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第十四話 身長は1メッサー50セント

 結局あの後、ハロウェを追いかけることもなく、ただ私が近くにあった一人席に頬杖をついて腰かけていると、しばらく時間が過ぎた後に、例の男の子が帰ってきたようでした。


 それでも戻ってきた彼は、随分としおらしい顔をしているというか……はっきり言って、随分とやつれているように見えます。心なしか頭のもじゃもじゃも随分しおれているような気が……。


「ひどい目にあった」

「何があったんですか……?」

「ただ話を聞くだけのはずだったのに、あの女性が、突然髪を整えると言って……」


 そう言って彼は頭を抱えるようにわしゃわしゃとやり始めたわけですが……はっきり言って、何が変わったのかよくわかりません。

 強いていうなら……密度でしょうか?

 元々潮水で重たく固まっていた髪質が、ふわりと軽くなったと言えば……そうなのでしょうか? やっぱりよくわかりません。


「また後日、顔を見せに来いと言われた」

「……行くんですか?」

「正直、ちょっといやだ」

「ですよね……」


 まあ、半ば強引に連れていかれた上に、自分の髪をいじくりまわされてしまってはそうなって然るべきといったところでしょうか。なるべくこれからの彼にとって苦労の無いように、事が進むことを祈るしかありませんね……。


「それで、これからどうすればいいだろうか」

「あ、そうですね。そろそろ、昨日の報酬を受け取りに行きましょうか」

「報酬、というと、冒険者の」

「そうです。実際に見た方が良いと思うので、一緒に行きましょう」


 言いながら私が手で差して促すと、彼は頷いて横並びなってくれました。そのままギルドの入り口の、両開きの扉へ向かっていく途中で、すぐ後ろの階段から足音が。

 振り向いてみれば、丁度一仕事を終えたのであろうマスターが、あくびをした手で手を振ってくれています。


「今日は早めに家帰れよー」

「そういうことはこっそり言ってください!」


 反射的に叫んでしまいましたが、この返事は少しまずかったかもしれません。

 たった今カウンターに戻ってきた受付嬢さんは、今のやり取りを聞いて噴き出してしまっていますし、すぐ横の階段でニヤついていたマスターは、また汚いぎゃはは笑いを上げています。


 見回せば他にも、ギルド内に残っていた方々の反応を見られたかもしれませんが、わざわざ自分で更なる羞恥心を得る必要もありません。

 そんなこと考えつつ、私は勢い良く扉をあけ放ち、冒険者ギルドの外へ出ます。


 陽の光はもう頂点を通り過ぎて少しだけ西側に傾いており、まばらに雲の残る空模様は私の両目に光を送り込んで、ぱっと頭の冴えるような爽快感にも近い感覚をつたえてくれています。


 昨日、それはもうよく動きまわったせいか、全身に心地よい疲労感が残っていることも相まって、まだ起きてからそう時間は経っていないはずなのに、うっかりしているとまたあくびが出てきてしまいそうです。


「……道がきれいだ」

「街の入り口の大通りですからね。あんまり馴染みないですか?」


 冒険者ギルドを出てすぐ正面の路地の先に見えるのは、門へと続く小奇麗な小道。私が大通りと呼んだのはそちらではなく、横向きに続く大きな道の方。

 エイビルム東側の門を抜けて建物一つ分通り過ぎれば、壁沿いに沿って進む大通りがあり、馬車がちょうど三台並べるくらいの道の両端には、一階の壁沿いに冒険者向けの商品が陳列されています。


「わからない。でもあんなに大きな壁は……見たことが無いかもしれない」


 そう言って、彼が手で差したのは門のフチ、周囲の建物よりも一回り大きく聳え立つ石造りの城壁でした。


「ああ、たしかにエイビルムの城壁は立派ですからね」

「城壁……すごく高いな」

「高さにして7メッサー50セント。丁度、私の身長の五倍ですね」


 まあ、一応補足しておくと、頭頂部までで城壁の五分の一というわけではなく、耳をピンと立てた先までで、1メッサー50セントなわけなんですが……。


「えっと……」


 なんて私がそうして口に出したら、男の子は頭上に疑問符を浮かべて「メッサー?」と首を傾げてしまいました。何か、おかしなことがあったでしょうか?


「ひょっとして、メッサーってピンと来ませんか?」


 しばらくの間、向かい合って沈黙。

 私たちのすぐ前を数人の人物が通り過ぎ、向かってきていた馬車が進路を変えて門へ向かったところで、ようやく私は思い当たります。


「ひょっとして、距離単位がわからない……?」

「……多分、そうなる」

「なるほど」


 私としたことが、ここまであまり苦労なく会話出来ていたせいで、すっかり忘れてしまっていました。

 そういえば彼は記憶喪失。街で生きていく上での一般常識が、どこかしら抜けていたとしても、なにも不思議ではないのです。


「あそこの門の入り口近く、角の前にある武器屋が見えますか?」

「店先に武器がたくさんある」

「その通り。あれは刃が潰してありますが、何本か剣がありますよね」


 そう言って私たちがともに眺めたのは、城壁のすぐ下に掲げられた剣の紋章。

 その下の、店先にある大きなタルに、ぎっしりと詰められている直剣たち。

 諸刃のものから片刃のものまで、大小に長さも様々な刀剣のレプリカが、武器屋の存在を知らしめてくれています。


「あの中で、丁度中くらいの長さの……ほらアレ。剣底が黄色い片刃の剣」

「見えた。柄が黒くて、刀身がまっすぐだ」

「あれがメッサー。元々は帝国正規軍の正式装備……って言ってもわからないとは思うんですが。とにかくあの剣の先から剣底までが、丁度1メッサーなんですよ」


 元々は、在りし日の帝国が自国の兵士たちに支給していたその刀剣は、軍事作戦の最中に正確な情報のやり取りができるよう、全てが同じ長さになるように造られていました。その刀剣の名前こそが「メッサー」であり、転じて1メッサーと言えばあの剣一本分の距離を指すようになったのです。


「ちなみにセントというのは、正確に言えばセントメッサー。1メッサーの百分の一に当たる単位であり、剣底に付いた球状の金具と同じ長さでもあります。

 逆に、あの剣を縦に千本並べれば1ミロメッサー。こちらは主には街と街の距離を測るのに使われたりしますね」

「便利な剣だな」

「その通り。まあ、実際に千本並べて距離を測ったりはしなかったと思うので、みんな大体で済ましているとは思いますけどね」


 私がふんふんと話を聞いてくれている男の子に向かい合い、そんな風に語って見せたところで、何か違和感を覚えました。例えるならそう。本来そこにあるべきものが、どこにも無いように見えると言うか……


 そうです。あれ。男の子が持っていたはずの……


「剣……って?」

「ん、あの砂浜で使った剣か?」

「そうです。大きくて強そうな例の剣」


 そこで私は、ものすごーく嫌な予感を覚えました。


 口でこそ「ひょっとして、部屋に忘れてきちゃいました?」なんて言ってはみますが、実のところそうでない可能性の方が高いとも思っていました。


 何故なら昨日の移動中、私たちが剣をどこにやっていたかと言えば、確かに覚えていたからです。帰りながら「新しい杖を買わないと」なんて言いながら、彼の装備をどこへやっていたのか、覚えてしまっていたからです。


「荷車の中……だ」

「は、ははは、じゃあ……てことは……」


 どうやら状況を理解していたのは私だけではなかったようで、彼は口を半開きにして不安そうな顔をしてから、私の方を向きました。

 向かれた私は、どんな表情をしていたのでしょうか。わかりませんが、冷や汗が首筋を伝ったような感触だけは、やけに鮮明に感じられました。



「杖だけじゃなくて、剣も買わなきゃいけないじゃないですか!!」



======

設定まとめ:作中の距離単位について

1メッサー=1メートル。帝国正規軍の剣に由来。

1ミロメッサー=1キロメートル。1メッサーの千倍。

1セントメッサー=1センチメートル。1メッサーの百分の一。

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