第二十一話 手続きを済ませて
その後、殴りかかろうとしたマスターを全員で窘めつつ、詳しい訳を聞いてみれば、どうやらこれはアーフルさんなりのテストのようなものだったのだといいます。
なんでも、アーフルさんは昔、軽い人間不信のようなものを患っていたそうで、その時の反動で、自身の人を見る目に自信が持てなくなっていたのだとか。
「私は今でこそ夢術を使った診療所を立ち上げられてはいるけれど、それだって一筋縄いったわけじゃない。言ってしまえば心療医の真似事をするにあたって、いろいろな苦労があったから……友人は選ばせて頂くことにしているんだ」
それでも私たちと関わりを持とうとしてくれたのは……ありがたいと思うべきなのでしょうか。わかりませんが、結局その後の彼は意外なほど素直に、今回の依頼報酬と、誤って納品してしまった剣の返還を済ませて、私たちに一言。
「君たちと仲良くしたいと思っているのは本当だから、可能なら明日も、顔を出してくれると助かるよ!」
なんて言葉を残して、私たちを彼の診療所から、元気よく送りだしてくれました。
結局、今日の出来事はなんだったのかと、考えてしまいそうになりますが、改めて思い返してみれば、ものすごい密度で山積みなっていた、複雑な課題を一挙に片付けられたような、そんないい日であったようにも思います。
ともあれ、そんな時間はもう過ぎまして。
マスターも不満そうしながら半休明けの労働へ戻り、私たちも今日のうちに終わらせておくべき、最後の手続きを済ませに向かいます。
「はい、できましたよ」
「あ……ありがとうございます!」
それはつい昼頃訪れたばかりの、冒険者ギルドの隣にある、各種手続き窓口の前のベンチで。
座って待っていた要件が済んだようなので、過去に飛んでいた自分の意識を今に引き戻し、私は窓口の前へ向かいます。隣には、男の子も一緒です。今回ばかりは彼にもよくよく話を聞いてもらわなければ困りますからね。
「カヤさん、エンデさん、そしてシャラさんの同意が確認できましたので、ひとまずこれで仮登録完了です。名前の欄はまだ空欄ですが、事情は理解していますから、本登録のある一週間後までに用意してくれれば構いません」
窓口の向こう側に居る、中性的な声の職員さんが言う通り、この場にはエンデさんとシャラさんも居ます。もうずいぶん遅い時間だというのに、わざわざ窓口に同伴してまで、男の子の冒険者登録に協力してくれたのです。
「いや~相変わらず面倒な手続きだね」
「違いない。本人がその場にいなくても、同意書とかでどうにかならないのか?」
「ギルドの決まりですので。文書は偽造の可能性もありますし、妥当かと」
なんてやり取りを交していますが、その物腰は極めて柔らかです。二人は冒険者としてのキャリアも長そうですし、ある意味では定番のジョークのようなものなのかもしれません。
「冒険者同士が相互に保証人になるパターン以外、誰でもOKって緩い決まりなのに、変なところで堅苦しいよねぇ」
「そうでもしないと人が足りないんだろ。食うに困ってなる冒険者だって、ギルドにとっちゃ貴重なんだ」
言う通り、たった今私たち三人が連名で済ませたのは、男の子の身元保証人手続きでした。
たった今、男の子が受け取った金属製のプレートには、私とエンデさんとシャラさん、三人の名前と管理番号が記されています。
万が一、彼に不測の事態が起こった場合は、ギルドの方にまとめられた書類と、このカードに記された情報を元に、私たちへ確認の連絡が来るようになっているのです。
「仕組みはよくわからないが、ひとまずなんとかなったのか」
「そういうことです。……仕組みは、わかっていてほしいですけどね」
私が呟くようにつづけた、そんな言葉は彼にも聞こえていたようで。男の子は少し恥ずかしそうに指でこめかみを掻きながら、小さく「すまない」と呟きました。
まったくもう。ってかんじですけど、改善の意思があるなら大丈夫でしょう。
「それでは失礼いたします。間もなく施錠いたしますので、お早めに建物からご退出ください」
「あ、もうそんな時間ですか」
「もうそんな時間です。それでは」
と、中性的な声の職員さんはまたしても勢い良く、書類受け渡し用の小窓を勢い良く閉めてしまいました。なんというか、テキパキとしているというか。顔が見えないからかもしれませんが、ちょっと冷たく感じてしまいそうになりますが……変なところでお茶目でもあるので、どう判断すべきか悩んでしまいますね。
少なくとも、悪い人ではなさそうですし、あまり気にする必要もないかもしれません。
そんなところで。
「さてさて、俺はそろそろ飲みの約束があるんで失礼するが、大丈夫そうか?」
「ええ! 長い間、ありがとうございました! また今度……でいいですか?」
「もちろん! また今度ギルドで会ったときは、一緒に依頼でも受けようじゃないか!」
「あ……! はい!!」
それは実質的に、私の仲間になってくれるという約束のようなもので。ずっと仲間に飢えていた私は、エンデさんのそんな申し出で、とてつもない喜びを覚えてしまって。
思わず返した返事の声が大きすぎたのか、彼は少し苦笑いを浮かべつつ、私たちに手を振ってくれました。ラズベリー色の後ろ髪が、ドアの向こう側へ消えていきます。
それに対して男の子も、ぎこちなく腕を動かしながら、小さく手を振っていました。
「さて、エンデ氏も帰っちゃったし、私もお役御免かね」
「シャラさんも……今日は本当に、ありがとうございました!」
「俺からも、ありがとう」
「いいってことよ。また何か困ったら、診療所のキジトラ姐さんを尋ねなさいな!」
そうやって快活に「わっはっはー」と笑いつつ大股で出口へ向かうシャラさんの後ろ姿。それを見て、思わず笑顔になっていた私たちでしたが……。
彼女は扉の直前で脚を止めて、ドアノブを開かずに立ち尽くしています。
「どうかしましたか?」
「うーーーーん」
キジトラ模様の後ろ髪に隠れた、彼女の表情は見えませんが、その腰から垂れ下がったモフモフの尻尾は、動きを付けずに固まっています。それはまるで、どこか緊張してしまっているように……。
「ねえカヤちゃん、実はこれ、院長が言ってなかったことなんだけどね……?」
そんな前口上を述べつつ、シャラさんは何かを語ろうとしたようですが……。
彼女は言いかけた言葉を飲み込んでしまったのか、ブンブンと首を横に振りました。
「ううん、なんでもない。新しい杖買うの忘れないでね!」
「あっ、確かに! ……いや、ダメですよ、言いたい事はちゃんと言ってください!」
「えー……?」
私はとっさに飛び出して、シャラさんのドアノブを引こうとした手を止めました。わがままかもしれませんが、私はこれからシャラさんとも関わりたいと思っていますから、何か言いたいことがあるなら臆さずに言っておいてほしいのです。
「ま、まあいいけど、あんまり気にしすぎないでね?」
「もちろんです。なんですか?」
「えーっとねー、べっつにー? たいしたことじゃないんだけどー?」
気づけば私は彼女の姿をすぐ近くで見上げて、男の子は窓口の前で立ち尽くしているままで。
そんな状況が偶然にも、作られてしまっていたからでしょうか。
シャラさんはそのしっぽで私の腰を巻くように優しく引き寄せて、その身もよせて俯いて。
口の前に手のひらを立て、必要以上の声量を出さぬように。
――決して、彼には聞こえぬように――
小さな声で、言いました。
「そこの黒もじゃの男の子、ちょっと不安定かもしれないから、気を付けて」




