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「クリスお嬢様、今日はどちらへお出かけしましょうか? ハンナ様より、日が暮れる前までなら自由にしてよいと仰せつかっております」
専属メイドのソニアが、てきぱきとお出かけの準備を整えてくれる。
おそらく二十歳くらいの若さながら、熟練のメイドらしい素晴らしい手際だ。
ソニアは、くりくりしたブラウンの髪と、髪と同じ色の大きな瞳がとってもかわいい子なのだけど、侮るなかれ。
クレイマスターに来る前は冒険者としてならしていたらしく、槍の達人なんだとか。
その名残なのか、半分くらいが鎧になっているような、個性的なメイドファッションに身を包んでいる。
ちなみにソニアは、公爵家専属ではなくわたしの専属メイドだ。
専属どころかメイドにもあまり免疫のない、二十八歳のわたしが恐れ多すぎて萎縮していたら、すかさず、「なんだかお元気がありませんね? もしやお身体の調子が? いけません、お医者様を!」と駆け出してしまったので、頑張って堂々とするように心がけている。
「本日のお出かけは、パーティーで大活躍されたご褒美を兼ねているのでしょうね。私も、クリス様の勇気と気品に溢れたかわいらしいお姿、是非とも拝見したかったです……!」
とろけそうな笑顔とオーバーリアクションで褒められすぎて、なんだか恥ずかしい。
それもこれも、お父様が屋敷中のみんなに、パーティーでの出来事を触れ回ったからだ。
おかげで、帰ってきてから一週間が経とうとしているのに、ことあるごとにパーティーの話が登場してくる。
家のためを思って必死になってくれた勇気! 四歳の若さで初めての魔法! かわいい! 天才! 素敵!
正直なところ、恥ずかしすぎてほどほどにしてほしい気持ちはある。
だけど、それを話す家族のみんなも、聞いている執事やメイドたちも、自分のことのように嬉しそうにしてくれるので、もうやめてと言うのは忍びない。
前世が天涯孤独に近かったわたしとしては、とても新鮮な温かさだ。
「さあ、支度ができましたよ。なんておかわいいんでしょう!」
「ありがとう。あのね、今日はなるべく色んなところをお散歩したいんだ」
「かしこまりました。地の果てまで……はハンナ様に怒られてしまいそうですが、可能な限りお供しますとも!」
将来を見据えて、元二十八歳の社会人の目線で、クレイマスターを知っておきたいの。
とは言えないので、あいまいな笑顔を返して部屋を出た。
「お出かけかい、クリス?」
「うん、エル兄様はお勉強?」
難しい内容がパンパンに詰まっているぜ、と言いたげな、分厚い本を抱えたエル兄様に挨拶をする。さっきすれ違ったシェリル姉様も、魔法の訓練なの、とわくわくした顔をしていた。
もう少し大きくなったら、わたしもお勉強や魔法の訓練が始まるのかな?
頑張ってね、とエル兄様に手を振って玄関を出ると、庭の一角でメイドたちが洗濯物を干しているところだった。
わたしたちが住んでいるのは、領地内のいわゆる首都の位置づけになる城塞都市だ。
四方を高い壁に囲まれていて、公爵家の屋敷は都市の中央にある、大きな庭付きの建物だ。敷地内には、壁の向こうまで見渡せそうな高い塔まである。
現代日本の感覚からすると、わたしの身体の小ささを差し引いても、公爵邸の敷地自体がかなりの広さに感じる。
だから、庭の一角といってもかなり広いし、大人が数人がかりで洗濯物をあれこれするスペースくらいは、十二分にあるのだ。
「クリス! お散歩、気をつけて楽しんできてちょうだい。ソニア、この子をお願いね」
軽く挨拶して通りすぎようと思ったら、メイドたちの輪の中心にいたのはお母様だった。
シンプルな白のブラウスとアースカラーのスカート姿で、ヒールの低い動きやすそうな靴を履いている。
パーティーの時の綺麗なドレスとは、また違った良さがあってよく似合っている。
お母様は、慣れた手つきでお父様のものと思われるシャツのしわを、ぽんぽんとはたいてひょいと干しながら、笑顔を向けてくれた。
「ハンナ様! はい、この命に代えましても!」
「大袈裟なんだから。ふたりとも、無事に帰ってきてちょうだい」
「はい! この命に代えましても!」
慌ててひざまずいたソニアは、不意を突かれたようですっかり緊張していた。
その証拠に、お母様が冗談めかして返事をしても、同じセリフを復唱してしまっている。
お母様が、さっきよりいたずらっぽく笑う。
「命をかけなくてはいけないような場所に、クリスを連れていかないでちょうだいね?」
「ひええ、もちろんでございます!」
ソニアが慌てて立ち上がる。
満足そうに頷いたお母様に見送られて、わたしたちは重そうな門の外に出た。




