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当然ながら、クレイマスター邸はとんでもない混乱に陥った。
当のソルトは呑気なもので、自分の身体の大きさにはもう慣れたのか、わたしの隣に座って、尻尾の先だけわたしに巻き付けてきている。
身体の一部がくっついていると安心するみたいだ。この甘えん坊め、かわいいな。
「いやいや、いいところっすね。これなら安心っす!」
「お褒めにあずかり光栄です。ソルト様にはこれから、最高の待遇をお約束します……!」
「いやいや、お父さん! これまで通りで十分っすよ! とソルト様もおっしゃってるっすから。それに最高の待遇をお約束するのは、こちらの台詞っすよ。クレイマスターの皆様におかれましては、どんと大木にまたがったつもりでいてほしいっす!」
恐れ多すぎて無理です!
お父様たちの顔には、完全にそう書いてあるようだった。
正直、わたしは少し慣れてきて、無理のない範囲で加護とかもつけてもらったらいいんじゃないかな、なんて思ってしまっている。
だって、ソルトは大きさはともかくもう通常運転だし、エアさんもとっても話しやすくてかわいいのだ。
エアさんが久しぶりに地上に出たというのは本当らしくて、城塞都市のあちこちで、あれはなんすかこれはなんすかと、目を輝かせて質問してくれて、とっても好感が持てた。
シェリル姉様もソニアも、そこについては同意見のようで、「あまりこちらが畏まっていると、エアさんたちが居づらくなってしまいますよ」と援護射撃をしてくれた。
「わかりました。精霊様にクレイマスター領を見守っていただけること、光栄に思います」
まだぎこちないものの、お父様とお母様も納得はしてくれたようだ。
「ところでエアさん。ソルトをソルト様って呼んでるけど、精霊の中にも序列みたいなものがあるの? 言いにくい話だったら無理には聞かないけど」
話が一段落したところで、シェリル姉様が首を傾げて尋ねた。
それ、わたしも気になっていたんだよね。
クレイマスター家の立場としては、各属性は対等なのではないかとする意見が大半だ。
そこにもし序列があるとすると、ちょっと気になるところだ。
火のレイジングフレアの人たちは、絶対に火が一番だと宣言していた。そういうものがもしあるなら、下手をすると今後の火種になりかねない。
「序列というと少し語弊があるんすけど、流れはあるっすよ。まず土があり、そこに水が流れ、火が起こり、風が吹く」
エアさんが、真剣な表情で両手を広げた。
土を表すように右の手のひらを下に向け、その上に水の流れを表現するように左手を滑らせてから、火と風の動きを指先で表現した。
「そして、光と闇は神樹の理の外にある。光と闇は神樹に影響されない特別な存在」
右手の上で踊らせていた左手を、少し離れたところにもちあげて、エアさんが目を閉じる。
「私は風として、土と水と火の声を聞き、届ける役目。だからこそ、このような姿なのです」
目を開けたエアさんは、再びやわらかな笑顔を作った。
「……ってなもんっすね! いやいや、準備してても疲れるっすわこれ」
壮大な話だったのに、エアさんがにへらと笑うので、空気がゆるい。
しかし、これはなかなか、別の意味で大変だ。
「土が……世界の土台となる役目を担っているのですか……?」
お母様が、ギュッと拳を握りしめて問いかける。
「そうっすね。少なくとも水と火と風は、土がなけりゃ存在できませんので」
「父さん、これを精霊様の言葉として公表すれば、もう火の好きなようには……!」
エル兄様が、興奮気味に身を乗り出す。しかし、お父様はゆっくりと首を横に振った。
「エルドレッド。精霊様の言葉は世界を組み立てる理のひとつとして、偽りなく伝えて問題はない。しかし、それを利用するような形で、どの属性が上だ下だと言ってしまうのは、浅慮にすぎると思う」
「そうね。精霊様の言葉は受け止めながら、クレイマスターとしてはやはり、六属性は対等であるという考えを崩すべきではないと思うわ」
「どうしてですか! 僕たちはずっと、いいように言われて、耐え続けてきたのに!」
「だからこそだ、エルドレッド。私たちがされてきたのと同じことを、私たちがするのでは意味がない。言葉だけではなく真に対等となれるきっかけを、精霊様が作ってくれた。そうは考えられないかな?」
お父様の考え方は、とても立派だし、きっと正しい。
だけど正直、エル兄様の気持ちもわからなくはない。
「ほうほう、なんか難しそうっすね。いざとなったら、ガツンとやり返せばいいのでは?」
「ちょ、エアさん!?」
「昔から、火は調子に乗りがちな気質があると思うんすよ。なんて言っておいて風の私も、勢いのある方に乗っかってたまに怒られるんすけど」
まさしく、今の火と風を表すような感じだ。
「実際、成り立ちというか流れとしてそうであるだけで、序列とは違うっすからね。さっきの口上も私の趣味みたいなもんですし」
「趣味なの!?」
「ええ、なんだか知的に見えてカッコよくないっすか?」
百年単位で練習したんすから、とエアさんは渾身のにへら笑いである。
「まあまあ、そのへんの伝え方はお好きにどうぞ。なんなら、わざわざ伝えなくてもいいっすよ。それでは早速、神樹の加護をお披露目……といきたいところなんすけど、実は問題が」
「問題とは?」
エル兄様が、エアさんにあわせて神妙な顔になる。
お父様とお母様も、これ以上は驚かされるまいとして、表情をかたくした。
「神樹が全盛期の力を取り戻すには、しばらく時間がかかるんすよね。今はまとめて栄養注ぎ込んで、とりあえず起きてもらった感じなんで」
「加護は神樹がちゃんと育った後になるのかな。もともとお礼がほしいとかは考えてなかったし、大丈夫じゃないかな」
念のため、みんなに目配せすると、それぞれに頷いてくれた。
そもそも今の時点でも、神樹をこの目で見られたり、精霊に会えたり、そもそもソルトと一緒に暮らせているのだから、プラスしかない。
「なんとお優しい、あざます! それでは今できる限りの加護として、ちょっとしたもので恐縮なんすけど、神樹の雫をお使いいただけるようにするっすよ!」
「無理はしなくて大丈夫だからね?」
「大丈夫っす、言ってみればこれは、神樹の若葉から落ちる雫ってだけっすから。ちょっとだけ栄養のある水みたいなもんっす。必要な畑に一滴たらしていただけりゃあ、作物がちょっとだけ喜ぶってなもんっすよ」
「肥料みたいなものなのかな? 神樹に無理してもらう感じじゃないなら、ありがとう!」
それじゃあこれからよろしくお願いします、とみんなで挨拶をかわしあう。
この、ちょっとだけ栄養のある水が原因で大変なことになるとは、この時点では誰も知る由もなかった。




