「わたくしと共に、逃げましょう。とらわれることはないのです。教会本庁から……」
「でも、ぼくらは人殺しだ」
呟いたのは、ルカだった。
横目で見ると、ルカは無表情のまま、ぼろぼろと涙を流していた。
「たくさん人を殺したのに、ぼくたちは逃げてもいいのかな」
「罪から逃れることはできません。ですが、償うことはできます」
「償う、とは?」
腕を伸ばし、ルカの肩を抱く。あいつは頭をおれに凭れさせたまま、ぐずぐずとまだ泣いていた。
「この国には、まだあなたがたのような子どもたちがいるのです」
言い切るレイラに、おれは動きが止まった。ルカだって、泣くのを止めたぐらいだ。
「そんな馬鹿な」
知らずに言葉が漏れた。
そんなはずはない。適応できたのはおれたちだけだと聞いた。だから、おれたちは本庁で囲われ、生活させられ、使役させられているのだ、と。
「わたくしのように、生まれ持った魔力を行使しても、大きな代償を支払うのです。あなたがたのように、後天的に埋め込まれた人間は、果たしてどれほど生きられるのでしょうか」
淡々としたレイラの声に、正直、ぞっとした。
おれたちだって、いつまでもこんな生活が続くとは思っていない。年を取るにつれ、衰えはやってくる。いつか、使い物にならない日が来るだろう。
だけど、それはもっとずっと後だと思っていた。
「教会には膨大な資料があるはずです。魔力を宿した者の成育歴、発達過程、そして、どのように死ぬのか」
ルカがおれにしがみついてきた。その背を撫でてやるが、おれだって震えが止まらない。
「すでに、おれたちの代替を用意している、ってことか」
おれたちの利用価値が、無くなるから。
「このまま魔力を使い続けていればそうなったでしょう。そのために、教会はこの国中であなたがたの代わりになる子どもを探し続けているはずです」
レイラは身を乗り出し、声に熱を込めた。
「こんな非道な、人の命を使った実験などやめさせるべきです。そのためには、あなたがたの力を借りたい。無力で哀れな子どもたちを救いたいのです」
「……償う、というのは、そういうこと?」
おれは再び、レイラに尋ねた。彼女は大きく首を縦に振る。
「現在、教会に囚われて魔力を埋め込まれようとしている子どもたちを救い出すことも大切ですが、その方法、手口、その後の養育方法など、あなたがたにしかわからないこともたくさんあります。ぜひ、力になってほしいのです」
おれとルカは、知らずに顔を見合わせていた。
金色の髪。青い瞳。彫像のように整った顔。
まったく同じ顔で、同じ身体つきなのに。
まったく別の思考回路を持った、おれの弟。
「ぼくたち、外の世界で生きられると思う?」
月光にしか晒されなかった白い頬に、月光石のような涙が流れる。
「どこでだって大丈夫だ」
おれはルカを抱く手に力を籠める。
「おれたちふたりがいれば、最強じゃないか」
「ぼくたち、罪が償えると思う?」
「償える。ふたりがいれば、疲れた時や苦しい時だって、交代できるだろ」
おれの言葉に、ようやくルカは笑みを取り戻した。