第二話。
「んん、ここは~?」
”アルテ”は目を覚ました。
ボ~とする頭で周りを見回す。
「医務室?」
釣り下げ式の照明が、白い光を周りを照らしながらゆっくりと揺れている。
隣のベットに、自分付きのメイド、”リリス”が寝ているのが見えた。
ゆっくりと上半身をおこす。
艶のある銀髪がサラリと肩から前に流れた。
「あっ」
「〇△……?」
事務机から立ちながら、白衣を着た女性が話しかけてきた。
人族の言葉だ。
「分かりません~」
「××□……」
女医さんだろうか、安心させるように笑いかけてくる。
ーーとりあえず、”リリス”が起きたら何とかなるでしょう~。
うなづいて笑い返した。
白衣を着た女性が伝声管で何かを伝える。
しばらくすると、
ガチャリ
金属製の扉を開いて、二十代前半の男性が入って来た。
カイラギである。
身長、170センチくらい。
少しくたびれた軍服。
頭には艦長帽。
茶色い瞳に茶髪。
「!? まあっ」
すっ、すてきっっ
◆
アルテの種族は、スノーオーガー(雪大鬼)。
故郷は厳しい極寒の地。
さらに、スノーオーガーとその近縁のユキメ族は女児の誕生率が高い。
そして、女児は全てスノーオーガーかユキメになるのである。
この二種族は、他種族から男性をさらう、”略奪婚”をする。
そして、その男性を中心としたハーレムを作るのだ。
茶色い瞳に茶髪。
この二種族には特別な意味を持つ。
異世界から来た伝説のハーレムマスター、”シューゾー”を象徴する色だからだ。
彼は、そこにいるだけで極寒の地に暮らす周りの女性の体温を、5度上げたといわれている。
アツイオトコだ。
スノーオーガーとユキメ族の理想の男性像である。
魔族の国には、茶色い瞳に茶髪はほとんどおらず、彼女たちのあこがれの的なのだ。
◆
もじもじ、ポッ
アルテの中で、茶色い瞳に茶髪のカイラギのかっこよさは二割、いや三割増しである。
「□〇……」
「あの……」
帽子(艦長帽)を脱がれました~
言葉が通じないのがもどかしい~
その時である。
グラリッ
偶然、艦がゆれた。
吊り下げ式の照明が揺れる。
「きゃあ~」
――今です~
アルテは、わざとらしく男性の胸に倒れかかる。
彼女の種族は、雪大鬼。
これくらいの揺れではびくともしない。
しかも、彼女は男性より頭一つ分くらい背が大きい。
「◇△〇……?」
「えいっ」
結構な勢いで男性の胸に飛び込んだ。
「ま、まあっ」
――びくともしないです~
遠慮なく、ぺたぺたと男性の体を確認する。
仕上がってますよ~
鍛え上げられたボディ~
彼の顔を見上げた。
優し気な茶色い瞳が、心配そうにこちらを見ている。
茶色い前髪が、人房額に落ちた。
ぽっ
すてきっっ
アルテのエメラルドグリーンの虹彩が、うっすらと淡い桜色に色づく。
もじもじ
男性の腕の中で身じろいだ。
「ナッ、貴様アアア、姫様にナニをしたアアア」
大きな声が聞こえた。
隣に寝ていた、リリスの声だ。
バッッ
ゆって丸く束ねた黒髪から飛び出す巻いたヤギの角。
少し尖った耳。
バサアッ
背中が大きく開いたメイド服。
その背中から、大きな黒い蝙蝠の翼が飛び出した。
腰から生えたアクマの尻尾が不愉快そうにゆれる。
メイドが宙に浮かんでいた。
「×××ーー」
男性が叫ぶ。
「問答無用っ」
「開本っ、”3ページ”」
腰から取り出した本を、片手で開く。
空中に光り出る、白い魔術文字。
「初節から最終節まで詠唱破棄」
魔術文字が最後の一行を残して消え去った。
―指に法印―
人差し指と中指、親指で空中に円を描く。
ボッ、ボッ、ボッ
三回、宙に円を描いた。
―心にマナ―
心に火炎をイメージ。
ダメージ判定。
六面ダイス(サイコロ)かける三だ。
頭の中でサイコロが転がる。
―口に呪文―
「目視詠唱、火炎弾、三連」
三連にしたことで威力は下がる。
―かくして魔術は発動せん―
「あらあらあら、駄目よ~、リリス~」
「落ち着いて~」
アルテは、両手をあごの下にそろえるピーカブースタイルで、ダッキング(低い姿勢でショートダッシュ)。
リリスの目の前に一瞬で移動。
アルテは、低い姿勢から全身のばねを利用した、下から上へ空間を切り裂くようなアッパーカットを放った。
「なっ!? 姫様の肉体言語っ」
「ガゼルパンチッ!!」
ボボボ
アルテが、発生しかけの火炎弾の魔法陣を打ち消しながら、パンチを下から上へ撃ちぬいた。
「きゃあっ」
バフッ
リリスが可愛い悲鳴を上げながら、ベットに倒れこんだ。
「〇〇〇……」
カイラギの驚いたような声だ。
「ね、少し落ち着きましょ~」
アルテはリリスに笑いかけた。