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1 うわさ

 何が放物投射だ。斜方投射? 鉛直投げ上げ……?


 高校に入って浮かれている中、一学期の中間テストは受験の貯金で何とか乗り切って、けれど期末試験という山の大きさにもはや途方に暮れるばかりだった。


 物理の癖に小難しい用語を使いやがって。

 そもそも物理基礎の教科担任がいけないのだ。美人であることはさておき、淡々と読み上げるような話し方をしてくれるせいで授業中に眠くなって仕方がない。つまり教師が悪い――。


「ヤマびこ教科書って知ってる?」


 期末試験を三日後に控えた放課後。

 教室に残って勉強会を開いている、友人の一人がそんなことを言い出した。


 ペンはもう進まなくなってから久しく、友人がノートに何かを書きつける音がやけに耳障りに響く中、その言葉はやけに強く俺の胸を打った。


 やまびこ――いいや違う。俺の心は「ヤマ」という単語に惹かれていた。


「ヤマを教えてくれるからヤマびこ教科書、とでもいうつもりか?」


 ネタバラシをされた友人はがっくりと肩を落としながら、そうだよ、と不満たらたらにうなずく。


「藁にもすがりたいもんだ……本当にそんな教科書があるならの話だけどな」

「嘘じゃないって。信ぴょう性は低くないよ。ほら、中間テストで二組の加瀬くんだっけ、がものすごい点数を取ったって話題になってたでしょ」

「そうだったか?」

「そうだって。ホント、高峰って他人に興味がなさすぎるんだよ」


 ただでさえ慣れない勉強で精神を削られているのにどうして追い打ちを掛けられないといけないのか。

 苛立ちについ睨む力を強めながら、俺は記憶を探る。


 加瀬直樹――そうだ。国数英理社あわせて十科目合計千点のうち、実に九百七十点をたたきだしたとかいう噂があったはず。一教科あたり平均九十七点。もはや化け物じみているとしか思えず、そんな化け物が同級生にいるということが憎らしくさえあった――自分がひどくバカに思えて仕方なくなるから。


「で、その加瀬くんが教科書に話しかけている姿を見た、っていう話があってね。しかも、人目を避けるように北館四階のさらに上、屋上に続く狭いスペースで放課後にひっそりと、ね」

「ただ教科書の内容を音読してただけじゃないのか?」

「そんな誰もいかないようなところに隠れ潜むようにして?」

「コミュ障なんだろ」

「加瀬くんは一匹狼ってタイプだと思うけど」


 おほんげふん、と咳払いが響く。さすがに少しうるさくしすぎたらしい。

 見れば机をくっつけて作った勉強スペースに座る友人たちが、ひどく険しい目で俺たちを見ていた。


 とにかく、そんな尾びれの付いているだろう噂話に花を咲かせるくらいなら、一つでも多く暗記しようと足掻くべきだ。



 ――もちろんそれはみっともなく四肢を振り回してもがき溺れるような、必死すぎて無様でみじめで、そしてろくな進歩のない行為だったが。


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