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5-1-1.

「アレクシス様、大変です! すぐ来てください!」

 エアさんが現れて一週間が経った頃、ある領民が屋敷に駆け込んできた。

 わたしたちは朝ごはんを食べ終えて、それぞれに今日の予定を確認しあい、それじゃあそろそろと席を立つところだった。

「申し訳ありません。お止めしたのですが、どうしても直接と申されまして」

 執事が額に汗をかいて追いかけてくる。

 領民のおじさんは、畑からそのまま来たのか、服も靴も泥だらけだ。

「何があったのです? 話はお聞きしますから、落ち着いてください」

「お水どうぞ」

 わたしは、テーブルにあったコップに水を注いで差し出した。

 それを受け取って一息に飲み干すと、おじさんはようやく頭が冷えたのか、ハッとしたように「とんだ失礼を」と頭を下げた。

「大変なんです、畑が……畑が!」

 このおじさんの畑は、神樹の雫を最初にたらしてみた畑だったはずだ。

 もしかして、土に合わなくて作物が枯れてしまったのかな。みんなと顔を見合わせる。

「とにかく、行ってみましょう」

 お母様の一言に頷き、大急ぎでおじさんの畑に向かう。

「こ、これは!?」

「はみだし……てる?」

 みずみずしい緑色の葉と茎が広がるその下から、ぼこぼこと土色の何かがはみ出していた。

 それぞれの大きさもさることながら、「詰まってます!」と言いたげな見事な張りと重量感が、これでもかと主張している。

 この畑で作っていたのは、前世でいうところの、じゃがいもとさつまいもの中間のようなお芋だ。ほくほくしていて、ほんのり甘みがあって、色々な料理に使えて便利なのだ。

 痩せた土地でも実りやすいから、というシビアな背景はさておき、これまでなら、どんなに大きくても、今のわたしが両手で抱えられるほどだったはずだ。

「芋同士が干渉しちまうんで、今朝から急いで掘り出してるんです。いや、これほど見事なものは見たことがない! 大変なんですから、もう!」

 おじさんが指をさした先には、掘り出された巨大な芋たちが、ごろんごろんと荷車に乗せられていた。ひとつひとつが、前世の時にどこかで見た、ハロウィンの時期にかぼちゃの大きさを競うイベントの映像を彷彿とさせる大きさだ。

「待って、何か聞こえる……!?」

 みしり、みしりとどこかから音がする。

 警戒したソニアとエル兄様が身構えるが、おじさんが苦笑いで首を横に振った。

「ご安心を。こいつはね、芋たちが成長している音なんですよ」

「ええ……こんなみしみしするの?」

「こんなみしみしするんですよ、クリスお嬢様。よろしければこちらへ」

 おじさんに手招きされて、手近な芋のそばに寄ってみる。確かにみしみしと、土の中から音がした。

 どういう成長速度で大きくなっているのだろう。急成長しすぎて、いきなり爆発したりしないよね?

「そんなわけなんで、今日はこっちに人を集めてもらえませんかね? あ、それと他にも例のちょっとした肥料ってのをたらした畑があるなら、大急ぎで見て回った方がいいですよ」

「う、うむ! それぞれすぐに手配しよう」

 この日の午前中は本当にあっという間で、いきなりの収穫祭に大わらわだった。

 わたしも連絡係として、領地中を駆け回って色々な人に状況を伝えて回った。

「ソルト、次はあっちの畑にお願い!」

 それを可能にしたのは、大きくなったソルトが、わたしを背中に乗せてくれたからだ。

 エアさんいわく、エアさん以外の精霊は形が決まっていないのだという。

 自分が気に入った形になるか、初めて姿を見せる相手が強くイメージしたものを、模すことがあるらしい。ソルトがこの世界で人と暮らす動物たちとは違う、前世の家猫そっくりな形をしているのは、わたしに引き寄せられた結果とみて間違いなさそうだ。

 みい、と一声鳴いたソルトは、わたしを背中に乗せたまま、ものすごい速さで駆けていく。

 ぐんぐん変わる景色はおもしろいし、風は気持ちいいし、つかまっている毛はもふもふだし、またがっている背中はふっかふかだ。

 この体験は、猫好きのわたしとしては至福である。

「どうしてこの速さで、私たちは落ちないのですか!? ひええええ!」

 わたしの後ろには、ソニアも一緒に乗っている。

 専属メイドとして、何がなんでもついていきますと宣言したソニアは、最初こそ後ろから全力ダッシュで頑張っていたものの、さすがにソルトのスピードについていけなかったのだ。

 ちなみにソニアの質問に答えておくと、わたしたちが落ちないのは、精霊の力によるものらしい。具体的には、エアさんやソルトが神樹と共鳴して光っていたあれだ。

 あの力を使って、わたしたちにかかる風圧をおさえて、落ちないようにしてくれているらしい。ソルトはとっても優しい子だ。

「皆様、今日はお忙しそうっすね」

「エアさん! 今日は朝からすごかったんだよ。神樹の雫のおかげで、ほら」

 念のための調査用として、屋敷に持ち帰ってきた巨大芋を指さすと、エアさんはさっと表情を曇らせた。

「……申し訳ないっす」

「ううん、ぜんぜん! 最初はびっくりしたけど、みんな大喜びだもん」

 こんなに早く、こんなに大きくなるとは思ってなかったのかな?

 誰もそれを責めようなんて思っていないし、大喜びで収穫しているのだから、もしそうなら大きな誤解だ。

「エアさんが謝ることなんて、何も――」

「若木とはいえ、こんなに小さなものしかできないだなんて……こんな加護では呆れられてしまうっすよね」

 ああ、そっちかあ。

 隣で聞いていたソニアの表情が、わたしと同じ微妙な苦笑いに変わる。

「ちなみに神樹が全盛期だったら、どれくらいになるはずだったの?」

「それはもう、少なくともソルト様くらいの大きさのが、毎日ザクザクっすよ!」

 エアさんは本気で悔しそうに、申し訳なさそうにしている。

「七日もかかってこの大きさなんて、力不足で悔しいっす。どうか、どうか長い目で見守っていただきたいっす。そうだ、雫の量を十倍程度に増やせばきっと、全盛期とまではいかなくてもそれに近しい効果を……!」

「待って待って、大丈夫! エアさんストップ!」

 全盛期レベルの加護、完全にフードロス事案じゃないか。巨大化したソルトと同じ大きさの作物が毎日ごろごろとれたら、完全にとれすぎだってば。

「今でも十分すぎるくらいだし、大丈夫だよ!」

「なんと寛大な……!」

 いや、寛大とかじゃなくてね。

 エアさんは地上に出るのも人と交流するのも久しぶりすぎて、スケールがだいぶずれているみたい。このあたりは、少しずつ常識をすり合わせていきたいところだ。

「みんな、お腹すいているでしょう? このお芋をお昼に使ってもらったの。よかったらエアさんもどうぞ」

「わ、楽しみ!」

「さすがに腹ペコだよ……!」

 お母様が呼びにきてくれて、近くで作業していたシェリル姉様とエル兄様が、ぱっと顔を輝かせる。わたしも、おなかがぺこぺこだ。

 食卓に並んでいたのは、それはもう色とりどり、芋とりどりの芋づくしだった。

 スパイスと一緒に炒めたもの、ゆでて甘味のあるソースを絡めたもの、マッシュにして塩のきいた干し肉と和えたもの、スープに溶かし込んだものなどなど、どれもすごくいい匂いで食欲をそそられる。

 ソルトも、味付けなしで蒸かしてから冷ましたものを、美味しそうにほおばっている。

「美味しい!」

 シェリル姉様がほっぺに両手をやって、目を輝かせる。

「コクがあって、旨味がギュッと詰まっていて、調味料との相性もいい。これはいいね!」

 エル兄様も大絶賛だ。

「こっちはほくほく、こっちはとろとろ……全部美味しいっ!」

 わたしも同じ感想だ。本当に美味しい。

 ほっぺたが落ちそうとは、まさにこういうシーンのためにあるのかもしれない。

 これまで食べていたお芋は、濃いめの味付けでどうにかしている感じだった。

 でもこれは、何もつけずに蒸かしただけでも美味しい。

 サイズが大きくなると大味になるイメージがあったのに、各段に美味しくなっているなんてすごい。

 午前中に色々と駆け回って畑を見てきた感じからすると、クレイマスター領の食糧問題は、正直これで解決できてしまいそうだ。

 お芋だけじゃなく、他の野菜や果物にしても、神樹の雫をたらしたところは軒並み、規格外の大きさでもりもり育っていたもの。

 新鮮で美味しい野菜や果物が、各家庭の食卓いっぱいに並び、みんなが笑顔でそれをほおばる。考えただけでわくわくしてくるじゃないか。

「エアさん、本当にありがとう!」

「どういたしまして。味は全盛期並みをキープしてくれていたようで、一安心っすよ」

 加護の効果に納得いかない様子だったエアさんも、ようやく自然な笑顔になってくれた。

 神樹の雫の効果については、エアさんにも入ってもらって、効果の調整だとか、どこの畑にどれくらい使うのか協議が行われることになった。

 フードロス事案が発生しないように、収穫時期も調整できるように、しっかり管理をしていくみたい。

 収穫される作物のサイズ感がそもそも違うから、使う道具とか必要な人数にも工夫が必要そうだ。やったね、野菜が大きくなったよ、だけでは済まないよね。

 それでも、みんなの顔は明るい。食べ物が十分にあって、しかもそれが美味しい。

 これはとっても幸せなことなのだと、改めて実感する。


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