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5-1-2.

 続いての問題が起きたのは、最初の収穫から数週間が経った頃だった。

 お芋を中心に、一部の作物がなくなっているとの報告が入ったのだ。

「何者かが侵入して、とっていくようなのです。念のため昼間でも、畑には近づかれませぬようにとのことです」

 まるまって眠るソルトに寄りかかって、ソニアの報告を聞く。

「あの大きさのお芋をとっていくなんて、やっぱり魔獣かな?」

 今のところの被害は、神樹の雫を使っている畑からランダムに、作物が消えるだけだ。

 誰かが襲われたりとか、建物が壊されたりとか、そういう報告は受けていないのは、不幸中の幸いではある。

「犯人、わたしたちで捕まえられないかな?」

「クリスお嬢様、またそのような……お願いですから困らせないでください」

「じゃあソニアは、このままでいいの?」

「よくはありません。ですから、アレクシス様やエルドレッド様が調査されているのです」

「でもさ、例えばソルトに乗せてもらって調査したら、逃げていく犯人もすぐに捕まえられそうじゃない? ソニアが一緒に来てくれたら安心だし、危なくなってもソルトが一緒なら、すぐ逃げられるよね?」

「それは……いいえ、いけません」

 ダメか、そうだよね。

 色々な奇跡が重なって、みんなで頑張っているところなのに、泥棒なんて許せない。

 とはいえ、誰かを困らせたいわけではないし、大人に任せるしかないのかも。

「クリスさん、ここにいらっしゃったんすね。今日は折り入ってご相談が」

 仕方なくあきらめようかと思ったところで、エアさんがやってきた。

 いつになく、真剣な表情だ。

「神樹の雫を使った畑から作物がなくなっている件で、ご協力いただきたいんすよ」

「ちょうどその話をしていたところです。申し訳ありませんが、お断りさせてください。クリスお嬢様を危険な目にあわせるわけにはまいりませんので、どうかご理解ください」

 ぴしゃりと、ソニアが宣言する。

 ダメですと言われた直後なので、さすがにわたしも口を出しにくい。

「……実は、作物がなくなっている場所に、精霊の痕跡があったんすよね」

「どういうことですか?」

「私やソルト様以外の、精霊が関わっている可能性が高いんすよ。それで、ソルト様のお力をお借りしたいんす。クリスさんを、危険なところへお連れするつもりはないっすよ」

 エアさんが、深々と頭を下げる。

 なるほど。精霊が関わっているなら、エアさんとソルトが事情を聞きに行くのが一番早い。

「ソルト様。このままでは私たちの立場を危うくするかもしれない。超緊急事態っす。えっと、聞いてるっすか?」

 ソルトに寄りかかるのをやめて、振り向いて様子を見てみる。

 エアさんがやってきて、目は覚ましているものの、ソルトは素知らぬ顔でまるまっていて、とても機敏に動いてくれそうにはない。

「ソルト様は自由奔放なお方。神樹に直接関わる話であれば、もう少し率先して動いてくれるんすけどね」

 エアさんが肩を落とす。エアさんとソルトの温度差がすごくて、いたたまれない気持ちになってきた。

 わたしはふと思いついて、立ち上がってソルトに笑顔を向ける。

「ソルト、一緒にお散歩行く?」

 ぴくりと耳を動かして、ソルトが顔をあげる。お、これはいけるかも。

「こないだみたいに、背中に乗せてほしいな」

 いいよ、と言わんばかりに、目を輝かせたソルトがうんと伸びをして起き上がる。

嬉しそうにぴんと尻尾を立てて、背中をこちらに向けた。

「クリスお嬢様、まさか」

「ソニアも一緒に来てくれる? エアさんとソルトと一緒に、お散歩しよう」

「お散歩……いいえ、しかしそれは」

「ソニア、お願い」

「……はあ、わかりました。ただし、先にお散歩の許可をアレクシス様かハンナ様にとってくださいませ。私は準備をしてまいりますので」

 どうしてもというのなら、両親のどちらかに許可を取ってくださいね、私は槍を取ってきます、ということだね。

 ソニアを見送ったわたしは、エアさんとソルトと一緒に、お母様の部屋へ向かった。お父様は朝から出かけているはずだから、許可を取るならお母様だ。

「みんなでお散歩に行くのね。いいじゃない、気を付けていってらっしゃい」

 お母様からは、驚くほどあっさり許可が取れた。

「エアさん、ソルトちゃん、この子をよろしくお願いしますね。なんでもできるように見えるかもしれないけれど、この子はまだ小さな子供。あまり無理はさせないでくださいな?」

 ただし、おそらく全部ばれている。

 作物の泥棒騒ぎがあって、エアさんがソルトに力を借りにきて、槍を抱えたソニアが屋敷の中を駆けていけば、気付くなという方が難しい。

 はあいと返事をしながら、お母様の表情を改めてうかがう。

 実にやわらかな笑顔である。

 そうこれは、お父様をたしなめる時の、あの笑顔だ。

 思うところはありすぎるけど、ひとまず泳がせておきましょうか。そういう笑顔だ。

「風と土の精霊様がついているなら大丈夫だと思うけど、気を付けていくんだよ」

「あーあ、私も行きたかったな。帰ってきたら色々教えてよね!」

 ついでに玄関で、エル兄様とシェリル姉様にも、口を酸っぱくして気を付けるように言われてしまった。

 これは何がなんでも、ちゃんと無事に帰ってこないとね。

 ソルトの背に乗って畑を回ってみると、確かに神樹の雫を使っている畑ばかりが狙われているようだった。

 そして、思っていたより、被害が大きい。ごっそりひとつの区画から芋を持っていかれていたり、葉物があちこちかじられていたり、なかなかひどい有様だ。

「やはりどれも、精霊の気配がするっすね」

 胸に手をあてて、エアさんが残念そうにする。

 エアさんだからこそわかる、同じ精霊の残り香みたいなものがあるのかもしれない。

「神樹の雫に引き寄せられてきたのかな? あれ、ちなみに精霊って、何人いるんだっけ? 風の精霊はエアさんだけなの?」

「精霊は私ひとりではないっすよ。ただし、こうしてクリスさんたち人間にも見えるような姿をとれるという意味では、私だけになるっすかね」

「そうなんだ。それはソルトも……どの属性の精霊も同じ?」

「そうっす。時代によって双子になったりとかはありえるっすけど、基本的には、大きな力を持つ精霊はひとつの属性につき一度に一体ずつっすね」

「じゃあ畑を荒らしているのも、大きな力を持つ精霊なんだね?」

「そうなんすよね……力の弱い精霊は、芋を直接かじったりしないっすから」

 ひええ、とソニアが後ろでか細い悲鳴をあげる。

 リアクションはともかく、気持ちはわかる。もしかしなくても、まあまあとんでもない話になってきている。

 世界にひとりずつしか姿を現せないような強力な精霊が、この場にふたりいるのがまずとんでもない。

ついでにもうひとり、別の属性の精霊が、畑を荒らしている説が濃厚なのだ。

光と闇は神樹の影響を受けないという話だし、神樹の力に引き寄せられてきたのなら、火か水のどちらかだろう。

「この葉っぱをかじった感じって、動物っぽい見た目だよねきっと。ソルトはどう思う?」

 無造作に噛み千切られた葉物を手にとって、ソルトに見せる。

 ソルトは、当然のように、はむうと葉物にかじりついた。

「ちょ! ソルトまで食べちゃダメでしょ!」

 わちゃわちゃと両手を振って、ソルトを止める。ああ、結局、一口かじってしまった。

「もう、朝だってちゃんと自分の分は食べてたのに……ってあれ? これって?」

「同じ噛み跡に……見えますね」

 ひょいと覗き込んできたソニアが、わたしの考えを代弁してくれる。

「ソルト様、まさか」

 エアさんもそれを認めて、ソルトを振り返る。

 三人から疑いの目を向けられてさすがに焦ったのか、ソルトがじりじりと後ずさる。

「正直に言ってね、ソルト。これを食べたのはあなた?」

 みいみい、と抗議の声をあげたソルトが、背中を向けて姿勢を低くする。

「もう一度乗れってこと……?」

 ソニアと一緒に背に乗ると、ソルトはぽーんと跳躍して、全速力で駆けだした。

 ぐんぐんと流れる景色の端に、エアさんの姿も見える。さすがは風の精霊、あっという間に追いついてくれたみたいだ。

「どこに行くの?」

 わたしの問いに、みいと一言だけ鳴き声で答えて、ソルトがさらに加速する。

「クリスお嬢様、あそこに!」

 ソニアの声に目をこらせば、ある畑の隅に動くものがあった。

 ソルトはどうやら、そこを目掛けて駆けているようだ。

「あ、逃げた! ソルトにそっくり!」

 畑で作物をほおばっていた動物が、耳をぴくりと動かして逃げ出した。

 その姿は、毛並みの色あいこそ違えど、大きさも姿もソルトそっくりだ。つまり、巨大なおねこさまである。

「……速い!」

 ソニアが悔しそうに叫ぶ。大きさも姿形も同じなら、駆ける速度も似ていて当然だ。

 かなりの速度で走っているはずなのに、なかなか差が縮まらない。


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