3-1-1.
ついに、計画を実行に移す時がやってきた。
わたしが魔法の勉強を始めてから、あっという間に半年近くが経った。
ある時から、専門的な魔導書をお父様から貸してもらえたことで、わたしの魔法はさらにバリエーションが広がった。
タイミングからして、ソニアがお父様お母様に、ソルトの像のことを報告したのだろう。
ないしょにしてねとは言ったものの、前のこともあるし、立場的にもしょうがない。
完成度がまだまだだったソルトの像を、お父様に見られたのだけは少し恥ずかしいな。
それからこの半年、わたしは魔法やスキルの勉強だけではなく、クレイマスターの様子もできる限り気を付けて見るようにしてきたつもりだ。
その結果、わたしが考えていたより、状況はよくないのだとわかってしまった。
国からクレイマスター家に与えられる役割は、特に魔法を使う公爵家ならではの役割としては、かなり軽いものしかないらしい。
少し前まで、そこまでの差はなかった。悪い噂が広まりだしたのは、火と風の公爵が世代交代して、サディアスとドリスになってからだ。
公爵家の中でクレイマスターが底辺だと、ことあるごとに吹聴されて、じわじわと毒が回るように、国中にそういう雰囲気が出来上がってしまったのだ。
そのせいで、いくらいいものを作ってもクレイマスターの品は買いたたかれる。これが、主産業である鍛冶や工芸が勢いをなくしている理由だ。
決して品質が悪いわけではない。むしろ、外から偉そうな顔をしてやってくる商人たちの適当な品より、だんぜんいいものを作っているのに。
これをなんとかしようとして、お父様やエル兄様が、各地を奔走している。
そうすると、どうなるか。今度は領内の統治や整備が、追い付かなくなってくる。
公爵邸や城塞都市を囲む壁、領内の建物や道路などの老朽化が進んできても、補修になかなか取り掛かれない。クレイマスターを訪れた人たちが崩れかけた建物や道路を見て、やはり噂通りかと落胆し、ただの噂が残念な真実になっていく。
クレイマスターはすっかり、負のスパイラルに陥っているというわけ。
わたしの計画は、そのスパイラルを断ち切るためのものだ。そのために、まず第一歩として身近なところから、つまりは屋敷の玄関を補修してしまおうと考えている。
今日は、朝ご飯の後から夕方まで、わたし以外の家族四人ともお出かけする日で、計画の実行にはうってつけなのだ。
「このお屋敷も、点検が必要よね。お義父様の頃から騙し騙しやってきているんですもの」
「それはそうだが……資金はできる限り、領民の生活をよくする方に回したい」
お父様とお母様がこう話しているのを聞いたのが、わたしの計画の発端だった。
手が足りていない屋敷や都市の補修をお手伝いできたら、きっと喜んでもらえる。
このまま何もせずにいて、屋敷が崩れ落ちてしまいました、じゃ困っちゃうものね。
わたしには、瓦礫の上でクレイマスターの紋章を高々と掲げて、「ここから新しい歴史を築いていくんだ!」と胸を張るほどの気概はない。
できれば、屋根のあるところは維持したいじゃないか。住環境、超大事である。
「みんな、いってらっしゃい!」
「ありがとう、行ってくるわね」
「帰りは夕方になるんだよね……?」
「そうね、それくらいになると思うわ」
「おお……クリス! 寂しい思いをさせてすまない。なるべく早く帰るからね!」
ちょっとだけ、お父様に勘違いさせてしまったかもしれない。
とにかく予定どおり、夕方までの自由時間を確保できそうだ。
しんと静かになった玄関を、ぐるりと見渡してみる。
左右に配置された彫刻はいくつかのパーツが欠けているし、タイルのような石が敷き詰められた床はすり減って、あまり美しくない凹凸がある。
壁の紋章も、ひびが入ったり欠けたりしていて、あまりいい状態とは言えない。
もちろん、日々のお掃除はしてもらっているから、汚いわけではないのだけど。
ちなみに彫刻と紋章については、補修したい気持ちがあるという言質は、お父様からそれとなくとってある。
勝手に修復して、もう二度と作れない伝説の職人の遺作だったり、ご先祖様の魔法で作った紋章だったりしたら、目も当てられない。
「クリスお嬢様、皆様を笑顔でお見送りされて、ご立派でした……! 今日はどうなさいますか? 皆様がお戻りになる時にお出迎えができるよう、先に魔法のお勉強をなさいますか? すでにノートを抱えていらっしゃるなんて、クリスお嬢様は本当に勉強熱心でいらっしゃいますね!」
「ふふ、ノートはちょっと後で使うんだ。じゃあお勉強の成果を試してみたいから、確認をお願いしたいな」
「かしこまりました。それではさっそくお部屋の方へ……あら、どうされました?」
「それじゃあ見ててね、ソルトはこっちにおいで」
玄関の石床の上で跳ね回るソルトを呼び戻して、ノートを床に置いてから、ぐるりと肩を回す。まずは肩慣らしに床からだ。
古くなったタイル状の床を、結晶化スキルの応用で撤去する。
粉状にした石床は、同じくらいの大きさのタイルに結晶化し直していく。
ところどころすり減って量が減っているから、少しだけ厚みを薄くして、数を揃えるようにした。万が一、魔法がうまくいかなかったら、綺麗に成型しなおしたタイルでもとに戻しておくだけでも、見栄えは随分違うはずだ。
「ひえ。これはいったい……!?」
「ソニアが教えてくれた結晶化のスキルだよ。便利だよね!」
「結晶化!? こん、こん、こんな……!」
「うんうん。コンコンっとここに積んでおくね。待ってソルト、乗っちゃだめ!」
タイルの山に駆けていこうとしたソルトが、みい、と残念そうに鳴いて、かわりにわたしの肩に飛び乗る。
座って魔法の練習をしている時は膝の上、立って練習している時は肩の上がソルトの定位置だ。最初は、ごめんねと謝って下ろそうとしたのだけど、何回やっても誇らしげに乗ってくるので、今ではすっかり慣れてしまった。
気を取り直して、残りのタイルも玄関脇に積んでおく。結晶化の途中であれば、すいすいと移動もできてしまうし、本当に便利だよね。
ここからは魔法の出番だ。
マットな質感で滑りにくく、シックに仕上げた大理石のタイルをイメージする。
一枚の石板より、もとのデザインを生かしてタイルを並べた方が、玄関の雰囲気に合っているからね。
マットな大理石風タイルを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げして、端っこから順番に並べていく。
よしよし、ちゃんと同じ形に作れているね。魔法式の中でサイズを指定しているから当たり前ではあるものの、実物を見ると安心する。
「あの、クリスお嬢様? こんなに連続で魔法をお使いになって、お身体は大丈夫ですか?」
「うん。同じ魔法の繰り返しだし、大丈夫だよ。魔力もそんなに使ってないから」
「え、繰り返しとかありなの!? ……デスカ? ああいえ、失礼いたしました。そうだ、お飲み物! お飲み物を持ってまいりますね!」
「えっと、ありがとう。ソニアこそ大丈夫?」
「だあいじょうぶですよお!」
ソニアは返事をしながら、屋敷の中でやっていいんだっけ、と心配になるほどの軽やかかつ俊敏なステップを踏んで、キッチンの方に消えていった。
なんだか、心配なテンションだ。
魔力消費を気にしてくれている感じだったよね。
ソニアが驚いてくれるくらいだから、わたしってもしかして、魔法を使う体力だけならある方なのかも?
魔法で作った大理石風タイルを並べ終えたわたしは、すうと大きく深呼吸して頭を切り替えてから、結晶化スキルを発動した。
タイルの裏面と、その下の床の結晶化を一時解除して、くっつけなおしていく。
この世界の接着剤がどうなっているのかとか、よくわからないわたしにとって、結晶化スキルは本当に便利すぎる。
「クリスお嬢様、お飲み物をお持ちしました。こちらに置いておきますので、お好きなタイミングで休憩なさってください」
「ありがとう!」
よかった、ソニアのテンションが元に戻っている。
床とタイルの接着を終えたわたしは、仕上がりを確かめるためにそっと足をおろした。
ほどよい光沢感かつ滑りにくくて、足になじむ踏み心地でちょうどいい。周りのデザインとも喧嘩していないし、接着が甘いところもなさそうだ。




