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4-3-2.

「クレイマスターの歴史書には、領内に神樹の森があるなんてどこにも載ってなかったよ? ソルトが土の精霊っていうのは、土属性の領地だしありえるかもしれないけど、エアさんが風の精霊だとすると、一緒にいるのはどうして? それから――」

「クリスお嬢様!? 歴史書は確か、アレクシス様の書斎にあるはずでは……?」

「わ、すごい! クリス、今度私もお父様の書斎に忍び込みたい!」

「うん! 一緒に忍び込もうね!」

「忍び込むだなんて、おふたりともなんてことを!」

「あの……あれ? すみませんっす、私の話を聞いていただいても……?」

 きゃいきゃいとはしゃぐわたしたちに、エアさんが困ったように声をあげる。

「あ、ごめんなさい。どうぞどうぞ」

「歴史書に載っていないのは当然っす。だってここ、あなた方クレイマスターが家を興す頃には枯れてましたし。その前からずっと、神樹の森の跡地だったんすから」

 大昔、それこそクレイマスター家が現れるもっと前に起きた大戦の影響で、神樹の森は焼かれ、枯れてしまったのだという。

 エアさんは神樹の守り手として、かろうじて残った神樹の種を地下深くで守ってきた。

 本来なら、種が残ってさえいれば、そこに高い濃度の魔力を継続して流すことで、神樹の森はすぐ復活できるはずだった。

 しかしこれも大戦のせいで、魔力の主な供給源であった土と水が汚れてしまい、すぐには復活できなかった。エアさんひとりの魔力では、神樹復活の前に、エアさんが力尽きてしまう。

 最近になって……といってもここ十数年だけど、ようやく近くを流れる川の魔力濃度が戻ってきたものの、川の流れが変わってしまって魔力を引き込めなかった。

 エアさん自身は神樹の種から離れるわけにはいかず、かといって種を持ったまま移動してしまうわけにもいかず悶々としていた。

 こういう時のために、複数の精霊が神樹を守っているはずが、他の精霊は大幅に弱体化して散り散りになっている。しかも、土の精霊に至っては、生死も不明な状態だったという。

「そんな踏んだり蹴ったりの精霊事情に、颯爽と現れたのがあなたっすよ、クリスさん」

「わたし、何もしてないよ?」

「とんでもない。特殊な魔力を、死にかけていた土の精霊様に分けてくださったじゃないすか。あれのおかげで、土の精霊様がかろうじて形を取り戻せたんすよ。土の精霊様、どうにかこの土地に戻ってきてくださったものの、そのまま消えちゃうところだったんすから」

 枯れた森でソルトを見つけた、あの時だ。

 確かにわたしは、森の入口辺りで何度か魔法を使った。なぜだかとっても悲しくて、そうしなくてはいけない気持ちになったからだ。

「そればかりか、土の精霊様……今はソルト様っすね。ソルト様に、継続的に良質な魔力を供給してくださり、力を取り戻す助けまでしてくれたじゃないすか」

「良質な魔力を……?」

 それも正直、覚えがない。

 ソルトにあげていたのは、この世界で人間と暮らす、猫に似た動物用のご飯だけだ。

 魔力をえいやと流し込んだり、力を取り戻してほしくて何かをしたような記憶はない。

「ありゃま、自覚なしみたいっすね。クリスさんは、ソルト様の近くで魔法を使われていたっすよね? それが魔力を供給することになっていたんすよ」

 それなら、覚えしかない。

 座っている時は膝の上、立っている時は隣にいるか、肩の上。確かにソルトは、わたしの魔法を眺めるのが大好きだった。

 あれは魔法が好きというより、おやつ感覚だったのか。おやつ、完全にあげすぎたね。

 エアさんの話が本当だと言わんばかりに、神樹とエアさん、大きくなったソルトが共鳴してまばゆいばかりの光を放つ。

 それはとても力強い輝きで……って待って、眩しい。これ、絶対にわざとやってるよね?

 その証拠に、エアさんがとんでもなく自慢げな顔で、ポーズまでキメている。絵にはなるけど、なんだか小憎らしい。

「本当に精霊なのか……そんなことが……!」

 この共鳴がなんと、わたしとは違って家族のみんなには効果てきめんだった。

 この世界で精霊は、魔法の源だと言われている。魔法は精霊から、スキルは女神から授けられると言われているくらいだ。地域によっては信仰の対象にもなる、いわば憧れの存在だ。

 前世の記憶のおかげで免疫のあるわたしとは違って、お父様たちにしてみれば、いわば神様に近い存在が、目の前でニコニコしているようなものなのだ。

 しかも、世間一般的な常識ではありえないはずの、ふたつの属性の精霊が揃ってやってきたというのだから、整理が追い付かないのも無理はない。

 ソニアは膝から崩れ落ちて泣き始めてしまったし、みんなも感動してうるうるしている。

「というわけで、お礼を言いたくて神樹の影からタイミングをうかがっていたんすよ!」

「あの、ごめんなさい」

「おやおや、なぜ謝られるんすか?」

「わたし、神樹の森をなんとかしようとか、土の精霊を助けようとか、そういう風に思って色々してきたわけじゃないの。だから、気にしなくて大丈夫だよ」

 クレイマスターを少しでもよくするために、必死になっていただけだ。

 それなのに、普段は人前に見せない姿を見せてくれて、深々と頭を下げられたり褒められたりするのはくすぐったい。

「でも、そうだよね……うーん」

「どうされたんすか?」

「やっぱり……ソルトとはここでお別れになっちゃう? 精霊としての力を取り戻したなら、エアさんは神樹の守り手だって言ってたし、ソルトも……」

 わたしが背中に乗れるくらい大きくなったし、どちらにしても、今までと同じように一緒には暮らせないのかもしれない。

 それでもソルトはもう、わたしにとっては家族の一員だ。

 実は精霊で、力を取り戻したからさようなら、では悲しすぎる。

「ほうほう、それなら大丈夫っすよ?」

「そうなの!?」

「ソルト様がクリスさんを気に入っておられるのはもちろん、私としてもこのご恩を仇で返すような流れは嬉しくないっすから」

「それじゃあ……!」

「ええ、ご恩をしっかりと返せるまで、向こう千年、クリスさんとそのご家族の皆様にありったけの加護を注ぎつづける所存っす! 末代まで逃がさないっすよ!」

「むこうせんねん、まつだいまで」

 なんだか、だいぶ様子がおかしくなってきた。

エアさんはとびっきりの美貌を惜しげもなく笑顔に込めて、つよつよきらきらの目力でわたしにずいと近寄り、がっしりと両手を握った。

 精霊だという話が真実味を帯びてきた以上、ソニアも今度は間に割って入ったりはしない。

「加護とかはちょっとその、お父様お母様にも聞いてみないと、ダメかも?」

「ほうほうご両親……そちらの方々っすね。ちょっと今はうん、ぼろ泣きしてくださってるみたいっすけど。ああそうだ、念のためソルト様の住環境は見ておきたいっすね!」

「クレイマスター邸を? うん、いいけど神樹のそばを離れたらいけないんじゃ?」

「か弱い種であればそうなんすけど、芽吹いてしまえばこっちのもんっす!」

 エアさんがにへらと笑う。なんとなく感じてはいたけど、結構ざっくりした人みたいだ。まあいいのかな、あんまりかしこまられても困っちゃうし。

「さあさあ、そうと決まれば案内してくださいっす! 私としても、精霊体でときどき様子をうかがっていたとはいえ、久方ぶりの生身での地上っすからね。胸が躍ってしまうっす!」

 精霊の生身とは、いったい。

 わたしはみんなと顔を見合わせてから、ずんずん歩いていくエアさんを慌てて追いかけた。


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