4-2-1.
城塞都市の一部とクレイマスター邸の整備が進んできて、少しずつ世間の評判が変わってきても、まだまだ十分とは言えない。貧乏公爵と揶揄されている原因は、ボロボロの街並みの他にも理由があるのだ。
それは、土属性の領地にもかかわらず土に恵まれず、すっかり痩せてしまった畑だ。
一番近い川の水がそのまま使えないとか、そもそも土に栄養が足りないとか、原因はいくつかある。とにかく、城塞都市外に点在する畑から取れる作物は、お世辞にも品質がいいとは言えないし、量も少ない。
魔法で作る土には、作物を育てるための栄養は入っていない。たとえ魔法で肥料を作れたとしても、畑に撒くような量にはとても足りなさそうだから、現実的でもない。
次は、この問題をなんとかしたい。
「クリスお嬢様、今日は川の方へ行きたいとおっしゃっていましたよね?」
「うん! できれば外の畑もいくつか見てみたいな」
「シェリルお嬢様がご一緒したいとおっしゃっていますが、いかがなさいますか?」
「もちろん、一緒に行きたい!」
前世のわたしなら、表向きは大丈夫だと笑いつつ、ひとりで抱えて頭をパンクさせているところだ。
今回は、そうはしない。シェリル姉様が力を貸してくれるなら頼るし、全部をひとりで決めなくてもいい。相談してもよいのだと、考えられるようになってきた。人生二回とも過労死は、絶対したくないからね。
ソニアがシェリル姉様に伝言をしに行く間、わたしは今日の目的を頭の中でおさらいした。
まずは土が痩せている原因のひとつ、近くを流れる川の水が使えなくなっている原因を、この目で見てみたい。
川が干上がってしまった、なんて話は聞かないし、危ない動物が出るような噂も聞かない。
何が起こっているのかを、きちんと自分の目で確かめたかった。
「一言でいえば大自然の神秘、ですね」
一足先に戻ってきたソニアに、どうして川の水を使えなくなってしまったの、と聞いたわたしに、ソニアは少し困った顔でこう答えてくれた。
大自然の神秘だと言うからには、わたしには想像もつかないことが起こっているのかも。
「川に着いたら、入ってみてもいい?」
「手で触れる程度でしたら問題ありませんよ」
「入るのはダメ?」
「ダメです。基本的に流れはゆるやかですし、透明度も高い川ですが、単純に危険ですから。ここはお譲りできません」
きっぱり言い切ったソニアに、甘える隙はない。
無理を言って、触るのもダメと言われたら大変だ。わたしは話の流れを変えにかかった。
「さわるのはいいんだね。それじゃあ、川の水に毒があるわけじゃないよね」
「さすがはクリスお嬢様ですが、少々補足を。万が一、口に入った時に毒になりえるかもしれないので念のため、というのも入ってはダメな理由のひとつです」
「なりえるかもって?」
「そうですね……もう少し詳しくお伝えしますと、あの川は魔力濃度が極端に高いのです。クリスお嬢様は、ソルトちゃんを見つけた森にはよく足を運んでいらっしゃいますが、川へ行かれるのは初めてでしたよね。きっと驚かれますよ」
含み笑いをするソニアとわいわいしながら待っている間に、シェリル姉様が支度を済ませて階段を下りてくる。
馬車で出かけたわたしたちは、ほどなくして大きな川のほとりにやってきた。シェリル姉様の専属メイドと御者のおじさんには、馬車のところでお留守番してもらって、川まできたのは三人と一匹だ。そこで、わたしはまんまと、ソニアの言う通りに驚かされてしまった。
ソルトもみいみい鳴いているし、驚いているようだ。
「綺麗……!」
ゆったりした水面に、無数の魔力光が踊っていた。
わたしたちが魔法を使う時に、杖先から走る淡い光によく似ている。
魔力濃度が、極端に高いというのもうなずける。水面が光を放つほどの魔力光に加えて、水面に近づくほど、魔力を扱う時のほわほわした感覚があった。
「すごい、すごいよ! シェリル姉様! ソニア! 早く早く!」
「クリスったら、そんなにはしゃいじゃって。水の中には入らないでね!」
そっと川の水をすくってみると、手のひらからするりと逃げていく魔力光が、なんとも言えないきらめきを放つ。
「こんなに綺麗なのに、畑には使えないなんて」
「土や水に自然に含まれる魔力は、作物にいい影響を与えることもあります。しかし、これだけの濃度になってしまうと……」
「どうして、そうなっちゃったのかな? それとも最初からこうなの?」
「上流にいくほど濃くなるみたいなのよね。精霊様がいらっしゃっている、なんて言う人もいるくらい」
「精霊!? 会いたい!」
「私も! でも、人前には出てきてくれないのよね。人生で一度も会えない人の方が多いんだって」
「心を清らかに、勤勉で優しくあれば会えると申しますよ」
「ソニア、それは子供に勉強させるためのずるいやつでしょ」
「シェリルお嬢様!? そ、そんなことはございませんよ!」
シェリル姉様とソニアのやり取りを微笑ましく聞きながら、もう一度水面に手を入れる。
本当に綺麗だ。どうにかして持って帰れないかな。
空き瓶を持ってきて、少しだけ汲んでいくとか?
上手に魔力光をすくえれば、飾っておけるかもしれない。
それとも、宝石みたいに……あ、そうか。
「結晶化させればいいんだ」
わたしは両手を川にそっと入れ、魔力を集めてくるようなイメージで、結晶化のスキルを使ってみた。
淡い青色の光が、瞬きながら手の中に凝縮されていく。
くるくると弧を描いて集まった光は、片手に乗せられるくらいの大きさの、複雑な色合いの結晶になった。
「シェリル姉様、ソニア、見て!」
「わ、綺麗。なあにそれ? 川の中にあったの?」
「それはまさか……魔力の結晶、ですか?」
「え! そうなの、クリス?」
「うん、結晶化のスキルで作ったの! これで魔力濃度の問題、どうにかなりそうだよね?」
「え……と? どうにか、とおっしゃいますと?」
「魔力を結晶化させれば、その分だけ水の魔力は減るのかなって」
シェリル姉様が、顎に手を当てて難しい顔になる。ソニアも同じような表情で、考えてくれているみたいだ。
ソルトだけは、難しい顔のふたりなんてどこ吹く風で、わたしの手の中の結晶をちょいちょいして遊んでいる。
「まだなんとなく思いついただけだから、やってみないとわからないんだけどね? まずは結晶化で、水から魔力を分離させるでしょ? これはわたしが毎回やってたら間に合わないから、水から魔力を結晶化しますよっていう形にして、魔法式に組み込むのがいいと思うの。結晶化を組み込んだ魔法式を、水中の魔力で自動的に動くようにして、あとはどれくらいの魔力を水から分離させるか調整すれば、いい感じの濃度になるんじゃないかな。魔力の結晶が、その場に溜まっちゃったらどうするのって思うでしょ? ふふふ、ここにくる途中でいくつか、川から別の方向に水を流している水路があったよね。今は閉じられてるから、その中で流しても大丈夫な水路に魔力の結晶を誘導してあげて、途中で結晶化を自動で解除する仕組みを組み込めば――」
「待って、ちょっと待って!」
シェリル姉様に止められて、ハッとする。一気に喋りすぎてしまった。いくらわたしの頭の中でイメージできていても、いきなりすぎたかも。
「うーん、どこからどう言えばいいかしらね……」
「なんでも言ってほしいな。ふたりの意見も聞いて、いい形にしたいんだ」
んんんんんん、と深くて長いうなり声のようなものをふたりして吐き出してから、ソニアに目配せしたシェリル姉様が口を開いた。
「あのね、普通の結晶化スキルは、魔力を結晶にしたりできないの。前にも言った通り、土とか石を固めるだけのスキルなんだよ」
「魔力まで結晶化させられるとは、本当に恐れ入りました。クリスお嬢様の結晶化スキルは、もはや結晶化スキルと呼んでいいものやら……自然環境でも、魔力が結晶となるには長い年月と特殊な環境が必要なのですよ」
「え……?」
「後半の、スキルを魔法式に組み込んで自動で……っていう話も、とんでもないよね」
「ええ。魔法式にスキルを組み込む発想も、自動的に魔法が発動する仕組みも、クリスお嬢様の天才ぶりに驚くばかりです。もうこれ以上、驚くことはないと思っておりましたのに」
「そ、そうなの?」
「そうなの!」
「そうなのです!」
苦笑いのふたりから、同時にツッコミをいただいてしまった。
しゃべりすぎたどころではない。
わたしの結晶化が、どうやら普通じゃないらしいことは前に教えてもらった。
しかしそれは、わたしがイメージしていた以上のものだったらしい。結晶化解除だとかの話だけではなくて、結晶にできる素材にも縛りがあったなんて。
魔法式の方も、何をエネルギーにして魔法を発動するか、つまり杖先から流す魔力なのか水に含まれた魔力なのか、そこの制御で解決できそうだと思って言ってみただけだった。
「クリスお嬢様ご自身の身を守るためにも、これからはまず私かご家族の皆様に、必ず相談なさってくださいね!」
「そろそろ慣れてきたつもりだった私たちでさえ、こうなんだからね!」
わたしが相談したかったのはその後の話で、本来よりさらに高濃度になってしまうかもしれない、結晶化を解除した後の、高濃度の魔力を含んだ水をどうするかだった。
でもちょっと、それどころじゃなくなっちゃったかも。




