第十八話 グルーマー診療所
控えめに焚かれた古めかしい暖炉から、木造の床板に熱が伝わる広々とした部屋。
古めかしい柱時計や、年季の入った質感のローテーブルとは対照的に、新品らしく見えるフローリングと白い壁が部屋に清潔な印象を持たせてくれています。
奥には数台のベッドと、カーテンで区切られた四角いスペースがありました。そして何より重要なことに、微かに開いたカーテンの隙間には、白く濁った甲殻のようなものが見えています。
あれはまず間違いなく、私たちがあの浜辺で倒した魔物の残骸でしょう。
「君たちに会えてうれしいよ。ささ、入ってくれたまえ」
「失礼します」
「えっと……お邪魔します」
アーフルさんの正体については、もちろん、気になっていたことではありました。
レターナイフやお手紙をくださったことや、診療所にて歓迎したいと言うお声がけはただ普通に依頼をこなしただけの冒険者に対して為されることなどないでしょうから。
もちろん、だからといってアーフルさんが私のお母さんについて知っていた上に、彼自身がお母さんの様態を見てくださったお医者様だったなんて、全く思いもよりませんでしたけど。
「お三方はこちらへ。シャラくんは紅茶とお茶菓子を頼む」
「はいよー。あ、エンデ氏も手伝って」
「なんで俺が……まあいいけど」
私たちはアーフルさんに導かれて、部屋の中心近くに据えられたローテーブルの前にあるソファーへ腰掛けます。なんだかつい今朝がた見たばかりの、マスターの書斎に合ったものとも似ている気がしますが、応接間といえばこんなものかもしれないとも思います。
横長のソファは私と男の子、そして師匠が座ってもまだ余裕がありそうです。対面にあるソファは二人分が別々に区切られているので、元々こうして面談のようなものをするためのスペースなのでしょう。
「お先にお茶菓子だけ失礼するよ」
「あ、はい。ありがとうございます……」
「ありがとう、ございます?」
私たちが考えている隙に、シャラさんが銀のトレイの上に三段組みの菓子皿を持ってきてくれました。一番上には、頂点に三種類のベリーが乗っているカップケーキが。二段目に表面に照りのある美味しそうな焼き菓子が。一番下には、フチからピクルスのような緑が顔を見せる、白パンのサンドがありました。
どれもこれも、普段ありつけるような食事ではなかったせいか、私は思わず感嘆の声を漏らしてしまいます。
「改めてようこそ。冒険者さま方」
そう言って、アーフルさんは脚を開きつつソファに腰掛け、身体を倒して白衣の中から、金属板でできたカードのようなものを取り出しました。
続いてローテーブルの上に差し出されたそれは、冒険者証にも似ていますが全くの別物で、アーフルさんがエイビルムの領主に認められたお医者様であることの証明書でもありました。
「私はこのグルーマー診療所の院長、アーフル・グルーマーだ」
「んで私はこの診療所の院長じゃない方、名前はシャラだよ」
二人が名乗ってくれた通り、ここは何らかの診療所であるようです。
今のところ、患者さんらしき人々の姿は見当たりませんが、ベッドの数から推察するに、冒険者やその他一般の方々を誰でも診ているというわけでもないのでしょう。
「診療所といっても本職は研究者。それも、エイルスクレイ専門の先生ね」
「エイルスクレイ?」
「シャラ。勘違いさせないでくれ、私は別にあの湾自体に関心があるわけではないんだ」
話を聞く限り、おそらくエイルスクレイとは地名のことなのでしょう。
それも、この近くで湾となれば、以前私が訪れた場所。
湾曲した海岸線の続く、あの海のことだと察しが付きました。
「私の興味は、帝国よりもずっと昔に栄華を誇った文明と、そこに住んでいた人々に向いているだけだよ」
「その割には、エイルスとは似ても似つかないカニに随分お熱ですけどね」
「ヤツも貴重な手がかりさ。エイルスのいた場所にいたわけだからね」
「えっと……」
いつの間にか、アーフルさんの隣に腰かけたシャラさんから、またしても知らない言葉が出てきました。
話の流れからして、かつての文明というのは、東の遺跡群のことをいっているのでしょうが、エイルスとは一体なんなのでしょうか。
おそらく、その文明とやらに住んでいた人々のことなのでしょうか?
聞いてみても良いですが、アーフルさんはその分野の専門家だと言っていました。
これは勘ですが、生半可な覚悟で聞いてしまったら、話が随分と横道に逸れてしまいそうな気がします。
下手に知識欲を満たそうとするより、黙っていたほうがいいかもしれません。男の子も、出されたお茶菓子には手を付けず、いたたまれなさそうに押し黙ってしまっていますし……
「紅茶ができたぞー。何の話をしてたんだ?」
そんなことを考えていたら、丁度部屋の奥の方からエンデさん陶磁器のトレイとティーセットを持ってきてくれたところでした。
「あ、エンデさん、ありがとうございます。今の話は……えっと」
「……おれにはわからない」
「ですよね」
私が言いづらそうにしていたら、男の子が困ったような顔でこちらを見ていることに気付きました。眉はどこかしょんぼりとしたように垂れ下がっていますし、もしかするとアーフルさんたちには、もう本題に入ってもらったほうが良いのかもしれません。
「まあ大方、アーフルさんとシャラの情報攻撃に圧倒されたってとこだろうな」
「ちょっとエンデ氏!? ホントのこと言わないでくれる?」
「ホントならいいだろ」
「若い子たちに嫌われたくないんだって! ホント乙女の心が分かってないよね!」
「なんだと!? 俺がいつどこで乙女に嫌われるようなことしたっていうんだ」
「目の前に居るでしょうがモフモフキジトラ乙女がさぁ!」
私がそんなことを考える裏で、エンデさんとシャラさんはまた掛け合いを続けてしまっていますが……一方で、アーフルさんは、ローテーブルの上に置かれたティーカップを四人分、席の前に振り分けて、こちらの様子を伺いながら紅茶を注いでくれていました。
「すまないね。こんなつもりではなかったんだが」
「いえ、私は大丈夫です」
「俺も大丈夫だが、ひとまず要件が知りたい」
「そうだね。ひとまず私は冒険者どのに、お礼がしたかったというのもあるが……」
男の子が正直な感想を口にしたところで、アーフルさんはこちらへ微笑み、すぐ横で騒ぐシャラさんと、エンデさんのことには下手に触れず、語り始めます。
「まずは、カヤくんにお詫びを」
「お詫び……ですか?」
「ああ。私はあの時、君のお母さんを救えなかった。にもかかわらず、このように恥もなくあなたを呼びつけたことを詫びたい」
「ええ? 気にすることないですよ。それに……あまり私の話ばかりでも、なんというか」
「ああ、わかるよ」
これもまた、隣の男の子にとっては、とてもついていけないような話題でしょう。
実際、男の子は自分がここに居ていいのかずっと不安がっている気がします。
いくら報酬を受け取るためとはいえ、私のことにばかり付き合わせてしまっていて申し訳ないというか。そろそろ彼の行く先を、決めてあげたいというか……。
そんな風に、私が思っていたことが、アーフルさんに伝わったのでしょうか。
「いや、実のところ、私が話したかったのは君の方なんだ」
「えっ?」
そう言ってアーフルさんが向き合ったのは、私ではなく隣に座る男の子の方でした。
「マスターから聞いているよ。君は記憶喪失で……なにより、前人未到の領域である、エイルスクレイの向こう側から、ここまで流れ着いてきたのだろう?」




