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1-1-1.

 凛とした光が、力強い炎が、鮮やかに色づく風が現れては、小さな粒になって消えていく。

 わたしはその光景に、思わず歓声をあげて手を叩く。なんて綺麗なのだろう。

 真っ白で大きなお城。しっかりと手入れされた華やかな庭園。ずらりと並んだ料理からは、美味しそうな匂いが漂ってくる。ドレスや煌びやかなローブで着飾った人々が、思い思いに楽しそうな表情を浮かべていた。

 夢のような空間に感動して、涙が出そうになる。

 会場の中心には、一段高くなった舞台のような場所があった。そこで、光や炎、風や水を呼び出してパーティーを盛り上げているみたいだ。

 今度は何が見られるのだろうと、わたしは身を乗り出す。

 登壇したローブ姿の数人が杖先を躍らせ、式のようなものを空中に描いていく。淡い光を放つ記号の羅列に、わたしは何故か懐かしさを覚える。

そう、あれはまるで、プログラミングのコードみたいじゃないか。

「え?」

 プログラ……ミング?

 あっ!と思った瞬間、わっと頭の中に色々な情報が溢れてきた。

 右に左に駆け抜ける自動車の群れ。ぎゅうぎゅうの満員電車。そびえ立つビル群と狭い空。使い慣れたキーボード。

 わたしがたたくキーにあわせて、モニターに弾き出されるプログラミングのコードたち。

 そうだ、わたしは……ここで暮らす前は、あそこにいた。

 日本でSEをやっていた二十八歳で、仕事も、一人暮らしの生活も大変で、それで……それで、どうしたんだっけ?

 終電間際の帰り道に、なんだか全身がふわふわして、くるりと景色が回って……そこで記憶がぷつりと途切れている。

「クリス? ぼんやりして、大丈夫? 少し疲れちゃった?」

「あ……お気になさらず!」

 いや待て。せっかくお母様が気遣ってくれたのに。

 なんて他人行儀で、年齢にふさわしくない答え方をしているのだ。

 今のわたしは、二十八歳の限界SEだった『葛城美和』ではない。公爵家の末娘、四歳になったばかりのクリスティーナ・クレイマスターなのに。

「あらあら、うちのお姫様は緊張しているみたいね。少し静かなところでお休みしましょうか? それとも何か食べる?」

 お母様は、一瞬だけびっくりしたような顔はしたものの、ふんわりと笑ってくれた。

「食べるー!」

 今度は、今のわたしらしく、元気よく返事ができた。

 いきなり四歳の身体を手に入れた二十八歳としては、当然ながら大混乱だ。なにせお肌はぷるぷるだし、裸眼でも遠くがよく見える。この身体、すごい。

 永遠の若さを願う、いけない悪役の気持ちが少しだけわかってしまう。闇堕ちダメ、絶対。

 とにかく、状況を整理しないといけない。

 なだれ込んできた記憶。小さな身体。完全に別の世界で惜しげなく披露される魔法と、華やかなパーティー。つまり……つまり、どういうこと?

「でもクリスったら、お気になさらず、なんてどこで覚えたの? 急に大きくなったか、生まれ変わっちゃったんじゃないかと思ったわ」

 なんてね、とからかうように笑うお母様とは反対に、わたしは雷に打たれたような気持ちで、真顔になっていた。

 それだ、それしかない。

 わたしはこの世界に生まれ変わって、この瞬間に、前世の記憶を取り戻したのだ。

 難しい感覚だけど、四歳のわたしも、二十八歳のわたしも、どちらもわたしだと思う。

 多分、どちらかのわたしが見ている夢でもないはずだ。

 だって、お母様に取り分けてもらったこのパフェ、とっても甘くて美味しいし。

 わたしはこれまで残念ながら、味がする夢を見た記憶はないからね。これがもし夢なら、いつもこれくらい、しっかり味がする仕様にしていただきたいくらいだ。

 ふと、前世でパフェを食べ損ねた記憶が、波のように押し寄せる。

 寒空の中並んで、パフェ目当てに人気のカフェに入ったのに、わたしはなぜかビーフカレーを注文した。

 隣に座ったカップルが、やっぱりこの店はカレーだよね、なんて訳知り顔で微笑みあいながら、ふたりしてビーフカレーを大盛りで頼んでいたからだ。

 そんなことをされたらわたしだって、訳知り顔で大盛りカレーを頼んでしまうじゃないか。

 結果はお察し、お腹がいっぱいになりすぎて、肝心のパフェは注文すらできなかった。

 涼しい顔をして、パフェもしっかり完食していたおしゃれフードファイターのお兄さんお姉さん、お元気ですか。わたしは生まれ変わっちゃいました。

 これだけ鮮明な記憶があるのだから、やはり前世のわたしは存在しているはずだという確信が生まれる。

 よりにもよって、前世のお仕事と、魔法を呼び出すための式を紐づけて記憶を取り戻してしまうなんて、ワーカホリックにもほどがあるけどね。

 混乱はしているものの、少しだけ理解が追い付いてきて、わたしはあれこれ考える。

 せっかくだし、前世とは違う生き方をしてみたい。

 働くとしても無理はしないようにして、周りにもちゃんと頼っていこう。人生二回とも過労で倒れておしまいなんて、嫌だもの。

 キラキラしたくて働いていたのに、ギラギラした目でモニターを見つめるばかりだった、あの頃のわたしはもういない。

「そろそろお父様の出番よ。今年はエルドレッドのデビューも兼ねているから、一緒に応援しましょう」

 四歳と二十八歳が入り混じった記憶を、ザクザクと掘り返す。一気に溢れた二十八歳にだいぶ寄ってしまっているものの、さすがに家族の顔と名前くらいは覚えている。

 エルドレッドは十歳離れた兄、エル兄様の名前だ。

 ついでにおさらい。真剣な表情でエル兄様と一緒に出てきたのが、お父様のアレクシス。お母様の名前はハンナで、お母様とは反対側の隣にいるのがシェリル姉様だ。

 お父様は、アッシュブラウンの髪とグレージュの瞳をしている。ナイスミドルで大変よろしい。わたしはお父様の髪と瞳の色を受け継いでいるので、将来はきっと、いい感じに落ち着いたお姉さんになれるはずだ。

 反対に、エル兄様とシェリル姉様は、お母様の髪と瞳を受け継いでいる。

 つやつやに輝く金色の髪と、光の加減で何色にも見えるシルバーの瞳は本当に美しくて、整った容姿に華を添えている。

「あれ。お父様もエル兄様も、緊張してるみたい……?」

 ふたりを眺めていてふと、少し表情が硬いように見えた。

 心配になったわたしはお母様を見上げて、様子をうかがった。

「そうね、でもきっと大丈夫よ」

 視線に気付いたお母様が、笑顔で答えてくれる。

 わたしも、どうにか笑顔を返す。

 二十八歳のわたしにはわかってしまった。お母様の笑顔は作り笑いだ。

 なんだろう、始まる前から、諦めや不安が混じったような、もやもやした感じがする。

 並んだ時点で売り切れの予感を感じつつ、諦めきれずに並んだ限定ショコラがやっぱり売り切れで、しかもわたしの目の前で売り切れだった記憶が顔を覗かせる。

 あの時は、かわりに近くのお店でおせんべいを買って帰ったんだっけ。

 なんて繊細かつピンポイントな記憶を掘り起こしているのだ、わたしは。あのおせんべいはおせんべいで、美味しかったじゃないか。

 ショコラの気分を捨てきれなくて、黒糖味と胡麻味で色だけ合わせにいった残念な過去のことなんて、忘れてしまいなさい。

 わたしが微妙な空気と昔の記憶に混乱している間に、場がしんと静まり返った。

 さっきまでは、リズミカルな音楽の生演奏をバックに、魔法が披露されるたびに歓声が上がっていたはずだ。

 もしかして、お父様たちの魔法は特別で、じっくり観たいからとか?

 それにしては、空気が重たい気がする。

 期待と不安が入り混じる中、お父様とエル兄様が魔法の式を描き始めた。

 ふたりが描く魔法は、すごくわかりやすくて美しかった。

 家族だからなのか、他の魔法に比べて、ちゃんと読んで理解できそうな気がして、わたしは真剣に、記号の羅列を頭の中に焼き付けていく。

「……あれ?」

 描かれた式が美しいと思ったからこそ、発動した魔法を少し残念に感じてしまった。

 ふたりが杖をかざした先で、むぐむぐと粘土質の土がうごめく。

 這い上がるように、なんなら少し苦しそうに、もごもごと膨らんでいく土の塊は、これまで披露された魔法のような華やかさには欠けていると言わざるを得ない。

「あ、でもすごい!」

 過程はともかく、完成したクレイマスター家の紋章は荘厳な雰囲気で、それぞれの角がしっかりと立っていて、とても立派なものだった。

「ふん、なんとも品がないな」

 後ろから、棘のある声が響いた。

 くすくすと嫌な感じの笑い声があちこちから漏れて、心がざらつく。そんな言い方をしなくてもいいのに。

 ふたりの魔法に視線を戻せば、紋章がひび割れて、ほろほろと崩れていくところだった。

「見て、枯れていくわよ」

 また別の、毒をはらんだ言葉が飛んできて、さらに場の冷笑を誘う。

 わたしはなんだか、頭の奥がチカチカするようだった。

 エル兄様はうつむいてしまい、お父様がその肩に手をやる。

「もう少し、場をわきまえてほしいものだな」

「ええ、本当に」

 もう我慢できない。場をわきまえるのは、そちらの方じゃないか。

「ふたりとも、少し言いすぎではないか?」

 わたしが身を乗り出しかけたその時、別の声が遠慮がちにたしなめた。

「アレクシスとその息子、エルドレッドだったか。見事な造形であった」

「ありがとうございます、陛下」

「……ありがとうございます!」

 陛下……ということは、声をかけてくれたのは、この国の王様らしい。

 エル兄様がぱっと表情を明るくして、わたしもなんだか嬉しくなる。

「あら、陛下はお優しいこと」

「ドリス・ハリケーン……口がすぎると言っている」

「うふふ、これは失礼」

 嫌味な女の人……ドリスは、確か風魔法を使っていた。

 目鼻立ちのはっきりした美人で、淡い緑に色づいた風魔法も、とっても素敵だと思ったのに、すっかり印象は最悪だ。

「クレイマスター領では、領民は肩を落とし、畑は痩せ、公爵家のある都市ですら埃と泥にまみれているとか。爵位を返上し、わがレイジングフレアに任せていただければ、半年で暮らし向きを変えてみせるものを」

「やめないか、サディアス・レイジングフレア」

「ならば率直に申し上げる。この俺とクレイマスターの、この国への貢献度が同等であると、陛下は本当にお考えか?」

「それは、しかし、今この場では関係が……」

 最初に棘のある声をあげた嫌な人、サディアスの言葉に、陛下がごにょごにょと口ごもる。

 なんとなくパワーバランスが見えてきて、めまいがしてきた。

 残念ながら、我らがクレイマスター家は、公爵家の中で底辺扱いされているみたいだ。

 陛下はかばおうとしてくれたものの、まだ王子様でも通じるくらいにお若いからか、完全に侮られている。

 この世界の貴族社会にも、派閥争いや権力争いがあるらしい。まああるか、あるよね。

 ドリスとサディアスの言葉を聞いているだけで、胸の奥がチクチクするし、だんだん腹が立ってきた。

「……お父様とエル兄様の魔法が一番だったのに」

 素材の違いはあるにせよ、少なくとも、紋章の仕上がりは一番だった。

 つい、ぽつりと口に出してしまったわたしは、サディアスとばっちり目が合った。

 逆立った真っ赤な髪と瞳が、まるで燃えているようだ。新しい獲物を見つけたと言わんばかりに、サディアスが口角を持ち上げる。こんなにわかりやすく、まったく笑っていない笑顔を作れるなんて、ある意味では才能かもしれない。

 ほら、笑って。楽しいパーティーだよ。なんて言い出せる空気では、もちろんない。


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