1-1-2.
「一番とは大きく出たな」
「やめてあげなさいよ、まだほんの子供じゃない」
フォローしてくれたように見えて、ドリスの声色はすごく意地悪だ。いいぞもっとやれ、としか聞こえない。
「そこまで言うなら、未来ある優秀な若者に、自慢の魔法を披露してもらおうではないか」
「お待ちください、どうしてそうなるのですか。この子はまだ四歳になったばかりで、魔法なんて!」
お母様が、慌てて割って入ってくれる。しかし、サディアスの表情は変わらない。
「そうか? 俺がその歳の頃には、手のひらに炎を浮かべる程度はこなしてみせたものだがな。まあ仕方ないか、先ほどの長男殿であの程度……無理を言ったな、忘れてくれ」
「うふふ、こんな小さな子を泣かせちゃダメよ?」
サディアスとドリスが、顔を見合わせてにやにやと笑う。
別にわたしのことはいい。
魔法のない世界から生まれ変わって、記憶を取り戻したばかりだ。お母様が言う通り、魔法を使った記憶はないし、どの程度の魔法の才能があるかなんてわからない。
でもこれは、我慢できそうにない。
どの場面を思い出しても、とっても優しくて温かい記憶しか浮かんでこないエル兄様を、大切な家族を馬鹿にするのは許せない。
「わたし、やります! んんんんん……!」
お父様とエル兄様が、ついさっき描いていた魔法式を必死に思い出す。
杖は持っていないので、右手の人差し指を杖がわりにして、空をなぞる。
指先から生み出された光が、今にも消えそうにゆらゆらと揺れた。
消えないで。頑張って。お願い。
わたしは、震える指先で魔法を発動するための式をどうにか紡いでいく。
できた。確か、こんな感じだったはず。完成した式が、それをなぞるようにきらめく。
プログラミングのコードを、上から順番に実行していくみたいに。
いける。わたしは、ありったけの気持ちを込めて叫んだ。
「てえい!」
――ぺちゃ。
「あ……」
わたしの生まれて初めての魔法は、ぶっつけ本番にもかかわらず、確かに発動した。
ただし残念ながら、どう見ても、大成功といえるものにはならなかった。
それは、小さな泥の塊だった。
わたしの指先から放たれ、湿り気のある残念な音を立てて地面に落っこちた塊は、塊の形すら維持できずにでろでろと崩れていく。
「はっはっは! 随分と見事な魔法じゃないか! 将来が楽しみだな!」
「ちょっと、かわいそうでしょ? うふふふふ」
すかさず、サディアスとドリスが高笑いする。
顔が真っ赤に染まっているのが、自分でもわかる。はずかしい。悔しい。今すぐ消えてしまいたい。
自分の気持ちを無視して、震える指先がぼやける。ぽろぽろと大粒の涙がこぼれてきた。
やっぱり、前世でも垢ぬけきれなかったわたしが、ちょっと生まれ変わったからって、そんなに何もかもうまくいったりはしなかったのだ。
家族のみんなに、余計に恥ずかしい思いをさせてしまったに違いない。
誰に笑われるより、わたしはそれが悔しくて、悲しくて、うつむいてしまった。
「クリス」
わたしの肩に、そっとやわらかい手が置かれる。お母様だ。
「……ごめんなさい」
うつむいたまま、ぽたぽたと落ちる涙の隙間を縫って、どうにか口を動かす。
本当はもっと、色々と言い訳をしたい。でも今は、これ以上何かを言おうとしたら、声を上げて泣いてしまいそうだった。
「あなたは素晴らしいわ、本当よ」
しかし、かけられた言葉は、想像をはるかに超えた優しさに満ちていた。
「……え? でも、わたし、できなくて」
「そんなことはないわ。誰にも習っていないのに、初めての魔法を成功させたんですもの」
「母さんの言う通りだ。父さんは嬉しくて、感動して……あうう」
「お父様ったら。お母様も私も我慢してるのに、そんな大泣きしないでよ!」
「そういうシェリルだって、今にも泣きそうじゃないか。あの魔法式は、さっきの余興で父さんと僕が使ったものを真似してみたんだよね? たった一回見ただけなのにすごいよ!」
おそるおそる顔をあげると、そこには家族みんなの笑顔があった。
お父様は周りの目を気にせず大泣きしているし、お母様も涙をそっとハンカチで拭っている。エル兄様はくしゃくしゃの笑顔で喜んでくれているし、シェリル姉様も、平気なふりをしているけど目じりに涙が溜まっている。
心の底から、わたしが初めての魔法を使ったことを喜んでくれているのがわかる。
「わたし……わたし……うわあああああああん!」
こらえきれなくなったわたしは、声をあげて泣いた。
悔しさと恥ずかしさが消えたわけじゃない。
でもそれ以上に、この家族のもとに生まれ変われてよかったと思った。
安心と嬉しさと温かさに触れて、涙が止まらなくなった。
「ふん……あんなもので家族揃って大泣きとは。とんだ茶番だ。まあいい、これで自分たちの立ち位置も再確認できただろう」
「なんだか、しらけちゃったわね」
サディアスとドリスが、冷ややかな視線を投げて去っていく。
ふたりが去っても、まだ泣いているお父様を、エル兄様とシェリル姉様が構っている間に、お母様がわたしの前にしゃがんで、そっと頭を撫でてくれた。
「クリス、大丈夫?」
「……うん」
「あなたが家族のためを思って頑張ってくれたことが、お母さんは一番嬉しいわ」
「父さんもだ! 父さんもそれが……ひぐっ……嬉しくて……ぐす!」
「あなた? そろそろ泣き止んでくださいな」
「はい、ワカリマシタ」
わたしとお母様のやり取りに、涙を盛り返しかけていたお父様は、お母様の一言でぴしゃりと泣き止んだ。お母様、すごい。
エル兄様がお父様を慰めて、その間にシェリル姉様が、わたしに飲み物を勧めてくれた。
本当に仲がよくて、お互いを尊重していて、成長や勇気を喜んでくれる。
このとっても素敵な優しい人たちが、今日みたいな不遇な扱いを受けないために、わたしに何かできるだろうか。
わたしの二回目の人生は、とってもふわふわして温かい素敵な気持ちと、前世を含めても五本の指に入る悔しさが入り混じる中で幕を開けた。




