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「これで全力で、お前と戦える! 覚悟しろ、魔王デスガディア!」


 魔王が顔を伏せた。


 重苦しい静寂が流れる。


「ククク」


 小さな笑い声が響いた。


 笑っている。


 魔王が笑っている。


 やがて、顔を上げ「アーハハハッ!」と涙が出るほど大笑いしだした。


「な、何が可笑しい!」


 ジークはカチンときた。


 いくらラスボスとはいえ、失礼すぎる。


「お前が? 我を倒す?」


 魔王が自らの細身を両腕で抱き締め、()えかねたように左右に揺らす。


 豊乳が、セクシーに踊った。


「なっ!?」


 怒りと恥ずかしさで、ジークは顔を真っ赤に染める。


「おれが1人だからって、舐めてるのか!?」


「ああ、可笑しい。面白すぎる! ()まん済まん、そう怒るな」


 魔王の笑いが、ようやく収まった。


「お前は勇者なのか?」


「そうだ! 確かに仲間は、おれの頭の中にしか居なかった…それでも、おれはたった1人で、この城のモンスターを倒して」


「倒してきたのか?」


「ああ、倒した。四天王だって!」


「四天王を? お前が?」


「だから、そうだって! 倒さないと、ここに来れないだろ!」


「ふーむ」


 魔王が顎に右手を当てて、考え込む。


「何だよ、さっきから!」


 ジークはますます、腹が立ってきた。


 独りとはいえ、この扱いはひどすぎる。


 勇者には最低限の敬意を払っていただきたい。


 魔王がパチンッと指を鳴らした。


「「「「おおお!?」」」」


 4つの驚声を聞いて、ジークが振り返る。


「………え?」


 そこには、ここに来るまでに倒したはずの魔王軍四天王デフォーザ、メロギエ、ザンゴック、ゴライアスの姿があった。


「そ、そんなバカな! まさか再生したのか!?」


 ジークが青ざめる。


 しかし、狼狽(うろた)えたのは四天王も同様だった。


「魔王様、こやつは?」とデフォーザ。


「我らに気付かれず、この部屋に入っただと!?」とメロギエ。


「あり得ぬ!」とザンゴック。


「すぐに処分いたします」とゴライアスが右手の巨大ハンマーを振り上げた。


 ジークも慌てて、武器を構える。


 とにかく、もう1度、四天王を倒すしかない。


「待て!」


 魔王の咆哮。


 デスガディアの発した、すさまじいオーラで、その場の他の皆は圧倒された。


(ぐあぁっ…これが魔王の本気!? めちゃくちゃ強すぎる!)


 ゾッとするジークを魔王の美しい瞳がジーッと見つめた。


「しかし、魔王様!」


「くどいぞ、ゴライアス!」


「ハ、ハハーッ」


 ゴライアスが平伏する。


「我は、こやつに興味がある。勇者よ」


「「「「勇者!?」」」」


 四天王が皆、驚く。


 魔王は、それを無視した。


「名は何という?」


「おれはジーク」


「ジークよ。お前は勇者で頭の中の仲間と共に我を倒すため、この魔王城にやって来た。ここまでは良いか?」


「え? あ、ああ」


 魔王の冷静な話しぶりに、ジークは(かえ)って恐ろしさを感じた。


 不安が胸中で膨らんでいく。


 何かを見落としている気がしてきた。


 それも、とんでもなく重大な何かを。


「なるほど」


 魔王が顎に右手を当てる。


 美しい瞳が、スッと細まった。


「では、お前が魔王城に侵入した経緯を確認してみよう」


 魔王が指をパチンッと鳴らした。


 空中に蜃気楼の如く、映像が浮かび上がった。


 それが、次第にはっきりと見えてくる。


 いわゆる普通の村人の格好をした、1人の青年が城中のモンスターたちを巧みに避けながら、奥へ奥へと進んでいく。


 そのかわいらしい若者は四天王が守る部屋すらも、影そのもののように(ひそ)かに通り抜けた。


 四天王が、どよめく。


「信じられん!」とメロギエ。


「我らが察知できぬとは…」


 ゴライアスも驚きを隠せなかった。


「これが真相か」


 魔王が、口端を上げ「フフン」と笑う。


「何だ、これは!?」


 ジークが訊く。


「誰だ、こいつは?」


「そうか…お前の妄想は、自らをも(たばか)っておるのだな」


「は? おれの妄想?」


「そう、お前の妄想だ」


「さっぱり意味が分からない」


「ならば教えやろう。そこに映った男は」


 魔王が空中の映像内の若者を指す。


「お前だ、勇者どの」


 ジークは一瞬、混乱した。


 しかし、同時に理解する。


 第3者に指摘され、自分が本当は何者かを思い出したのだ。


 勇者ジークフリートの仲間たちは、彼の頭の中にだけ存在した。


 だが、ジークもまた妄想の産物だった。


 田舎の小さな村に住む、ただの青年ジーンが、頭の中で作りあげた想像の英雄。


「あぁ………ああぁぁあぁッ!」


 ジーンは絶叫した。


 仲間たちと同じように、ジーンのまとったジークという偽りが溶けていく。


 























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