2
「これで全力で、お前と戦える! 覚悟しろ、魔王デスガディア!」
魔王が顔を伏せた。
重苦しい静寂が流れる。
「ククク」
小さな笑い声が響いた。
笑っている。
魔王が笑っている。
やがて、顔を上げ「アーハハハッ!」と涙が出るほど大笑いしだした。
「な、何が可笑しい!」
ジークはカチンときた。
いくらラスボスとはいえ、失礼すぎる。
「お前が? 我を倒す?」
魔王が自らの細身を両腕で抱き締め、堪えかねたように左右に揺らす。
豊乳が、セクシーに踊った。
「なっ!?」
怒りと恥ずかしさで、ジークは顔を真っ赤に染める。
「おれが1人だからって、舐めてるのか!?」
「ああ、可笑しい。面白すぎる! 済まん済まん、そう怒るな」
魔王の笑いが、ようやく収まった。
「お前は勇者なのか?」
「そうだ! 確かに仲間は、おれの頭の中にしか居なかった…それでも、おれはたった1人で、この城のモンスターを倒して」
「倒してきたのか?」
「ああ、倒した。四天王だって!」
「四天王を? お前が?」
「だから、そうだって! 倒さないと、ここに来れないだろ!」
「ふーむ」
魔王が顎に右手を当てて、考え込む。
「何だよ、さっきから!」
ジークはますます、腹が立ってきた。
独りとはいえ、この扱いはひどすぎる。
勇者には最低限の敬意を払っていただきたい。
魔王がパチンッと指を鳴らした。
「「「「おおお!?」」」」
4つの驚声を聞いて、ジークが振り返る。
「………え?」
そこには、ここに来るまでに倒したはずの魔王軍四天王デフォーザ、メロギエ、ザンゴック、ゴライアスの姿があった。
「そ、そんなバカな! まさか再生したのか!?」
ジークが青ざめる。
しかし、狼狽えたのは四天王も同様だった。
「魔王様、こやつは?」とデフォーザ。
「我らに気付かれず、この部屋に入っただと!?」とメロギエ。
「あり得ぬ!」とザンゴック。
「すぐに処分いたします」とゴライアスが右手の巨大ハンマーを振り上げた。
ジークも慌てて、武器を構える。
とにかく、もう1度、四天王を倒すしかない。
「待て!」
魔王の咆哮。
デスガディアの発した、すさまじいオーラで、その場の他の皆は圧倒された。
(ぐあぁっ…これが魔王の本気!? めちゃくちゃ強すぎる!)
ゾッとするジークを魔王の美しい瞳がジーッと見つめた。
「しかし、魔王様!」
「くどいぞ、ゴライアス!」
「ハ、ハハーッ」
ゴライアスが平伏する。
「我は、こやつに興味がある。勇者よ」
「「「「勇者!?」」」」
四天王が皆、驚く。
魔王は、それを無視した。
「名は何という?」
「おれはジーク」
「ジークよ。お前は勇者で頭の中の仲間と共に我を倒すため、この魔王城にやって来た。ここまでは良いか?」
「え? あ、ああ」
魔王の冷静な話しぶりに、ジークは却って恐ろしさを感じた。
不安が胸中で膨らんでいく。
何かを見落としている気がしてきた。
それも、とんでもなく重大な何かを。
「なるほど」
魔王が顎に右手を当てる。
美しい瞳が、スッと細まった。
「では、お前が魔王城に侵入した経緯を確認してみよう」
魔王が指をパチンッと鳴らした。
空中に蜃気楼の如く、映像が浮かび上がった。
それが、次第にはっきりと見えてくる。
いわゆる普通の村人の格好をした、1人の青年が城中のモンスターたちを巧みに避けながら、奥へ奥へと進んでいく。
そのかわいらしい若者は四天王が守る部屋すらも、影そのもののように密かに通り抜けた。
四天王が、どよめく。
「信じられん!」とメロギエ。
「我らが察知できぬとは…」
ゴライアスも驚きを隠せなかった。
「これが真相か」
魔王が、口端を上げ「フフン」と笑う。
「何だ、これは!?」
ジークが訊く。
「誰だ、こいつは?」
「そうか…お前の妄想は、自らをも謀っておるのだな」
「は? おれの妄想?」
「そう、お前の妄想だ」
「さっぱり意味が分からない」
「ならば教えやろう。そこに映った男は」
魔王が空中の映像内の若者を指す。
「お前だ、勇者どの」
ジークは一瞬、混乱した。
しかし、同時に理解する。
第3者に指摘され、自分が本当は何者かを思い出したのだ。
勇者ジークフリートの仲間たちは、彼の頭の中にだけ存在した。
だが、ジークもまた妄想の産物だった。
田舎の小さな村に住む、ただの青年ジーンが、頭の中で作りあげた想像の英雄。
「あぁ………ああぁぁあぁッ!」
ジーンは絶叫した。
仲間たちと同じように、ジーンのまとったジークという偽りが溶けていく。