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「よし、次は壁の紋章だね。まずは一回綺麗にしちゃおっと」
ひび割れて欠けた紋章を、例によって結晶化解除でさらっと平らにした。
「うええ!? く、クレイマスターの紋章が!?」
「ごめん、びっくりさせちゃった? すぐ作り直すから心配しないでね」
ソニアに謝ってから、紋章作成の魔法を発動する。
目標は、わたしが記憶を取り戻したパーティーでお父様とエル兄様が作ってみせた、あの完成度だ。
「てええい!」
空中に荘厳な紋章を作り出し、接着モードの結晶化スキルで、ぱあんと壁に貼り付ける。
「ね、大丈夫だったでしょ?」
「本当ですね、クリスお嬢様は大丈夫でした。ところで、私は大丈夫ですか? ちゃんとまっすぐ立っていますかね?」
「え、大丈夫だと思うけど……本当に体調悪いとかじゃないんだよね?」
ぽかんと口を開けたまま壁を見つめるソニアは、やっぱり少し変だ。
体調が悪いのを押して、わたしに付き合ってくれているのかな。
ソニアのためにも、なるべく早く終わらせられるように頑張らなくちゃ。
「よおし。スピード上げてこ!」
マットな質感を心がけた床とは違って、紋章は完璧に、キラキラのつやが出るようにしたい。ギュギュッと結晶化の力を集めて、紋章を磨きあげていく。
「紋章はこんなところかな。次はノートの出番だよ、今日のために考えてきたんだ」
置いておいたノートを開く。
前世からの趣味、ジェルネイルのデザインを参考にして、紋章の周りに流線形の模様をあしらってみたラフ絵だ。
元々の荘厳な雰囲気はそのままに、現代日本風のデザインを加えて、斬新な形にしたい。
わたしはデザイナーではないから、受け入れてもらえるかどうかは出たとこ勝負だ。
それでも、せっかくなら、前世ではなんとなく周りに流されてできなかった、本当にわたしがやりたかった形に挑戦したい。
紋章を囲む流線形の模様はマットな仕上がりにして、紋章が際立つ質感になるよう気をつけた。荘厳な紋章から力が溢れるように、それでいて落ち着いた雰囲気を崩さないように、わたしが今もっているすべての力を注ぎ込む。
「……できた!」
もうすっかり日が高い。何度も描きなおしたし、いくつかのデザインを試したので、思ったより時間がかかってしまった。
屋敷にまったく人がいないわけではないのに、場はしんと静まり返っていた。
自分の鼓動と、肩に乗るソルトの温かさだけが、静かな興奮を伝えてくる。
キラキラに輝く紋章と、それを彩る模様。ほどよい光沢の石床。
玄関に飾られた彫刻はまだそのままだけど、ここまではいい感じに仕上がったと思う。
みい、とソルトが一声鳴いて、わたしはハッとする。
背後に、いくつも気配があることに気付いて振り向いた。
「みんな……!」
そこにはソニアだけではなく、屋敷に残っていた執事やメイドたちが、固唾をのんでわたしの魔法を見守ってくれていた。
「お見事です、本当に」
「素晴らしいデザインですわ」
「クリスお嬢様に、このようなお力が……!」
ゆっくりと、時間が動き出したかのように、みんなが口々に感嘆の声をあげてくれる。
「ありがとう。大丈夫かな、変じゃない?」
「とんでもございません! このソニア、膝から崩れ落ちそうなほどの感動を覚えております……!」
「ソニアは大袈裟なんだから」
号泣しているソニアは、専属メイド補正がものすごくかかっていそうだけど、少しだけホッとした。
少なくとも、この場にいるみんなは、新しい玄関を気に入ってくれたみたいだ。
「よおし、じゃあ残りの彫刻も……」
「さすがに少し、休憩なさってください!」
「まだ大丈夫! 今日中に玄関を全部綺麗にしたいんだ」
「皆様がお帰りの際に、クリスお嬢様が倒れでもされていたら、私たちは全員怒られてしまいます」
「そっか……そうだね、ごめん」
集中すると周りが見えなくなってしまうのは、悪い癖だ。
魔法の勉強を始めた時も、部屋にこもりすぎて心配させてしまったものね。
みんなに促されてお昼休憩をはさんでから、わたしは残りの彫刻の欠けた部分も修復した。
彫刻は、同じものを作り直す自信がなかったので、欠けたところやヒビの入ったところを、なるべく同じ質感になるように補強して、全体的に軽く磨いておいた。
ついでに、玄関を出たところの石床や、そこから続く外の階段も、玄関内の石床と同じ要領で綺麗にする。




