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第十三話 昼下がりの広間の薄暗闇

 結局、事態が収束したのはそれからしばらく経ってからのことで。


「お前ら、積もる話もあるだろうが、とりあえず一旦下降りて、昨日の報酬受け取ってこい」


 とは、ひとしきり今日の予定について話し合った後に、マスターからかけられた言葉ではありますが、結局のところ正午を随分と過ぎた時間まで書斎に居座らせてくれたマスターには感謝しかありません。


 正直、さっきまでの件についても、あれだけ笑われてしまったらむしろ許せてしまうというものです。一晩の宿を頂けたことには間違いないわけですから……私たちはしっかりとマスターにお辞儀をしてから、出入口の扉を開いて、廊下に出ます。


「ギルドの二階に来るのって、初めてです」

「そうなのか?」

「普段は一階の広間と、依頼の報告所以外は立ち入らないですから」


 そもそもここって、ギルドの職員さん以外も立ち入っていい場所だったんでしょうか。それすらも分からない状態で、私たちは人二人分がぎりぎり並べるくらいの廊下を並んで歩いていき、そのまま階段を下っていきます。


 二人並んで歩いても、対してきしむ音もしない辺り、ギルドの内装はやっぱりかなり新しくあるようです。

 あるいは、私が冒険者になる前に、改装工事でもあったのでしょうか。どちらにせよ、横窓から差し込む陽の光も心地よく、なかなかに朗らかな雰囲気が漂っています。ほんの少しだけ香る、木材の香りも相まって……。


「なんだか、ねむくなるな」

「え、あんなに寝たのに……!?」


 思わずツッコミを入れるように振り向くと、すぐ横の男の子はその手を顔の前に当てて、大きくあくびをしているところでした。

 どうやら私の声は丁度届いていなかったようで、彼は突然自分側を向いた私に対して少し驚いた表情をしたのに「どうか、しただろうか」とつぶやいています。

 なんだか、彼の性格も掴めてきたような……そうでもないような……。


「それで、どこに向かうんだ?」

「え? あ、っと!」


 そうやって考え込んでいたら、階段を一段踏み間違えてしまいました。

 幸いこけてしまうようなことはありませんでしたが、体制を整えるために強く踏み込んだら、階段口のすぐ横の、カウンターの中で事務処理をしていた職員のお姉さんに苦笑いを一つ貰ってしまいました。


「一応、特例ってことになってるから、気をつけてくださいね?」

「あ……はい、すいません」


 そりゃあ、職員用の書斎がある二階から、ただの冒険者が出てきたら怪訝なまなざしを貰ってしまっても仕方が無いのだと思います。お姉さんの言う事はもっともだったので、私は素直に謝罪します。


「本当に、マスターとあなたを見ていると、なんだか癒されてしまいますね」

「……? それは、どういう」

「職員たちの人気者なんですよ。あなたたち」

「は、あ……」


 なんだか気の抜けるような話ですが、あまり気にしていてはいけないような気もします。実際、隣にいる男の子はまた頭の上に疑問符を浮かべていますし……いや、彼の場合はのんきすぎるだけかもしれませんね。


「あれ、そういえば」

「どうかいたしましたか?」

「すいません、冒険者の新規登録って、どうやってやるのか……わからなくて」


 結局、私の隣にいる彼は、ひとまず冒険者の登録をすることについては了承してくれはしたのですが……登録のやり方については、私はよくわかっていないのでした。

 いやまあ、私は冒険者になってまだ数ヶ月だというのに、忘れるのはどうかと思いますが……正直私、緊張しすぎていたというか……。


「なるほど、そう言うことでしたら、お力になれると思いますよ」

「本当ですか!?」

「ええ、こんなこともあろうかと、朝のうちに資料を用意しておきました」

「わざわざそんなことを……!?」


 と、驚きながら資料を受け取って、その文字の刻まれたプレートに、見覚えがあることに気が付きました。


「これは、冒険者として活動する際、必ず携帯しなければならない、冒険者登録証というものです。もちろんあなたも持っていますよね?」

「あ、えーっと確か、私もギャンベゾンの内側にある縫い目の中に」

「うん、ちょっと雑ですね。いいですけど」


 たしかに雑ではありますが、それが一番忘れづらいので……はは。


「その金属板の、表面に刻んである文章の意味は単純ですよ。

 その1、ここに当人の冒険者としての登録名と、身元の保証人を三名の名を明記すること。

 その2、登録を完了したのち、あなたは冒険者として可能な限り公共の益に奉仕し、各々の街の規範となるような振る舞いを心掛けること」


 そうやって、彼女が誰に対して説明してくれているのか、なぜわざわざ読み上げてくれたのかと、そのわけを理解できました。お姉さんは、男の子が文字を読めない可能性を考えて、わざわざそうしてくれたのでしょう。


 それでも、心配になって男の子の方を見てみたら、予想通り彼はどこか上の空と言った様子で、ギルドの中を見回していました。

 仕方が無いので、私が指先でちょんちょんと、彼の注意を引きます。


「どうかしただろうか」

「大丈夫ですよ。うしろのあなたは今から面談しましょうね」

「え……ええ、そんな」

「ははは……本当にすいません……」


 ひとまず、登録の方は何とかなってくれそうですが……正直なところ、先行きは不安ではありますし、彼には一旦お姉さんに連行されていただきましょう。


「ほら、行きますよ。黒もじゃくん」

「黒もじゃ……いや、おれは……」


 助けを求めるような顔をしてもだめです。

 私、実はちょっとだけ今朝の件を根に持っているんですよ?

 だからちょっとくらい反省のために、頭を冷やしてきてください。


「はぁあ…………」


 そんなことを考えつつ、私はカウンターの裏手に連れられていく、男の子の姿を見送りました。朝からやけに疲れてしまったせいか、マスターのそれにも似たとっても大きなため息をついてしまいましたが……。

 どうせ誰も気にしていないでしょうし、これくらいは大丈夫でしょうきっと。


「あら……? カヤじゃない」


 そう思っていたのに、背後から声をかけられて、私は思わず肩を跳ねさせます。

 何故ならカウンターに向かい合う私の、すぐ後ろに振り返って見えたのは、アッシュグレーの三角帽子と、その髪を留めるピンクのヘアピン。

 昼下がりの陽の光に任せた、薄暗闇の中に見えたのは、たしかに見覚えのある人影であるようで。


「ハロウェ……?」


 丸テーブルの上に頬杖をついて、こちらを眺めていたハロウェは、私に名前を呼ばれたところで少しだけ、目を細めて。

 またすっと真顔に戻ってから、大きなため息をつきました。


「結局あのあと仲間は見つかったのかしら? まあ? 難しいとは思うけれど」


 そうやって肩をすくめた様子の彼女は、やれやれと言った様子でこちらを見ていますが……正直なところ難しい質問ではあります。

 今の彼の状態について、詳しく説明するのも違う気がしますし……。

 結局私がそうやって、彼のことについて考え込んでいると、ハロウェも私の様子に気が付いたようで。


「嘘、まさか、みつかったの……!?」

「ま、まあ……そうなります」


 私がそうやって濁すように答えたら、ハロウェは「信じられない……」と目を丸くして頬杖を突くのをやめました。

 その頬は、ほんの少しだけ痕が付いたように赤くなっていて……。

 しかしながら、勘違いでなければ。よくよく見てみれば。

 彼女の顔はどことなく、おかしなところがあるような気がします。

 なんとなくですが……目元がやけに赤いと言うか。


「ひょっとして、ハロウェも寝起きですか?」

「え。な、なんでよ」

「いやちょっとだけ……なんとなく」

「はぁ……? それ、ちょっと意味わかんないわよ」


 私が曖昧な返事をしたら、ハロウェはその椅子から立ち上がって、立てかけていた杖を手に取ってしまいました。

 このままでは、結局何も聞けないままに、彼女は立ち去ってしまいそうです。


「あの、ハロウェ?」

「……なに?」

「いや、なんというか……」


 引き留めようとしたはいいものの、話題が無くて、黙ってしまいます。ハロウェもそのことに気が付いたのでしょうか。

 一度は歩みを止めてくれた彼女は……。


「用もないのに、私に話しかけないでよね」


 と言って、私に背を向けてしまいました。カツカツと、厚底のブーツでフローリングを踏みしめて、彼女は外へ向かっていってしまいました。


「……気のせい、じゃないですよね」


 流石にきっと、間違いじゃない。今日のハロウェは全くもって、元気をなくしてしまっているように見えます。赤らんだ目元については……追及こそしませんでしたが、思い当たることがないわけではありません。


 思えば、昼過ぎのギルドで冒険者が一人、ラウンドテーブルの前に残って、身体を伏せている時点で、おかしく思えるはずだったのです。


 多分、ハロウェが目を赤くした理由は単純で。

 彼女はきっと、何か辛いことがあって、涙を流していたのでは――


『疫病神』


 それでも……ハロウェは私は拒絶しています。

 自分一人ではなにもできないのに、彼女を助けたいだなんて、おこがましいことです。ハロウェを助けられると思い込んで、結局なんの援助もできなければ、まさに彼女の言う通りなのです。


 ……本当に、そうなのでしょうか。

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