第七話。
ハナゾノ帝国首都、”フラワーガーデン”。
大会議室で、魔族であるアルテやリリスについての会議が開かれていた。
「魔族ではないかっ」
「王族だとっ」
「魔族は敵だっ」
ハナゾノ帝国の西方の辺境伯が大きな声で言った。
◆
ハナゾノ帝国の西方は昔から、”竜教会原初派”が多い地域だ。
”竜教会原初派”は、魔族の、”人魔至上主義者”と同じように、この世界で竜と唯一契約が出来る人族が、”選ばれた者”とする。
他の種族はその下。
魔族に至っては、敵もしくは奴隷という扱いである。
竜の女神、”龍華” と魔の幼女神、”ルルイエ”が対立しているというのもあるのだが。
ちなみに、魔族と人族のハーフである、”魔ジリ”の少女が、人の神に直接、”聖女”の位を授かっている。
◆
人族と魔族が、必ずしも完全に敵対しているわけではなかった。
それ以前にお互いの交流がほぼ無い。
「いや、必ずしも敵と言うわけではないだろう」
南方、特にマジワリの森に隣接する貴族たちだ。
数は少ないがマジワリの森を越えてきたり、奴隷として攫われてきたりする魔族を知っているからだ。
「そうでしょう、現に、”竜眼”に、”聖なる手”を宿した魔ジリの、”聖女”がいるでしょう」
魔術学園の学園長、”アマリリス”だ。
魔術学園に、”晩餐の聖女”と呼ばれる、魔族と人族のハーフの聖女がいる。
「ふんっ、あんな物は、”聖女”と認めないっ」
「左右の手に一本ずつ、”ハルバート”を持って振り回す聖女などあってたまるか」
「そうだそうだ」
「しかも、魔族と聖女の二つの人格があるようではないか」
辺境伯を筆頭に、西方の貴族たちが口々に言う。
◆
”晩餐の聖女”。
自分たちの、”好き嫌い”を無くすため、夕飯のたびに聖女の人格が降臨するという。
名づけの理由はわりとしょうもない。
◆
「そもそも、魔族など今すぐ拘束して奴隷として……いや牢屋に放り込むべきだ」
西方の辺境伯が叫ぶ。
彼は、魔族の奴隷売買をしていたという黒いうわさが絶えない人物だ。
今、ハナゾノ帝国は、北の、”レンマ王国”、西のハーフエルフの国、”シルルート王国”と協力して奴隷売買を根絶しようとしている最中である。
「むむう……」
西方の貴族たちの怒声が響く中、ハナゾノ皇帝ローズが手を顎の当て考え込んだ。
「ローズ皇帝……」
アマリリスが心配そうに実の妹を見た。
◇
貴族会議は終わり、アマリリスが魔術学園に帰ってきていた。
学園長室だ。
「単艦……ですか?」
カイラギが驚きの声を出した。
隣にアルテとリリスが立っていた。
「すまない」
「西方の貴族に押し切られてしまった」
アマリリスが言った。
西方の貴族はともかく、まだまだ人族の中で魔族に対する印象は良くない。
結局、アルテとリリスを魔族領に送るのに、”朧月”一艦で行くようになったのだ。
「……惜し気が無い……ということでしょうか」
”朧月は、古い三段飛竜空母を改造した補給艦だ。
ただでさえ危ない、”マジワリの森”を越え、魔族領に行くのだ。
帰って来れない可能性が高い。
「すみません、お送り出来るのが我が艦だけになりました」
カイラギが頭を下げた。
魔族とはいえ他国の王族。
送るのに飛行艦の艦隊が組まれてもおかしくないのだ。
「まあっ、カイラギ様が送ってくれるのですね~」
アルテがうれしそうに言う。
「そうですか……」
リリスがつぶやいた。
「魔術学園は、最大限の協力をすることを誓う」
アマリリスが申し訳なさそうに言った。
◆
「行ってくれるか?」
アマリリスが、ある人物を学園長室に呼んでいた。
「魔族領に……ですか?」
ハナゾノ空軍のマット(ツヤ消し)な紅い制服を着た、二十台前半の男性が言った。
170センチくらいの身長。
黒髪に黒い瞳。
胸の徽章から、魔術学園に出向してきた、”試験飛行団”に所属しているのがわかる。
魔術学園は魔術や魔獣研究の他に、”魔術式ジェット”を載せた飛行艦や飛行艇の研究開発も行っているのだ。
彼は簡単に言うと、”テストパイロット”である。
「そうだ、サクラギ少尉」
「最新鋭の飛行艇、”ネコジャラシ”と共に、飛行艦、”朧月を守って欲しい」
「……ふう」
――飛んだことのない魔族の空……か
――どんな空だろう
サクラギは空を飛ぶことがとても好きである。
あこがれていると言ってもいい。
「わかりました、微力を尽くします」
バッ
ぴしりと敬礼をしながらサクラギが答えた。
◆
古い三段飛竜空母を改造した補給艦が、魔術学園の飛行艦港に停泊している。
”朧月”である。
ガシュウウ
サクラギは、上部飛行甲板に飛行艇、“ネコジャラシ”を垂直飛行《Vトール》させた。
◆
新型可変翼飛行艇、”ネコジャラシ”
本体となだらかにつながるフロート(飛行艇の船の部分)
前の部分のスロットが開いて縦方向の小型ジェットが、風を下に吹き付けていた。
縦に並んだ双発ジェットエンジン。
後ろにせり出し下に向いている。
機首周りのカナード翼が下を向いている。
特徴的な可変後退翼。
翼が全開に開かれている。
この世界にはゴムはない。
ゴム付きの車輪も無いので、基本着陸は、”垂直着陸《Vトール》”である。
飛行艇が、飛行船から発展したからだ。
◆
「着艦完了」
サクラギが、最新鋭飛行艇、”ネコジャラシ“を、飛行艦、”朧月”の上部甲板に着艦させた。
コオオオ
カキン
サクラギがスイッチを操作した。
シュウウ
ジェットエンジンをオフにする。
エンジン音が収まった。
手回しのハンドルで可変翼を閉じていく。
「とっ、飛んでる……!?」
サクラギの耳に驚いたような女性の声が聞こえてきた。
オープントップで複座の操縦席。
小さな風防越しに、
パタ、パタ
頭にはヤギの巻いた角。
お尻には、悪魔の尻尾。
丸く編み込んだ黒髪、紅い目。
少しとがった耳。
背中には蝙蝠の翼。
エプロンドレスの背中は大きく開けられている。
リリスが、飛行艇の前を飛んでいた。
リリスが、金属のかたまりである飛行艇を驚愕のまなざしで見ている。
「とっ、飛んでる……!?」
――ひ、人がっ
――せ、背中に翼っ
サクラギがリリスを、彼女と同じような驚愕のまなざしで見つめ返していた。
ヒュウウ
その時一陣の風が吹いた。
ブワアッ
リリスの侍女服のロングスカートを、器用にまくり上げていく。
「く、黒、……っ」
ガーターベルトとシックなショーツが見えたのであった。