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「ギガボルトブレード!」
勇者ジークフリートの必殺技が魔王軍四天王の最後の1人、ゴライアスの巨体を真っ二つに斬り裂いた。
轟音と共に倒れる強敵を一瞥した後、ジークが聖剣エクスカリバーを鞘に納める。
「ふぅ」
ジークは、大きく息を吐いた。
これで、この魔王城に残る敵はラスボス、魔王デスガディアのみだ。
「やったな、ジーク」
戦士のウォーケンが、白い歯をこぼす。
「さすがは勇者じゃわい」
魔法使いのザリューが、ウンウンと頷く。
「これなら魔王にも勝てるわね!」
僧侶のアリサも、喜びを隠せない。
しかし、ジークは複雑だった。
「どうした? 浮かない顔して」
「ふーむ。確かに、はしゃぎすぎてもいかんな」
「そうね…気を引き締めないと」
ジークを囲んだ3人が、神妙な顔になる。
だが、ジークの心配事は、魔王の強さではなかった。
まさに今、話しかけてくる3人の仲間についてなのだ。
旅が始まった頃は、まったく気付かなかった。
しかし、何日か経つと、食料や資金の減り方に違和感を覚えだす。
そして、道中で出遭う人々の、自分に対する態度。
魔王軍と戦いながら、少しずつ、そのつじつまの合わなさを熟慮した結論は。
(こいつらは、おれの頭の中にしか居ない)
そう、ジークは独りだった。
敵との戦いを3人がサポートしていると思っても、実際はジークが1人で倒している。
3人は、ジークの妄想なのだ。
この事実にたどり着いた時のショックは大きかった。
どうして、こうなったのかは分からない。
あまりの孤独に、頭がおかしくなったのか。
現実を知った後も、どういうわけか、想像の仲間は消えない。
ずっと、ついてくる。
3人が幻だと分かり、かえって虚しさが増した。
どれだけ絆を深めようとも、仲間は居ないのだ。
「はぁ…」
ジークは深く、ため息をついた。
「おいおい、どうした!?」
ウォーケンが、ジークの肩を叩く。
その感触は、あまりにもリアルだ。
しかし、このマッチョの気さくな男は、ジークの頭の中にしか存在しない。
「いや………何でもない」
以前「お前たちは、おれの妄想なんだ!」と3人にぶちまけたこともあった。
だが3人は、何をバカなと口を揃えて笑うだけで、消えはしない。
ジークは、もう諦めていた。
今はとにかく、魔王を倒すのが先決だ。
そう、ジーク独りで。
「では、そろそろ魔王の顔を拝むとするかのぅ」
ザリューの提案で、ウォーケンとアリサが歩きだす。
4人は、否、ジークは1人、迷宮の奥へと進んだ。
四天王を倒した今、魔王の部屋に向かうジークを遮る者は居ない。
大広間の奥の玉座で、スラリとした美脚を組んで座る魔王デスガディアの前に、ジークは立った。
妄想の3人、ウォーケンとザリューとアリサが横に並ぶ。
「腕が鳴るぜ」
「わしの極大魔法を使う時が来たのぅ」
「怪我の回復は任せて!」
ジークは3人を無視した。
どうせ、実際に魔王と戦うのは自分だけなのだ。
「よく来たな」
容姿は20代前半の美女の魔王が、顎を反らしてジークを値踏みするようにジッと見つめた。
ストレートの黒い長髪と、量感たっぷりな双乳が、僅かに揺れる。
「いや………よく来れたなというべきか」
「ああ」
ジークが頷く。
魔王の驚きは、もっともだ。
魔物だらけの城に正面から入り、すさまじい強さの四天王を全て倒して、この部屋にやって来たのだから。
しかも、たった1人で。
「まず、オレが斬り込む」とウォーケン。
「極大魔法の詠唱時間を稼いてくれんか」とザリュー。
「補助魔法をかけるわよ!」とアリサ。
「うわぁぁーーッ! いい加減にしろ!」
前に出る3人にジークは、とうとうブチ切れた。
ウォーケンとザリューとアリサが振り返る。
「お前たちは、おれの頭の中にしか居ないんだよ! もう分かってる! おれはこれから独りで魔王と戦う! 頼むから、集中させてくれ!」
ジークの願いに、3人の表情は曇った。
誰も口を開かない。
「ほー」
魔王の瞳が好奇心に輝いた。
「どう見ても1人だが、お前の頭の中には仲間が居るのか? いやはや」
ニヤッと笑う。
「とんでもない奴だな」
魔王に指摘された途端、あれほどリアルだった仲間たちの姿が、薄まり始めた。
そして、完全に消失する。
3人が現実には居ないと気付いた頃から、他の人間との接触は出来るだけ避けてきた。
そのため、第3者にそれは妄想だと言及されたのは、これが初めてだ。
(そうか…他人にはっきりと否定されたから、おれの頭も認めざるを得なくなったのか…おれはそんなに独りが怖かったんだな…だが、もう!)
ジークは左手に正義の盾を構え、右手で抜いた聖剣エクスカリバーの切っ先を魔王に突きつけた。