第十七話 白衣とキジトラ
私たちはエンデさんと共に冒険者区の大通りを進み、突き当たりに見えた白い屋根の建物の前で立ち止ります。
建物は二階建てで、一階の入り口には片開きの小さな扉があるのみではありましたが、そのすぐ横に構えられていた看板に「グルーマー診療所」の文字を見つけたことで、私はここが目的地で間違いないことを確信できました。
「一応、紹介状ナシの診療は受け付けてないらしいけど、君たちはアーフルさんに招待されたってことでいいんだよな?」
「えっと、そうなのか? カヤさん」
「おそらくは。手紙も持ってきていますし……」
「なら大丈夫。だけど彼は少しだけ変な人だから、そのつもりで」
私が手紙を受け取った時に感じていた、少しだけ妙な印象はどうやら勘違いではなかったようで、エンデさんはその顔に苦笑いを浮かべつつ、木製の扉に手の甲を向けて、そのまま強く二回打ちます。
「アーフルさん、シャラさん、エンデです!」
シャラ、という名前に聞き覚えはありませんでしたが、おそらくはこの診療所にいらっしゃる方の名前なのでしょう。その名前は、どことなく獣人っぽい響きではありますが……。
なんて、考えながら私と男の子が、二人一緒に一歩引いた場所で反応を待っていると、突然家の中の方から、バタバタとせわしない物音が近づいてくるような音がしてきました。
その直後に――バァン! と、勢い良く開け放たれたドア。
「ようこそ我らが素晴らしき友よ!」
中から姿を現して、白衣をばさりと広げる男性。
身長は高め、長めの癖毛っぽい髪は明るめのブラウンで、その顔に身に付けられているのは丸くて透明なアクセサリー。おそらくは、眼鏡というものでしょうか。
真っ白い手袋をはめた右手にはガラスのフラスコが強く握られており、その中から薄緑の液体がちょっとだけ飛び跳ねて、またフラスコの中へ戻っていきました。
「もー、いんちょー。わざわざ飛び出していかなくても、私がいきますっていってんのにー」
続いて姿を現したのは黒とブラウンのまじりあったふわふわな長髪を、腰ほどまでに伸ばした女性。強烈に記憶を刺激するキジトラ模様の髪と、褐色肌には見覚えがありましたが、その頭上には見覚えのないものが二つ。
「半獣人さん?」
「お? そうだよ。見るのは初めてかいって……アレ?」
あの時は帽子で見えなかった、ふわふわとした毛質の獣耳をピンと二本伸ばして、こちらを見る半獣人さんと目を合わせた私は、なおのこと確信しました。
「あなたは、昨日の魔術師さん!」
「そういうそっちは癒術師ちゃんじゃん! 会えてうれしいよー、なんでここわかったの?」
「なんで、といいますか……」
説明しようとする私を、金色の瞳で見下ろすシャラさんに、事態を説明しようと試みたところで、彼女の腰のあたりからひょこりと、ふさふさの尻尾が姿を現したのが見えました。
昨日の夜闇の中では見つけられなかったそれに、私が注目して、意識をとられたことに気づいたのでしょうか。
シャラさんは「ふふん」と自慢げにターンして、こちらへ向けてポーズを取りながら一言。
「私はシャラ。キジトラのシャラとは私のことさ」
「そんなに有名じゃないだろ、君は」
こなれた様子と二つ名の響きに、私が感銘を受けそうになった横から、エンデさんのツッコミが響きます。当のキジトラのシャラさんは頭に手を当てながら「バレたか」といった様子でウインク。小さくぺろりと舌を出しているあたり、相当にお茶目な人であるようです。
「しっぽがある、もふもふだ」
「だめですよ、触っちゃ」
「さっ……さわるつもりは、ない」
隣に立つ男の子が何やらため息を吐くように言ったので、思わず静止してしまいました。
彼が獣人好きであることは、もはや疑いようもありませんが、流石に年上のお姉さんのしっぽを触らせにいくわけにはいきません。
「ていうか、そろそろアーフルさんに言及してやってくれ」
たしかに。私はシャラさんに夢中になるあまり、アーフルさんをほったらかしにしてしまっていました。キジトラの半獣人さんがシャラさんということは、まず間違いなく、もう一人の白衣の男性がアーフルさんなのでしょう。
見てみれば彼は顔に微笑みを浮かべたまま、私たちがやり取りを終えるのを、ずっと待っていてくれていたようです。彼の眼鏡の下の黒い瞳が、繰り返しパチパチと瞬きを繰り返しているのが見えます。登場が衝撃的だっただけに、今こうして黙って待ってくれているのは少しだけ不気味ではありますが……。
「それで、皆様方。今日は何の用かな?」
そういえば私たちはまだ、彼らに要件すら伝えられていませんでした。
そう思って、私は一つ咳払い。端的に用件を伝えようと口を開きます。
「実は私、先日浜辺で漂着物の収集依頼を受けた――」
瞬間、アーフルさんの眼鏡がキラりと瞬いたような気がしました。
「君たちがあの素晴らしき冒険者だったのか!!」
突如としてエンデさんの横を通り過ぎ、私たちのもとへ詰め寄るアーフルさん。眼にもとまらぬその仕草に、私が驚いているうちに取られた、男の子の両手。
アーフルさんは白手袋のはまったその手で、男の子の両手を強く握り、勢い良くぶんぶんと縦に振りながら、早口で感謝の言葉を述べ始めます。
「君があの魔物、ああ私はクラグクラブと名付けたのだけれど、ヤツを仕留めてくれたという子だね? あの断面はなかなかに鮮やかだった。大きなヒビも一か所にとどめてくれたおかげで原型が分かりやすいし、新鮮な状態だったから腐敗の心配もない。その上きちんとシメられていたものだから、なかなかに解剖がやりやすくて仕方なく、それはもうとっても助かったし、あんな珍しい外骨格を持つ魔物はなかなかいないから私としても研究のし甲斐があるというか」
「え、えーと」
なんというか、ちょっとすごすぎる迫力です。
言葉の切れ目が訪れるたびに強く手を振られる男の子を見ていると、なんだか大変そうに見えてきます。実際、男の子もどうしていいのかわからないといった様子で私の方へ首を向け、助けて欲しいといったようにこちらを見つめてきています。
流石に、止めるべきでしょうか。
「あのー」
「そして君!」
「はっ、はい」
男の子へ向け、私がどうにか助け舟を出そうとした直後、アーフルさんの首が勢いよくこちらを向きました。標的が変更されたような感覚を受けたところで、実際にその通りになります。
「君が噂の冒険者。名前を、カヤちゃんと言っただろう?」
「は、はい?」
バサッと白衣を翻したターンの後、ビシッと一本立てられる白手袋の人差し指。
思わず困惑の声を上げてしまう私でしたが、そうなると気になることが一つ。
「どうして、私の名前を」
そうして私が尋ねると、彼はその口に浮かべた笑顔を、どことなく柔らかに綻ばせます。それを見て、何か懐かしいような感覚を覚えた私の両目を、彼はそのまままっすぐに見て……。
アーフルさんは、一呼吸の後、酷く優しい声色で言いました。
「あの日の君のお母さんのことは、個人的によく覚えているよ。当時の私の知識が及ばず、助けることもできなかった……記憶に残る、患者さまだったからね」




