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第十二話 現状整理がしたかった

 ほかほかとあったかいもふもふにつつまれて。


 不確かな視界を開いていった末に身を起こせば、すぐ目の前に差し込んでいた陽の光がまぶたの間に入り込みます。

 そこで私はぼやぼやした意識をはっきりさせ、右手を掲げて一伸び。反射的に左の手のひらで口元を押さえたら、あくびが出てきてしまいました。


「ほあー」


 首を伸ばして目を擦り、身を立てて自分の身体を見下ろせば、もふもふの正体がわかりました。これはどうやら大小様々な毛布やブランケット、シーツや薄いクッションの集合体であるようです。一部はすぐ横の床に落ちてしまっている辺り、とりあえず暖かそうなものが片っ端から私の上に載せられていたようです。


 そのすべてに見覚えはありませんし、自分でこんなことをした覚えもありません。


「こんなこと……誰が?」


 なんて思って見回せば、この部屋の異様さに気がつきました。

 いくつもの丸硝子が陽の光を取り込む窓のすぐ横にあるカーテンの生地は上質に見えますし、すぐそばに見えたローテーブルは色艶と光沢のある木材で造られているようですし、何より私がたった今寝ていたこの場所はラージサイズのソファーであるようで、腰の下に伝わる程よい硬さのクッションの質もまた、かなりのものであるように思います。


「まるで、お屋敷の応接間みたいじゃ……あ」


 そうして私が視界を動かしていると、私の居るソファーの、すぐ横のローテーブルの斜め下、こちらへ向かい合うように置かれた一人用チェアの手前、床の上に敷かれた毛皮のラグの上に、私の方と同じような、クッションの集合体が見えました。


 心なしか、私よりも大量に暖かいものが詰まれているというか……中には上下問わない冬用の洋服や、ファーのある上着やコットンやウール地のマフラー、ニット、ケープなどがそれはもう雑に詰まれているように見えますが……。


「うぅ……ぅ……う、うぅ……」


 その、暖かそうなもの全部盛りの下には、もはや見慣れた黒いもじゃもじゃの姿がありました。

 そうですね。私が昨日、あの浜辺で救助した後、ここまで連れてきてしまった男の子が、うぅうぅと呻きながら目を閉じて眠っていました。

 それはもう、本当に信じられないほどに、うなされながら。

 もふもふの山の下で、眉を歪めながら眠っていました。


「起こしてやるなよ金欠冒険者。今はまだ寝かしておいてやれ」


 その声に釣られて目を剥ければ、予想通りの姿がありました。

 昨日、どうにもならなくなって冒険者のギルドを訪れた私たちを迎え入れてくれたマスターは、相も変わらぬギルド職員の制服姿で、書記台の前に座っていました。

 がたんと音を立てながら、椅子をこちらに向けている辺り、今は仕事中だったのでしょうか。


「朝早くから、おつかれさまです」

「…………」


 私がソファーに座り直しつつ、そう言ってぺこりと頭を下げたら、マスターは黙り込んでしまいました。どうしたんでしょうか。そう思って、顔を上げて見てみたら、マスターは「はぁー」と分かりやすく巨大なため息を吐いて、椅子から立ち上がってしまいました。


「ど、どうしたんですか?」

「いいから、こっち来い」

「は、はい……?」


 そう手招きされてしまっては断ることも出来ず、私はクッションの山を崩さないように慎重に足を抜いてソファーの横に立ち上がります。それでも少しだけこぼれ出たブランケットがぽふんとおちたので、それを拾い上げてクッションの山に戻します。


「こっちだ」


 マスターはもう目的地にたどり着いていたらしく、ポケットに左手を突っ込みながら、カーテンの前に立っていました。陽の光を丁度浴びないように、カーテンの傍に立っていますが、一体何を見せるつもりなんでしょう?

 そう思って、私が窓の前に立つと……


「日の高さ」

「……え」

「日の高さ、見ればわかるだろ」


 ええ、確かにその通り。その光もはや、冷ややかな青さを秘めた朝の陽ざしとは似ても似つかず、冷えた空気の質感すらもぼやけさせてしまうほどに確かな温かみを帯びていて、何よりも天高く掲げられてしまっています。


 ええ、もう日が高く登ってしまっていたのでした。

 簡単に言えば、もうお昼なのでした。


「……あの、マスター」

「おう、どうした」

「この時間になったら、ギルドって」

「がらんどうだな」

「で、す、よ、ね~……」


 もちろんわかってはいましたが、マスターからどうしようもない事実を伝えられて私は、へなへなと窓際に座り込んでしまいました。この分では、やはり朝から集まる冒険者さんたちに、勧誘をかけることはできそうにありません。


「はぁ……じゃあ私、今日も一人ですね」

「んぁ? そうなのか?」


 妙に気の抜けた声を受けて、すぐ横のマスターを見てみれば、彼はあくびをしつつ私の事を見下ろして意外そうな顔をしていました。どうしてそんな顔をしているのでしょう? 別に私は、まだ現状を打破できていないはずなのですが……。


「そこに転がってるもじゃもじゃも、冒険者じゃないのか?」

「……ああ!」


 質問にまともに答えようとするのなら、彼は冒険者ではないですと一蹴出来てしまうのかもしれませんが。

 私はマスターのその言葉で、一つだけ思い当たることがありました。


「あの、マスター!」

「……なんだ」

「ここでも冒険者の新規登録って、できますよね?」


 まさに電流が走るような、我ながら冴えた思いつきです。

 その声を受けてマスターはあきれ果てたような表情になっていますが、この際別に構いやしません。


 そうです、もし私の仲間になってくれる冒険者さんが居ないのであれば……

 もうすでに仲間になってくれた人を、冒険者にしてしまえばいいのです!


「あ~。やりたいことは分かるんだが、ちゃんと本人と相談しろよ」


 ……それはそう。

 ひとまずは、私も大人しく彼が起きるのを待ってみるべきなのでしょう。


「ううぅ……?」


 心なしか、そうやって再び目を向けた、もふもふやもこもこの山に埋もれる男の子は……より一層苦し気に、うなされているような気がします。

 それからソファーに座った私が、書記台の前に腰掛けるマスターに事情の説明を続けていると「く、ぅ……?」という、うめき声の後に、男の子が目を覚ましました。

 彼は状況が理解できないと言った様子でもぞもぞと蠢き、ローテーブルと一人掛けソファーの間に挟まっている数多のもふもふ山から這い出してきます。


「ここは……?」

「冒険者ギルドの二階にある書斎……と言ってもわからないんだろうな」

「あ、ああ……なんのことかさっぱり」


 彼はもじゃもじゃの前髪を掬い上げるように手を当てつつ、そのまま両目をごしごしと擦ったのちに、マスターの姿を目にしたようですが、すぐ後ろのソファーに腰かけている私にはまだ気づいていない様子。まあ、だからといって脅かす必要もないでしょうし、別に普通に声をかければいいのですが。


 そう思って、私がさりげなく声を掛けようとしたところで、


「あの、とてもかわいい人はどこに」


 その場の空気が一瞬にして固まったのがわかりました。私が何か言う前に、マスターがその手に握っていた羽ペンを取り落としたのが見えました。

 もちろん、わたしも、茫然としていました。ええ、もちろん。


「夜の雪景色みたいにきれいな銀色の髪で、白くてもこもこの上着を羽織った、とてもかわいいひとだったんだ。その人に確か、俺は命を救われて、一緒に道を歩いていたことは覚えているんだ、でも、どうもそれ以降が」

「待て、お前、ちょ、……ちょっとまて」


 相変わらず何も意に介さず追撃を続ける彼の姿に、私がただ茫然として聞き流そうとしていたところに、マスターから待ったが入ります。

 私もう、凪の海のような心持ちで目の前の光景を眺めていますが、マスターが止めたくなる気持ちも分かります。ええ、もちろん。


「すまん。面白すぎる、から、ちょっとまて」

「……? なにがだ?」

「ふふふっぅ! すま、すまん……おもしろっ!」


 全然面白くないですよ、と叫び出したくなる気持ちを抑えて、私はただただ凪の心を保ちますよ? ええ。そうでなくては、本当に叫んでしまいそうなので、ひたすらに平静を保ちつつ、目線を殺して彼にささやかな念を送りますよ? 気付いてください? お願いですから、私が何も言わなくても、気付いてください?


 もしくはマスター、私の代わりにさりげなく気づかせてくれますよね?

 そうだ私、今から寝たふりするので、その間に彼に教えてくれますよね?


「ちなみにそいつは、どこがそんなに魅力的だったんだ?」

「ああ、それはまさに――」


 ああ、もうだめ。


「マスター!! 焚きつけないでください!!」


 我慢できずに立ちあがりつつ、声を張り上げて、男の子の髪がバサッと全部跳ね上がったような錯覚を覚えました。彼はそのまま、ぴくりとも動かず固まって、ぎぎぎと音の響きそうな動きで、座り込んだまま、私に向けて振り返ってきました。


 その目のフチには、乾燥していたせいでしょうか、微かに涙のようなものが浮かんで、何か潤んでいるような、そんな上目遣いで、ソファーの横に立つ私の顔を見て、そのまま震える声で一言。


「いまの、きいて……いた?」


 どうかそうでなくあってくれと、懇願するようなその目つきに、私は何も答えられないまま。ただただ心を無情感に支配されて、遠く遠く先の景色を眺めようとしましたが、残念ながら私の視界の先には部屋の扉があるだけです。

 視界の端にいたマスターが腹と口元を抱えるようにして、何かをこらえているように思いますが、そんなことにかまいはしません。


「失礼します」

「えっ!?」


 男の子の驚いたような声も無視して、私はただ淡々と歩を進め、ドアノブの前に立ちました。その傍からすぐさま「ぎゃははははっ!」と汚い笑い声が聞こえますがこれも無視、私はドアノブを無感情に捻り、背後から聞こえた「ま、まってくれ! おねがいだから!」の声を無視しようと試みて……。


「おねがいだ、かわいい人!」


 そこでついに、耐えられなくなりました。


「も、う……もうもーもー!!」


 ああ、あー。あーあーあー。


 私はただただその場に力なくへたり込み、膝を折って腰を下ろします。

 そのまま両手を床に付きつつ、突然訪れた不条理に文句を言ってやります。

 本当に、なんでこんなことになっているんでしょうか。

 本当に、何でこんな目に合わないといけないんでしょうか。


「どうしたんだ、か」

「カ、ヤ、で、す!!」

「えっ!??」

「私の名前! わたし、カヤっていうんです!!」


 私がそう言って、本当に雑な自己紹介をしたところで、すぐ横から「ぎゃははははっ! ぎゃはー!」と信じられないほどうるさい笑い声が聞こえてきました。


「おまえ、マジか! 自己紹介!?」

「なんですか!? 悪いですか!??」

「いやいやいやいや、ふへへへっぎゃははははっ!!」


 ああうるさいですうるさいですよマスター!!

 そう叫ばないだけありがたいと思ってくださいね!??

 私、本当はこんなつもりじゃなかったんですからね?

 私、今から普通に彼が起きたら、現状整理するつもりだったんですからね!??


「よ、よかったじゃないか、自己紹介できて」

「よくないです!!!」


 私がとうとう立ち上がって腕を振り上げ、マスターに詰め寄って見せたら、すぐ横から「あぁ……!」という声が聞こえました。

 紛れもなく、間違いなく、これはあの男の子の声です。

 実際彼はこちらに手を伸ばしかけて……やめて、胸の前に手繰り寄せていますね?

 勘違いでなければ、それ、いつか見たポーズですね?


「あ、あああかわいすぎる」

「うるさいですよ!!」

「ぎゃはははーーーっ!!」


 ああ……本当になんで、なんでこんなことに。

 私はただ、ただただ単に純粋に――!


「現状整理がしたかった、だけなのに!!」 


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