3-2-1.
「みんな、早く帰ってこないかな?」
「きっとびっくりされますね! あ、戻られたのではありませんか?」
日が落ちかけた頃、お父様たちの乗った馬車が戻ってくる音が聞こえた。
帰りは確か、町の入口でエル兄様やシェリル姉様とも合流して、みんなで帰ってきているはずだよね。
驚いてくれるかな。そもそも許してもらえるかな。お昼とは別の意味で、緊張してきた。
膝の上ですやすや寝ていたソルトをそっと抱えて立ち上がり、わたしが座っていた椅子におろしてから、玄関の扉を開けてみんなを出迎える。
「ただいま……これはいったい!?」
「あなた、どうなさったの……まあ!」
階段の手前で、お父様もお母様も固まった。
後から馬車を降りてきたエル兄様、シェリル姉様も、手に持っていた荷物をどさりと落として、口をあんぐり開けている。
「ソニア……ソニア! これはいったいどういうことなんだ!? 聞いていた話と違うではないか!」
しまった。この反応はどうやら、やりすぎてしまったみたいだ。
わたしは慌てて、お父様とソニアの間に入る。
「待って、お父様! これは――」
「……こんな奇跡まで起こせるようになっていたというのか!?」
「そうよね、クリスの魔法が特別かもしれないとは聞いていたけれど……今朝出かけてから、半日程度の間にこんな風にできてしまうの!?」
「あれ?」
予想していた空気と、だいぶ違う。
「アレクシス様、ハンナ様、そうなのです。これはすべて、クリスお嬢様がおひとりで、魔法とスキルの力で作り上げられたものです」
独断でやったことだから、ソニアを叱らないでと宣言するつもりだったのに。当のソニアは誇らしげに、身振り手振りをまじえて説明を始めた。
それからわたしに向き直って、深々と頭を下げる。
「クリスお嬢様、申し訳ございません。ないしょのお話について、部分的に報告をしておりました。お叱りはいかようにもお受けいたします」
「それはソニアの立場からすれば仕方ないし、怒ったりしないよ」
「なんと寛大な……」
ソニアが涙ぐむ横で、みんなが壁や床を食い入るように見つめ、実際に触って確かめては、興奮した様子で話し合っている。
「クリス。本当にこれを、ひとりでやったの!?」
「この壁の紋章、なんというきらめきか!」
「周りにあしらわれたデザインも、とっても素敵ね!」
「信じられないよ。紋章と周りのデザインとで、質感がまるで違う。それぞれ何日もかけて研磨したみたいだ」
「床もすごいよ! つやつやなのに滑らないし!」
良かった。思ったより、好感触だったみたいだ。
一人前とはいかなくても、身近なところから任せてもらえるようになるといいな。
「クリスや! どうか私の前で、もうひとつこのタイルを作ってみてくれないか?」
「うん! ちょっと待ってね」
タイルのサイズは、まだ覚えているから設定できる。だいぶ休憩もしたから、同じものを作るのは難しくない。さらさらと魔法式を描いてタイルを作ってみせると、お父様たちが揃って歓声をあげてくれた。
「ありがとう、クリス。そこでちょっとだけ、待っていてもらえるかな?」
「えっと、うん……いいよ?」
「ありがとうね。ソニアもこっちに来なさい、早く!」
「はっ!」
お父様たちとソニアの五人は玄関の隅に行くと、なにやらごにょごにょとないしょ話を始めてしまった。
わけがわからず、わたしはそれをただきょとんとして眺めるしかない。好感触かと思ったのに、これはどういうリアクションなのだろう。
「待たせたね。まずはクリスが、どうしてこれをやってくれたのか、聞かせてもらえるかな?」
わたしは改めて、自分の考えをみんなに話した。
色々なところが古くなっているのが、気になっていたこと。
みんなは忙しくて、補修する時間をとれないように見えたこと。
それなら、わたしがやってみようと思ったこと。
まずは、わたしにもできることを証明するために、玄関の補修を頑張ってみたこと。
それを真剣に聞いていたお父様は、大きく息を吐いて、たっぷりと間を取った。
「ありがとう。どうやら、きちんと伝えた方がよさそうだね」
「……そんなに、変えたらいけなかった?」
「そうじゃないんだ。普通の魔法は、この紋章や床のようには残しておけないんだよ」
「え?」
お父様の言葉の意味が、きちんと頭に入ってこない。
「魔法で作ったものは、魔法を使い終わると、消えてしまうの」
「魔法で作った土や石を、その場にとどめておけるだけでも、とてもすごいことなんだよ」
お母様とシェリル姉様が真剣な顔でお父様の言葉を引き継ぎ、わたしは頭の奥がじわじわと熱くなってくる。
「しかもそれを、高い精度で、石の材質や質感を選ばず、きちんと接着もできるなんて本当に前代未聞、奇跡としか言いようがないんだ」
エル兄様が、紋章とその周りの紋様をそっと撫でて、困ったように笑う。
「そうなの? でも、魔法式の最後のところを変えれば――」
「そうだね。クリスは魔法式の内容をきちんと理解して、書き換えられるんだよね」
「うん」
勉強用の魔法式の最後に描かれた、作ったものをキャンセルする処理を変えればいいだけだ。それを伝えようとしたわたしは、次の言葉でそれこそ石のように固まった。
「魔法式を解読できること自体が、魔法の歴史を変えてしまうほどすごいことなんだ」
「魔法は形を覚えて、なぞって使うっていう話は最初にしたでしょう? みんな、そうして使ってるんだよ」
シェリル姉様の話が、お父様の言葉を補足する。
「もしかしたら、私たちとクリスでは、見えているものが違うのかもしれないわね」
完全に固まってしまったわたしの頭にそっと手を置いて、お母様が微笑む。
前世の後悔を繰り返したくない、思った通りにやってみたいと思って、頑張ってきたのは確かだ。
確かだけど、魔法の歴史を変えてしまうとか、そんなに大それた話になると、途端に怖くなってくる。
「それじゃあ、結晶化は? スキルはよくあるものだって、ソニアも言っていたし……」
「クリスお嬢様、確かにスキルはよくあるものですし、結晶化のスキルも珍しいものではありません。ただし」
「……ただし?」
「クリスお嬢様が使われているものは、結晶化スキルの常識を、猛然と置いてけぼりにされています」
「もうぜんと、おいてけぼりに」
「結晶化のスキルは、土や石を結晶に変えられるものよ。でもね、普通はそれだけなの」
「結晶化を解除したり、お互いに結晶化させてくっつけたり、表面の質感を変えるような効果はないはずなんだ」
お母様とエル兄様が、かわるがわる説明してくれる。
わたしはすっかり、大混乱だ。頭の奥から、ちくちくする感覚と一緒に競りあがってきた熱は、いまや頭の中全体に広がって、わたしを思考停止に引きずり込む。
どうしよう、どうしよう。
ありえない魔法とおかしなスキルを、にこにこしながら使う四歳児なんて、怖がられて家を追い出されてしまうかもしれない。
どうにか役に立ちたいと思っただけなのに、二度目の人生、いきなりのピンチだ。
わたしは、もっときちんと、周りを見て話を聞いておくべきだったのだ。
「クリス、聞いておくれ」
お父様が真剣な表情になる。眉間に皺を寄せ、眼光は鋭く、完全に笑顔が消えている。
ああ、ダメだ。わたしはきっと、ここにいられなくなる。
「ごめんなさ――」
「クリスは本当に、私たちの自慢の娘だよ」
反射的に口から出そうになった謝罪の言葉を、優しい言葉が包み込む。
「え……?」
「クリスがどれだけ頑張ってきたか、これを見ればわかるもの」
「本当にすごいよ、クリス!」
「最初の頃と反対に、今度は私が教えてもらおうかな!」
お母様も、エル兄様も、シェリル姉様も、嬉しそうに表情を崩して、目に涙さえ浮かべて喜んでくれている。
「わたし、やっちゃいけない、おかしなことをしちゃったんじゃ……?」
「きちんと伝えられていなかったばかりに、不安にさせてしまったんだね。ごめんよ」
「でも、普通はありえないって……」
「持っている力や才能に関係なく、あなたは自慢の娘よ」
「ああ、かわいい妹だとも!」
「お兄様はもう少しだけ、妹離れしてほしいけどね、ふふ」
全身の力が抜けて、思わずその場にへたり込んでしまった。
周りを見渡してみる。ソニアや、再び集まってきた執事、メイドのみんなも笑顔だ。
誰ひとりとして、わたしをおかしな目でなんか、見ていない。
「力の正しい使い方は、きちんと学んでいけばいい。それにクリスはもう、それを知っているはずだよ」
「クレイマスターのみんなのために、努力して頑張ってくれているんですものね」
「その気持ちがある限り、クリスは悪い子にはならないさ」
ああ、わたしの二度目の人生は、なんと恵まれているのだろう。
驚くような結果でも、それだけに囚われて攻撃するのではなく、わたしの気持ちや努力を慮ってくれる。
過ぎた力かもしれないこの魔法やスキルを、利用するような様子もない。純粋に、わたしの成長を喜んでくれているのだ。




