表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/37

3-1-1.

 ついに、計画を実行に移す時がやってきた。

 わたしが魔法の勉強を始めてから、あっという間に半年近くが経った。

 ある時から、専門的な魔導書をお父様から貸してもらえたことで、わたしの魔法はさらにバリエーションが広がった。

 タイミングからして、ソニアがお父様お母様に、ソルトの像のことを報告したのだろう。

 ないしょにしてねとは言ったものの、前のこともあるし、立場的にもしょうがない。

 完成度がまだまだだったソルトの像を、お父様に見られたのだけは少し恥ずかしいな。

 それからこの半年、わたしは魔法やスキルの勉強だけではなく、クレイマスターの様子もできる限り気を付けて見るようにしてきたつもりだ。

 その結果、わたしが考えていたより、状況はよくないのだとわかってしまった。

 国からクレイマスター家に与えられる役割は、特に魔法を使う公爵家ならではの役割としては、かなり軽いものしかないらしい。

 少し前まで、そこまでの差はなかった。悪い噂が広まりだしたのは、火と風の公爵が世代交代して、サディアスとドリスになってからだ。

 公爵家の中でクレイマスターが底辺だと、ことあるごとに吹聴されて、じわじわと毒が回るように、国中にそういう雰囲気が出来上がってしまったのだ。

 そのせいで、いくらいいものを作ってもクレイマスターの品は買いたたかれる。これが、主産業である鍛冶や工芸が勢いをなくしている理由だ。

 決して品質が悪いわけではない。むしろ、外から偉そうな顔をしてやってくる商人たちの適当な品より、だんぜんいいものを作っているのに。

 これをなんとかしようとして、お父様やエル兄様が、各地を奔走している。

 そうすると、どうなるか。今度は領内の統治や整備が、追い付かなくなってくる。

 公爵邸や城塞都市を囲む壁、領内の建物や道路などの老朽化が進んできても、補修になかなか取り掛かれない。クレイマスターを訪れた人たちが崩れかけた建物や道路を見て、やはり噂通りかと落胆し、ただの噂が残念な真実になっていく。

 クレイマスターはすっかり、負のスパイラルに陥っているというわけ。

 わたしの計画は、そのスパイラルを断ち切るためのものだ。そのために、まず第一歩として身近なところから、つまりは屋敷の玄関を補修してしまおうと考えている。

 今日は、朝ご飯の後から夕方まで、わたし以外の家族四人ともお出かけする日で、計画の実行にはうってつけなのだ。

「このお屋敷も、点検が必要よね。お義父様の頃から騙し騙しやってきているんですもの」

「それはそうだが……資金はできる限り、領民の生活をよくする方に回したい」

 お父様とお母様がこう話しているのを聞いたのが、わたしの計画の発端だった。

 手が足りていない屋敷や都市の補修をお手伝いできたら、きっと喜んでもらえる。

 このまま何もせずにいて、屋敷が崩れ落ちてしまいました、じゃ困っちゃうものね。

 わたしには、瓦礫の上でクレイマスターの紋章を高々と掲げて、「ここから新しい歴史を築いていくんだ!」と胸を張るほどの気概はない。

 できれば、屋根のあるところは維持したいじゃないか。住環境、超大事である。

「みんな、いってらっしゃい!」

「ありがとう、行ってくるわね」

「帰りは夕方になるんだよね……?」

「そうね、それくらいになると思うわ」

「おお……クリス! 寂しい思いをさせてすまない。なるべく早く帰るからね!」

 ちょっとだけ、お父様に勘違いさせてしまったかもしれない。

 とにかく予定どおり、夕方までの自由時間を確保できそうだ。

 しんと静かになった玄関を、ぐるりと見渡してみる。

 左右に配置された彫刻はいくつかのパーツが欠けているし、タイルのような石が敷き詰められた床はすり減って、あまり美しくない凹凸がある。

 壁の紋章も、ひびが入ったり欠けたりしていて、あまりいい状態とは言えない。

 もちろん、日々のお掃除はしてもらっているから、汚いわけではないのだけど。

 ちなみに彫刻と紋章については、補修したい気持ちがあるという言質は、お父様からそれとなくとってある。

 勝手に修復して、もう二度と作れない伝説の職人の遺作だったり、ご先祖様の魔法で作った紋章だったりしたら、目も当てられない。

「クリスお嬢様、皆様を笑顔でお見送りされて、ご立派でした……! 今日はどうなさいますか? 皆様がお戻りになる時にお出迎えができるよう、先に魔法のお勉強をなさいますか? すでにノートを抱えていらっしゃるなんて、クリスお嬢様は本当に勉強熱心でいらっしゃいますね!」

「ふふ、ノートはちょっと後で使うんだ。じゃあお勉強の成果を試してみたいから、確認をお願いしたいな」

「かしこまりました。それではさっそくお部屋の方へ……あら、どうされました?」

「それじゃあ見ててね、ソルトはこっちにおいで」

 玄関の石床の上で跳ね回るソルトを呼び戻して、ノートを床に置いてから、ぐるりと肩を回す。まずは肩慣らしに床からだ。

 古くなったタイル状の床を、結晶化スキルの応用で撤去する。

 粉状にした石床は、同じくらいの大きさのタイルに結晶化し直していく。

 ところどころすり減って量が減っているから、少しだけ厚みを薄くして、数を揃えるようにした。万が一、魔法がうまくいかなかったら、綺麗に成型しなおしたタイルでもとに戻しておくだけでも、見栄えは随分違うはずだ。

「ひえ。これはいったい……!?」

「ソニアが教えてくれた結晶化のスキルだよ。便利だよね!」

「結晶化!? こん、こん、こんな……!」

「うんうん。コンコンっとここに積んでおくね。待ってソルト、乗っちゃだめ!」

 タイルの山に駆けていこうとしたソルトが、みい、と残念そうに鳴いて、かわりにわたしの肩に飛び乗る。

 座って魔法の練習をしている時は膝の上、立って練習している時は肩の上がソルトの定位置だ。最初は、ごめんねと謝って下ろそうとしたのだけど、何回やっても誇らしげに乗ってくるので、今ではすっかり慣れてしまった。

 気を取り直して、残りのタイルも玄関脇に積んでおく。結晶化の途中であれば、すいすいと移動もできてしまうし、本当に便利だよね。

 ここからは魔法の出番だ。

 マットな質感で滑りにくく、シックに仕上げた大理石のタイルをイメージする。

 一枚の石板より、もとのデザインを生かしてタイルを並べた方が、玄関の雰囲気に合っているからね。

 マットな大理石風タイルを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げして、端っこから順番に並べていく。

 よしよし、ちゃんと同じ形に作れているね。魔法式の中でサイズを指定しているから当たり前ではあるものの、実物を見ると安心する。

「あの、クリスお嬢様? こんなに連続で魔法をお使いになって、お身体は大丈夫ですか?」

「うん。同じ魔法の繰り返しだし、大丈夫だよ。魔力もそんなに使ってないから」

「え、繰り返しとかありなの!? ……デスカ? ああいえ、失礼いたしました。そうだ、お飲み物! お飲み物を持ってまいりますね!」

「えっと、ありがとう。ソニアこそ大丈夫?」

「だあいじょうぶですよお!」

 ソニアは返事をしながら、屋敷の中でやっていいんだっけ、と心配になるほどの軽やかかつ俊敏なステップを踏んで、キッチンの方に消えていった。

 なんだか、心配なテンションだ。

 魔力消費を気にしてくれている感じだったよね。

 ソニアが驚いてくれるくらいだから、わたしってもしかして、魔法を使う体力だけならある方なのかも?

 魔法で作った大理石風タイルを並べ終えたわたしは、すうと大きく深呼吸して頭を切り替えてから、結晶化スキルを発動した。

 タイルの裏面と、その下の床の結晶化を一時解除して、くっつけなおしていく。

 この世界の接着剤がどうなっているのかとか、よくわからないわたしにとって、結晶化スキルは本当に便利すぎる。

「クリスお嬢様、お飲み物をお持ちしました。こちらに置いておきますので、お好きなタイミングで休憩なさってください」

「ありがとう!」

 よかった、ソニアのテンションが元に戻っている。

 床とタイルの接着を終えたわたしは、仕上がりを確かめるためにそっと足をおろした。

 ほどよい光沢感かつ滑りにくくて、足になじむ踏み心地でちょうどいい。周りのデザインとも喧嘩していないし、接着が甘いところもなさそうだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ