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第十九話 研究活動

「前人未到の領域……?」


 いえ、考えてみれば当たり前のことではあるのでしょう。エイビルムは大陸の中でもかなり北の方にあって、東側へしばらく進めば旧時代の遺跡群があり、北東には海があります。

 私の知る限り、大陸から出て海の向こう側へ行き、帰ってきたという話は聞いたことがありません。私が生まれるより前の、帝国が栄えていた時代であれば、そう言った技術も存在していたかもしれませんが……。


「だったら、俺は何者なんだ」

「それを聞きたくて呼びつけたというわけさ」

「ああ……」


 先程、アーフルさんはエイルスクレイ専門の研究者だと、シャラさんに紹介されていました。本人はそれを勘違いだと言ってはいましたが、専門がずれているというだけで、研究者であること自体は否定していなかったように思います。

 だったらひょっとして、今回の用件に関連がないのは男の子の方ではなく、ただその場に居合わせただけの、私の方なのではないでしょうか?


 そう思った私の心の内を察してくれたのか、アーフルさんはこちらに向き合って一言。


「もっとも、君は記憶喪失だと言う話だから、カヤくんの見識も借りたいところではあるね」

「なるほど……?」


 そう言うことでしたら、力になれると思います。

 その言葉が続いて出る前に、私の頭の中にはふと、一つの疑問が浮かんでいました。


「そう言えばさっき、マスターから聞いたって言いました?」

「その通りだね。なにかおかしなことでも?」

「おかしいも何も……」


 私がマスターに男の子のことを話したのは、ギルドを出る直前であったはず。

 言ってしまえばつい今先程のことであるはずでは?

 だというのに、一体どうしてアーフルさんが男の子のことを知っているのでしょうか?


 そんなふうに、私の頭の中に素朴な疑問が浮かんだのと、広間の奥の方から何やらガチャリと音が響いたのは、全く同時のことでした。


「メガネ先生、客人か?」


 ものすごいデジャヴ。


 そんな感覚を覚えるようなネーミングセンスを披露しつつ、奥から姿を現した人影は確かに予想通りのものです。私の頭の中に浮かんだ疑問が、現実に影響を及ぼしたわけでないでしょうが、その恰幅の良い成人男性の纏う衣服は、つい今朝見たものと全く同じだったわけで。


 そのツヤのあるブラウン髪とギルド職員の制服をひょこりと覗かせて、奥の部屋から現れたマスターは、こちらを見て目を丸くしていました。


「あれ、マスターじゃん、サボリはもういいの?」

「半休及び仮眠と言えキジトラ娘。昨日徹夜で残業したギルド職員の正当な権利だよ」

「へぇ、マスターが仮眠ね。てっきりショートスリーパーの鉄人かと」

「ラズベリーマンか。勘違いさせて申し訳ないが、単純に多忙なだけだぞ」

「あんた、相変わらずヘンなあだ名を使うな……」


 キジトラのシャラにラズベリーのエンデ。自己紹介の時に聞いた文言が、一体どこから来たものなのか、なんだかすごく納得がいったように思います。

 さておき、マスターはまだこちらの存在に気がついていない様子。つい今朝方お世話になったばかりですから、挨拶はしておくべきでしょう。


「こんにちは、さっきぶりですね、マスター」

「ん? 銀欠冒険者じゃないか」

「なんか混ざってません?」

「気のせいだ。一体どうしてここに居る」

「えーっと、それはですね……」


 どうして、と言われたら呼び出されたからということになるはずですが、それだけでは少し味気ないような気もしています。せっかくですからアーフルさんにも私たちの現状を説明しておきましょうか。そう思って、私と男の子は顔を見合わせ、頷き合った後に口を開きます。


「今回の依頼について窓口を尋ねたら、私たち、アーフルさんに呼び出されまして」

「来てみたら、彼がエイルス? だとかについて、俺にいろいろ聞きたいと」

「なるほど? だが言った通り、もじゃ黒の方は記憶喪失だったよな」

「そのようで。だからひとまずカヤくんも交えて、聞き込みをしたかったというわけだね」

「はぁ」


 一連の会話を終えると、マスターどこか遠い目をして、考え込むように、首元に手を擦り始めます。でも、なんでしょう、勘違いでなければ、少し違和感があるような。

 形容するなら、マスターの目はどこか不満気なようにも見えますが……?


「つまりはあんた、報酬を盾にこいつらを、無償で研究に協力させようってわけか?」


 ひょっとして、怒っているのでしょうか。マスターの言い方は随分とらしくない、責めるような振る舞いであるように思います。シャラさんや、エンデさんにとっても意外だったのか、彼らはマスターの方に振り向いて目を丸くしているように思います。


「ちょっとマスター? 流石に言い方悪くないかい?」

「そうだな。俺から見てもそう思えるが……」


 彼らはマスターを諌めるように、背後から声を掛けますが、マスターが振り向く様子はありません。それどころか彼は、言葉を遮るように片手を上げて一言。


「すまんが、部外者は黙っててくれ」


 何やら異様な雰囲気です。一体何が起こっているのでしょうか。なにか、今までのやり取りにマスターの癇に障るようなことがあったのでしょうか。私は状況が飲み込み切れず、ただただ黙り込んだままで、息を呑んでしまいます。


 きっと、隣にいる彼も同じ気持ちなのではないでしょうか。

 そう思って、私が視線を向けるのと、立ち止まっていたマスターがこちらへ向けて詰め寄るのは、全く同時のことでした。


「お前らもお前らだ。本来窓口で支払われるはずの報酬を、すぐに受け取れないとなったら少しは疑え。ましてやそうして出向いた先で、話を聞くだけだと言われて、軽い気持ちで請け負ったりするんじゃない」


 突然のことで驚いてしまいましたが、マスターの言うことにも一理あります。私はアーフルさんの素性について、人づての情報だけで済ませたまま、詳しく探ろうともしていませんでした。


 本来であれば、もう少し人を疑うべきなのでしょうか。

 しかしそうやって最初から疑いの目を向けるのは、失礼だとも思いますし……。


「はは」


 そんな考えを頭の中で巡らせていた、ところでのことでした。


「ハハハハ、ハハハハハッ!」


 広間に響いた笑い声。その声の主は、探らなくともわかります。

 すぐ目の前のソファーに座る、アーフルさんが目を細めつつ、天を仰いで笑っていたのです。


「いやあ、流石にかなわないな、我らが素晴らしき友よ」

「お前を友だと思ったことは無いぞ、イカレ先生」


 一体どういうことなのでしょうか……?

 そう思って、目線を送った私たちに向かって、アーフルさんは言いました。


「悪いね、二人とも。言う通りそろそろお目覚めの時間だ」


 直後に掲げた彼の指が、パチンと音を鳴らします。

 そうすると突然、視界の端が霞み始めて――――

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