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1話 守護天使たち

「ルイ。大丈夫?」

 呼びかけられ、おれはゆっくりとまぶたを開いた。


 目の前にいるのは、ルカ。

 漆黒の闇に包まれているというのに、くっきりとあいつの顔が見えた。


 まるで鏡の前に立っているようだ。

 おれと同じ顔。同じ姿。同じ髪色。


 インク壺をぶちまけたような夜にも染まらない金の髪に、青金剛石をはめ込んだような瞳。形の良い眉に、口端が弓なりに上げられた唇。


 『造形的にすべてが完璧』と神官たちが褒め、『これでこそ守護天使』と猊下げいかを言わしめた、おれたちの外見。


 魔力を発動させたおかげで、太陽の下で見るよりはっきり相棒ルカの顔が見え、双子の弟だというのに神々しささえ感じた。


「お前の毛穴まで見える」

「ちょっと、やなこと言うなよ」


 あっちはおれのような見え方じゃない。

 そのせいで鼻先がくっつくほど顔を近づけていたルカは、あからさまに顔をしかめた。


「お前こそ、大丈夫か?」

 笑ってルカに尋ねる。やつは、小さく肩をすくめておれから数歩離れた。


「素人しかいないんでしょ? ダイジョブ、ダイジョブ」


 ルカはあっけらかんと言うなり、数度その場で跳躍をしてみせる。魔力を使わなくても、互いにそこそこ運動能力は高い。まあ、おれが続いて飛び込むまで、ひとりで問題ないだろう。


「室内には男が数人だが、別邸に私兵がいる。気づかれたらやっかいだ。さっさと任務遂行したら……」


「わかった、わかった」


 おれの声を遮り、ルカは手を振る。やめろ、と言っているのか、それとも準備運動なのかわかったもんじゃない。


「さて、行こっか」


 あいつが笑う。呼気が空気を揺すらせた。髪をかき上げる。金の髪が流れ、残像がたゆたう。あいつの周りだけ闇が退いたようだ。


「了解。おし、来い」


 苦笑いする。まあ。こいつがへまをするわけがない。


 おれは建物の壁を背に立ち、指を組み合わせる。両足を開いて、膝を深く落とした。ルカと向き合う。


 ふ、と。

 ルカがひとつ息を漏らし、勢いよくおれに向かって走って来た。


 おれは、ぐい、と踵に力を入れる。

 ルカが組み合わせたおれの手の中に、どん、と右足を乗せた。


 は、と。

 おれはひとつ息を漏らし、勢いよく宙に向かってルカを押し上げる。


 ルカのしなやなか身体は、翼でも得たように夜空に舞った。


 とろり、と。

 ルカの存在自体が闇にとろけかける。

 だが、雲間から現れた新月が、金髪を照らす。まぶしい。おれは舌打ちして顔をそむけた。魔力で視力も強化したせいで、あんな光量でも目がくらみそうだ。


 がたり、と。

 木枠を揺する音がした。


 咄嗟にルカが侵入したであろう二階の部屋を見上げる。


 窓枠にルカの姿はない。

 ただ、空気を孕み、カーテンが大きく膨らんでいる。まるでルカに手を差し伸べて取り込んだように見えた。


 おれは建物から離れる。ちょうどさっきまでルカが立っていたところに移動した。窓を見上げる。これじゃまだ、距離が足らん。


 数歩下がり、ついでに、親指で両目をこすった。今から室内に入るのだ。ちょっと明度を落とさないと世界が白くなる。


 ふたたび目を開くと、ぼやり、と皮膜を通したような視界に変わった。まあ、こんなものか。


 おれはその場でひとつ跳躍する。してから、苦笑いだ。さっきルカが同じことをしていた。双子って、こんなところまで似るもんかね。


 そして、駆ける。

 あらかじめ目印にしているところで足を合わせ、両膝を曲げて身体をたわめた。


 その後、一気に伸びあがる。


 ばくり、と心臓がひとつ拍動した。途端に、爆流のように血液が全身を巡る。かっ、と指先まで熱くなる。ちりちりとふくらはぎと太ももにかゆみに似た痛みが走る。あーあ、と内心ため息をついた。これは明日、魔力が切れた時に相当痛むな、と。


 内臓が移動するような浮遊感の中、おれは一気に二階まで跳躍し、窓枠に左足を乗せる。ごん、と左ひざに全体重が乗った。左つま先に力を込める。靴裏ごしに爪を立てた。そのまま、上半身を傾ける。


「よ、っと」

 言葉を漏らし、室内に着地した。


「遅い、遅い」


 途端にルカの声が聞こえる。


 室内を見回した。

 視界の明度を下げておいてよかった。存外明るい。


 どうやら寝室じゃなかったらしい。

 家具も何もないがらんどうの部屋の床には魔法陣が描かれ、床にはふたりの男がうつ伏せで倒れている。


「もう、こいつで最後」


 ルカが右肘で男の首を締めあげながら笑う。


「早ぇな」


 呆れる。床に伸びている男の腰にはそれぞれ剣がぶら下がっているが、抜く暇も与えなかったらしい。いずれも鞘に収まったままだ。


「……き、貴様ら……」

 聞きなれない声に、おれは少しだけ瞳を移動させる。


「守護天使……、か」


 ルカが背後から締め上げている男だ。

 唇を震わせ、顔を真っ青にしておれを見ている。


「〝神の国は、武器を持つ天使たちに守護されている〟」


 男の耳に唇を寄せ、ルカが囁く。低いが甘い声。ゆらりと男の耳に入り込み、鼓膜を撫でたらしい。男は悲鳴を上げた。


「〝邪教を退け、悪事を働く人間どもに罰を与えるため、武器と神通力を持って神を守る。それこそが守護天使。神の意思〟」


 経典の一節をルカは囁くが、男は狂ったように悲鳴を上げ、じたばたともがいた。


「人殺しの化け物め!」


 ぷ、と思わずおれは噴き出した。

 違いない。


 猊下が「天使」と称えようが、神官どもが「神からの賜りもの」とありがたがろうが。


 強化魔力を宿らされ、教会の敵と言われた人物を暗殺してまわるおれたちは、『人殺しの化け物』以外、なにものでもない。


「守護天使だって言ってんだろ」


 冷えた声で言うなり、ルカは男の首に回した右腕を力いっぱい引いた。


 ごきり、と。


 鈍い音を立てて男の首はあらぬ方に向き、白目を向いたまま脱力した。


「失礼な奴だな」


 拘束を解くと、男の身体は床に伸びた。それでもルカは怒りが収まらないらしい。男の顎を蹴り上げるから、おれは顔をしかめた。


「よせ。作戦終了だ。帰るぞ」

「まだだよ。あとひとり」


 つまらなそうにルカが言い、部屋の隅を立てた親指で示すから、そちらを見る。


「……なんだ、あれ」

 思わず呟く。


 部屋の隅。

 そこには、檻が置かれている。


 鉄柵を無造作に組み上げたような檻だ。獣を入れていたのかもしれない。鉄柵はところどころ錆び、古びた血らしいものと、なにか毛っぽいもの。それから、獣の皮膚のようなものがついていた。


 随分と使い込まれ、その割には手入れを怠った獣檻の中には。


 いま、ひとりの少女が入っていた。



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