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3-2-2.

「クリスの成長は喜ばしいが、色々と考えなくてはいけないな」

 しかし当然、めでたしめでたしでは終わらない。

 温かい気持ちに包まれて、今日はお祝いだと盛り上がって食卓についたわたしは、みんなが食べ終わってひと心地ついたタイミングで投じられた、お父様の言葉にハッとする。

 食後の家族会議、スタートである。

「クリスの魔法とスキルについて、ありのまま正直には、報告するのは難しい」

「ええ。陛下に嘘をつくのは心苦しいけれど、他の公爵家への見え方もあるものね」

 お母様がお茶に口をつけてから、頷く。

「魔法の歴史を変えてしまうような力を、クリスだけが使えるとわかったら、大変な騒ぎになるだろうね。特にレイジングフレアやハリケーンの連中は、何を仕掛けててくるか」

 エル兄様が真剣な顔で補足し、お父様、お母様と三人で腕組みをして考え込む。

 いくらこの家のみんながわたしを認めて受け入れてくれても、世間一般からしたら大事件には違いない。

 わたしは、半年前のパーティーを思い出す。

 特に火と風……レイジングフレアとハリケーンの人たちは、中身はともかく実年齢としては幼いわたしにも、容赦のない嘲笑を向けてきた。

 パーティーの、それも余興の途中でのちょっとした発言でさえあれだ。

 わたしの魔法をカミングアウトすれば、間違いなく、もっと攻撃的な言葉や、それ以上のものを向けられるのだろうなと、残念ながら簡単に予想できた。

「私たちも、同じ魔法が使えるようになればいいんじゃない?」

 人差し指を立てて、にっこり笑ったのはシェリル姉様だ。

 重たい空気を押しのけて、ぱっと花を咲かせたような笑顔である。

「私たち全員が、特別になってしまえばいいの。そうしたらクリスを守れるし、クレイマスター全体が認められるでしょ?」

 いたずらっぽく笑うシェリル姉様とは対照的に、エル兄様の表情は曇ったままだ。

「魔法式の解読や書き換えは、実際の魔法式も見ながらクリスに解説してもらったけど、僕たちにはちょっと難しそうだったよね?」

 それを聞いても、シェリル姉様は笑顔を崩さない。

「確かにそれは今のところ、クリスだけが持つ才能よね。でも、完成した魔法式をなぞったり、覚えたりするだけなら、私たちにもできるでしょ?」

 以前、わたしのスキルありきで魔法式を書き換えた時に、お父様はその魔法式を、その場でなぞって実演してくれた。

「わたしが描いた魔法式を、みんなに覚えてもらえばいいんだね!」

 そうすれば、結晶化スキルであれこれしているところ以外は、同じ魔法が使えるはずだ。

「そういうこと! ね、クリス。簡単な魔法……例えば土をその場に出すだけの魔法だとかで、試してみない?」

「うん! 実はね、それならもうあるの。前みたいに、結晶化スキルを使う前提のじゃなくて、魔法だけでできるやつ!」

「おお、すごいじゃないか!」

 ちょっと取ってくるね、とテーブルを立つ許可を得て、わたしは急いで自分の部屋へノートを取りに行った。

 ソルトはもうベッドの上でまるまって眠っていたので、起こさないでおく。

 普段は昼間も眠っている時間が多いのに、今日はずっと付き合ってくれていたし、きっと眠いに違いない。

 戻ってきてから、いそいそとページをめくる。

 よく使う魔法はほとんど覚えてしまったにしろ、何かのタイミングであまり使わなくなったら、きっとすぐに忘れてしまう。

 人の記憶は一日で、半分以上がどこかに飛んでいってしまうらしい。先月のわたしはもう他人なのだから、信用しちゃダメ。信用できる記録を残しておくのが、大事というわけ。

 とにかくこのノートは、わたしがこれまで試してきた、渾身の魔法式を書き残してある。

 しかも、これからみんなに見せるのは、自分なりにデザインにも気を遣った特別製の式だ。

 魔法式としての視認性は損なわれていないはずだし、きっと喜んでもらえるはずだ。

「はい、どうぞ!」

 開いて差し出したノートを、みんなで覗き込む。

 四人とも、いい感じに目を丸くしているね。

 ふふふ、また驚いてくれたんじゃないかな?

 あまりの見やすさと、芸術点の高いデザインに――。

「……これは、なかなか大変そうだな」

「さすがは歴史を変えるほどの魔法……複雑だね」

「クリス、これが土の塊を出すだけの初歩的な魔法なんだよね?」

「え……あれ? うん、そうだよ」

 開いたページ、間違えてないよね?

 わたしは、少し焦ってノートを覗いてみる。

 ページはあっているし、そこには確かに、渾身の魔法式が描かれていた。

「ちょっと待ってね。書き写していい? 頑張って覚えるから。これ、一枚もらうね?」

 シェリル姉様が、わたしがノートと一緒に持ってきた筆記用具で、ノートの一枚に魔法式を書き写していく。

「あれ? そんな感じ?」

 シェリル姉様が描いた魔法式は、わたしが描いたものと、なんだか全然違っていた。

「えっと、そうじゃなくてこうだよ……?」

 少し雑な線にはなってしまったものの、走り書きで同じものを描いてみせる。

「ん? だから、こうだよね?」

「あれ?」

「ほえ?」

 どうにも話が噛み合わない。

「もしかして……ねえ、これをクリスの魔法式に書き換えてみてくれる?」

 それは、わたしが最初に借りた、シェリル姉様のノートにあった魔法式のひとつだった。

 考えてみれば、これを改良してみた時もなんだか話がかみ合わなくて、まずはちゃんとした形を覚えようって言われたのだった。

「こんな感じ。どうかな?」

 わたしが写した式を見て、シェリル姉様が「やっぱりそうだ」とつぶやく。

「お父様、正直に教えて? クリスは私の式をちゃんと写せていると思う?」

 んうん?と、お父様が半分くらい裏返った不思議な声を出した。

 この時点で、答えは出ているようなものだ。「写せてはいないなあ」と顔に書いてある。

 シェリル姉様から、「正直に!」と釘を刺されてようやく、お父様は、「あまり似てはいないね」と絞り出した。

 どうやら、わたしが描く改良版の魔法式は、他のみんなにはまったく別の形に見えているみたいだ。

 前世の知識で魔法式を読み書きしている弊害なのか、なんなのか。

 まさしくお母様が言った通り、わたしには別のものが見えているらしい。

 そういうことなら、わたし仕様の魔法式が、みんなには画伯仕様に見えていても仕方ない。

 だってシェリル姉様が、覚えるから写させてと言ってメモしたわたし仕様の魔法式、なんだかとっても線が多いもの。そんなカクカクとかぐるぐるを、わたしは描いていない。

「どうしよう……これ全部、覚えられそう?」

 一瞬の沈黙の間に、いくつかの視線がわたしの上を飛び交う。

 んうん?と、お父様が半分くらい裏返った不思議な声を出した。


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