SideB.レイジングフレアの怒り
ありえん。
こんな話を、はいそうですかと認められるものか。
「すばらしい! 歴史的快挙だ!」
陛下が、両手を広げて喜んでいる。世間をよく知りもしない若造が。
表面こそ繕っていたものの、つい先日までは俺や他の貴族どもと同じ、冷めた目でクレイマスターを見ていただろうに。あっさり、てのひらを返しやがって。
「魔法研究は進展がなくて久しかったが……まだまだ新しい発見があるかもしれないな」
魔法で生み出した現象を、そのまま残せるだと?
生み出した石や土の形を、自在に変えられるだと?
クレイマスターも、わがレイジングフレアと同じく、禁術の研究をしていたとはな。
いくら上澄みを綺麗に見せられたとしても、この俺の目はごまかせんぞ。
「サディアス様、お顔の色がすぐれないようですけれど?」
「ふん。どうということはない、あんなもの……!」
「そうですか。私は少し、様子を探ってまいりますわね」
ドリス・ハリケーン。この女はまさしく、根のない風のようなやつだ。
様子を探ってまいりますなどと、白々しい。それこそ、俺と一緒になってクレイマスターを的にしていたくせに、今度はそちらに取り入る気か。
俺は、そんなふざけた真似はせんぞ。レイジングフレアの名は、安いものではないのだ。
テーブルに置いてあった酒を、一息にあおる。
先のパーティーとは違い、今日は各家の家族は呼ばず、仕事の話が軸となるはずだった。
そこで改めて、レイジングフレアの功績と、クレイマスターの無能ぶり、若造の優柔不断ぶりを知らしめてやろうと思ったのに。
書状でお伝えしていた件について、ご報告がございますなどと、割って入ってくるとはな。
クレイマスターのくせに、しっかり根回しをしていやがるとは生意気な。
「もう一度見せてくれるか?」
「はっ、喜んで」
アレクシス・クレイマスターが右手で杖先を動かすと、土の紋章を象ったレリーフが左手に現れる。そしてそれは、どれだけ待っても消える様子はない。
何度見ても、事実だけは認めるしかない。魔法で無から生み出したものを、間違いなくそのまま留めている。ええい、忌々しい。
「質問をしても構いませんかな? この場ではどうしても、その魔法の出自を明かせないとは、如何なる理由で?」
闇のダークナイト公爵が、疑いの表情をいっさい隠そうとせず、値踏みするようにクレイマスターに詰め寄る。いいぞ、もっと言ってやれ。
「今のところクレイマスターにしか扱えないとはいえ、おいそれと公開するものではありませんので。それに各領における技術や魔法研究は、しかるべき手順で偽りなく報告さえすれば、すべてを明かさずとも問題ない認識です」
「通例であればそうでしょうが、これはまさしく歴史を変える魔法です。であればもう少し、情報を公開すべきでは? それとも、後ろ暗いことでも?」
「よさないか。王家にも非公開の情報くらいある。それはダークナイトも同様だろう?」
若造め、余計な口を。
わかっているのだ、そんなことは。本質はそこではない。
本当に偽りなく報告しているのか、お前らの使う魔法は怪しい外法ではないのか、と問うているのだろうが。
クレイマスターが、王家の転覆を企んでいたらどうするつもりなのだ。
誰にも探られたくない腹はあるな、仕方あるまいと、傾いた玉座に肘をついて頷いてみせるのか?
「はあ……おっしゃる通りで」
あっさりと引き下がったダークナイトもダークナイトだ。俺はたまらず切り込んだ。
「もちろん陛下のおっしゃることはわかります。しかし、半年前には影も形もなかったものです。ダークナイト殿が気にされるのもわかるというもの。ハリケーン殿も、そう思われないか?」
お前はどちらにつくつもりだ?
暗にその意を込めて、水を向ける。笑顔こそ崩さなかったが、ドリスの眉がぴくりと動く。
「気にならないと言えば嘘になりますけれど、今は歴史的瞬間に立ち会えることを嬉しく思います。これからも共有はいただけるのでしょう?」
「ふん、ハリケーン殿は意外とロマンチストなのだな。よかろう、今はこの場を楽しむとしようか」
現時点では、立場を明らかにしないつもりか。いや、どちらかというと、俺を裏切って向こう側に立ちたい気配さえ見える。
いいだろう。この場が終わったら、お前とお前の家が抱えた弱みとこの俺に対する恩を、たっぷり思い出させてくれる。
レイジングフレアが掘り起こして、秘密裏に研究を進めている禁術についても、協力させてくれと言ってきたではないか。すでにお前は、共犯なんだよ。
「近いうちに使節団を派遣し、いくつか確認をさせていただけますかな。クレイマスターの名誉をいたずらに汚すつもりはもちろんありませんが、先に申し上げた通り、前例のない魔法だ。ご協力願えますな?」
ダークナイトめ、引き下がったと思ったら、若造の邪魔が入らないところでじっくり情報を取りにいく腹か。
ずっと日和見を貫いてきたくせに、ここにきて随分と強く出るじゃないか。
「その使節団、私も同行させていただきますわ。とても知的好奇心をくすぐられますもの」
「……遊びではありませんぞ、ヘヴィーレイン殿」
「あら、もちろん遊びのつもりはなくてよ。ヘヴィーレインは他家より魔法式の解読に力を入れていると自負しております。きっとお力になれましてよ。もしかしたら、ダークナイト様よりお役に立てるかもしれませんわ」
自分の属性ですら、魔法式の意味など意味不明だというのに。他属性の魔法式など、読めるはずなどなかろうに。
ヘヴィーレインの芝居がかった言いように、思わず口を挟みたくなる。
「……口の減らない女だ」
「ダークナイト様? 何かおっしゃいまして?」
「いいや。そういうわけだ、詳細は追って連絡させていただく」
用は済んだとばかりに、ダークナイトはくるりと背を向けて離れていく。
それをおもしろそうに眺めて笑うヘヴィーレインを横目に、もう一杯グラスをあおった。
闇と水は、おそらく繋がっている。
しかし、ダークナイトが組織する使節団なんぞに、この俺が参加するつもりはない。
クレイマスターの魔法に前向きな興味を示しているとか、脅威を感じていると思われるのはプライドが許さない。
いいや、待てよ。要はこの国にとって、クレイマスターは不要である、もしくは危険であると若造に判断させる材料があればいいのか。
潜り込ませる手札はいくらでもある。それらしい証拠を見繕って、これみよがしに報告してやればいい。なんなら証拠などなくとも、あるようにしてしまえばよいではないか。
王家を支え、共に国を盛り立てていきましょうなどという、前時代的なクレイマスターに、発言権を持ってもらっては困るのだ。
六属性を対等だと唱える、夢物語のような考え方も気に食わない。誰がこの国を動かしていくのにふさわしいかを、今度こそ理解させてやらねばなるまい。
各属性が対等でないとの認識は、世間的には広まりつつある。それを確固たるものとし、最終的には王家を交代させ、このレイジングフレアが国を統治する。
愚民どもが納得しないようなら、しばらくの間は若造に傀儡となってもらおう。
俺の崇高なる使命を、クレイマスターなどに邪魔させてたまるものか。




