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第九話 帰り道


 波打ち際から浜を抜け森を抜け、ひたすらに南下していった末にたどり着いた、エイビルムへと続く街道の上。


 辺りには夜の帳が下りて、すっかり暗くなってきてしまいました。夕焼け空は地平線の向こう側に姿を消してもはや久しく、薄暗いと言うにも無理が出てきた道を振り向けば、ゆらゆら揺らぐ松明の炎に照らされながら、荷車を引く彼の姿が見えます。


「なんだかすいません。こんなところまで付き合わせてしまって」

「いや、いいんだ。これくらいなら、普通に歩くのと変わらない」


 そうは言いますが、今あなたの引いている荷車には、私が数時間かけて集めたものすごい数の残骸と、あなたの乗っていたあの小舟と……なにより私たち二人で倒したあの白い甲殻の魔物の死骸が載っているわけなんですけどね……?


 少し前の私は、今荷車に積まれている重量物のうち、小舟と白い甲殻の魔物を魔物を抜いた状態でひいひい言っていたわけなんですけどね……?


 いくらここが、ある程度舗装された道の上だからって、普通に歩くのと変わらないだなんて、やっぱりこの人、怪力すぎるんじゃないでしょうか。そりゃあ私自身、人より非力な自信はありますけど、彼とそこまで体格は変わらないはずですし……。

 ひょっとして、私がひ弱すぎるだけなんですかね……?


「……あなたは」

「えっ!? あ、はい、なんでしょう!」


 突然声をかけられて、自分が思考の海に溺れそうになっていたことに気が付きました。どうやらいつの間にか、彼は荷車を引く手を止めて私のことを見ていたようです。

 横並びで歩いていたはずなのに、彼の姿は数歩分後ろに下がっていて、その事に気が付いた私は勢いよく振り向きます。


「……? いや、あなたは大丈夫なのか?」

「……ああ」


 大丈夫。と言ってしまうのは簡単ですが……。

 正直なところ、否と言わざるを得ない状態ではあります。あの海岸でわちゃわちゃと、楽し気なやり取りを重ねていた内は気にせずに居られていましたが……。

 あの魔物による突撃で、折られてしまった私の左腕は、未だ癒されることもなく、ずきずきと痛み続けています。


「まあ、正直、かなり痛みますね……」

「魔法で怪我を直したりは……できないのか?」

「残念ながら、杖が無いことには」


 思えば私は癒術師だというのに、自分で自分の傷も治せないなんて……。

 情けないことです。一応、あの場にあった流木の端材と、かばんの中にあった包帯のおかげで添え木を出来ているとはいえ、この痛みは中々堪えます。

 できることなら、早めに杖の代わりになるものを見つけて、痛みとは早めにおさらばしたいところです。


「杖があれば、治せるのか?」

「時間はかかりますが、そうですね」

「そうか……魔法は、すごいんだな」


 そんな言葉を最後に私たちはまた、黙ってしまいました。

 右手に持った松明の炎の揺らめきだけが、時間の経過を告げてくれていますが、辺りは真っ暗闇と言って差し支えない状況になっていて……。

 その事が、余計に彼と二人きりの気まずさを強調しているような気もします。


 気まずさの原因は、わかっています。あの海岸、あの霧に満ちた砂浜でのやり取り。白い甲殻の魔物を倒した後、今私の頭の上に乗った帽子が、外れてしまったことから始まった勘違い。何か苦し気な様子をしていた彼に、私が無遠慮に詰め寄ってしまったばかりに、起こってしまったただの事故。


 そのはずなのに、私の心の中にある、このやりきれない気持ちはなんなのでしょう。単純な好意とも、嫌悪感ともまた違う、この気持ちは一体……。


「あの」


 考えながら、視界を俯かせていった私の耳に、また彼の声がかかります。今度は荷車を引き続けたまま、前を向き続けたままで、私に声をかけてくれたようです。


「なんでしょうか」


 結局私は何か話した方がいいと思いつつ、何も言えないままでしたが、彼から声をかけてくれる分には、素直に答えようと思えています。ある意味ではそれは、彼に気まずさを押し付けているようなものかもしれませんが……。

 それならばなおさらのこと、彼の言葉にはしっかりと向かい合って答えるべきでしょう。


「あなたの耳を見た瞬間、何かを思い出せそうな気がしたんだ」

「ほう? 記憶が……戻りかけたんですか?」

「そう……というよりは、ただただ懐かしい感じがした」


 そう前置きする彼の瞳は、少しだけ上の夜空の方を向いて。


「多分……元々俺は、獣人の仲間たちと一緒に、暮らしていたんだと思う」


 どこか少しだけ辛そうにそう言う彼の黒い眼の先には、何も映っていないように見えます。実際に今、全てを思い出せているわけではないのでしょう。彼の口元はどこか自嘲気に、ただただ呆然と言った様子に歪められていて……。

 それを見て、自分が右手の松明を、必要以上に強く握りしめていたことに、気が付きました。


「これは……おせっかいかもしれませんが……」


 結局、私はなんだか居ても立っても居られないような気持ちになって、ついつい言葉を続けてしまいます。ついつい彼の心を楽にしてあげたいと思うあまりに……。

 ひどく勝手に、無責任な言葉を繋げてしまいそうになってしまいます。


「あ……」


 それでも、言葉にしてしまう直前で頭の中に繰り返されたのは、いつか聞いた言葉。


『だから、そう見えるって言ってるのよ。育ちのよさそうな貴族か何かがお遊びで来て、無茶やって面倒を呼ぶ疫病神に』


 今私は自分一人ではなにもできないのに、彼をどうにかしようとしました。自分の力を過信して、彼を助けられると思い込んで、結局なんの援助もできなければ、まさに言う通りになってしまうのではないでしょうか。

 今朝のギルドで彼女に言われた通り……ハロウェの言う通り、私は到底抱え込めないような無茶をして、結局彼を困らせてしまうのではないでしょうか。


 そう思うと、続く言葉は……。

 全く出てこなくなってしまいました。


「……なんだ?」

「あ……いえなんでもないんです」

「違う、そうじゃない」


 隣でなにか一言だけ呟いた男の子に、私はすかさず応答して見せましたが……。

 返答で違和感に気が付きました。どうやら彼は私に対して、なんだと尋ねたわけではないようです。男の子はただ、ぼんやりと先を眺めつつ、聞き耳を立てるように。その足取りをいったん止めて、何か怪訝そうな表情をして、街道の先を見ています。


「何か来る」


 彼はその言葉と共に荷車の持ち手から手を離しました。彼はそのまま、私に横目で手招きしながら、荷車の影に隠れるように移動します。何が起こっているのかわかりませんが、私も同じようにしたほうが良さそうです。


「……魔物ですか?」

「わからない。でも、何か急いでいる気が」

「……松明は消しておきますね」

「ああ、頼む」


 彼がそこまで言うのなら、私もさすがに、備えたほうが良さそうです。私はカバンから取り出した鉄のカップを松明に被せ、沈火した後に、頭の帽子も外してみました。普段はきこえが良すぎるこの耳も、微かな物音を拾うには適しているはず。そう思って、意識を集中させてみれば、確かに足音が聞こえます。


「……人?」


 獣や魔物と言うにはからっとしている、靴音に近い音でしょうか。複数人と言うより一人分。こんな夜闇の中で人の音というのも、中々おかしな話ではありますが……目を凝らしてみれば確かにうすぼんやりと、松明にも似た光が見えてきました。


「そこ! 誰かいるんじゃないか!」


 そんな声色の先を見てみれば、底には右手にランタンを持った、大人の姿がありました。

 身長は高め。頭には鉄の鍔広帽子(ケトルハット)。腰の左側に2本の長剣を下げ、茶色いパッド入りのベストを身につけた男性。ランタンを高く掲げている割に、剣を抜いてはいないので、敵対の意思があるわけではないでしょう。

 というか多分、この人も冒険者です。


「どうかしましたか!」


 もう一度帽子を被り直し、私がそうやって叫んだところで、すく傍から心配の声が漏れたような気がしました。この暗闇ではよく見えませんがひとまず「大丈夫」と言ってから彼の手を引きます。そうして私たちが松明の光に身を晒したとき、ケトルハットの彼はどこか驚いたような様子で立ち止まり、空いた右手で目を擦りました。


「こど……? いや、君たちも冒険者か?」

「……はい。どうかしましたか?」


 む、今一瞬子供って言いそうになりましたね。装備を見れば冒険者って……まあ、わかってもらえたならいいですが。

 正確には、今私の隣にいる男の子は冒険者ではありませんが、わざわざ何も言わない辺り空気を読んでくれたのでしょう。だったら私も、この場の空気を読むべきです。


「ああ、実は遺跡群から来た荷馬車の護衛で、ここまでは順調に来れたそうなんだが、今回に限って癒術師が居なかったせいでちょっとまずい事になったらしくてな」

「ふむ……?」


 一応ここはエイビルム東側の街道ですから、東の遺跡からの荷馬車でしょうか。遺跡群周辺はもちろんのことですが、東の遺跡群へ行く街道は、道中もかなり危険だと聞きます。そんな中で、癒術師無しでここまで順調に来たとなると、その冒険者さんたちも相当の腕利きでしょう。

 ですが、そう考えるとおかしいです。


「怪我人が出たわけじゃ……ないですよね?」


 遺跡群の近くや、道中ならともかく、エイビルム近くの街道は安全なはずです。街道沿いの森は切り開かれていますし、この辺りには盗賊もいなかったはず。今更怪我をすることも無いはずですが……。


「いやそれが、怪我をしたのは荷馬車を引いてた馬なんだ。もともと疲れてたのもあったんだろうが、依頼主の商人さんが日が暮れる前に街に着きたいって言い出したせいで、脚を痛めたみたいでな……」

「あーなるほど……」


 人間の怪我なら薬や包帯でもどうにかなりますが、動物の怪我となれば話は別です。ましてや、馬の脚の怪我なんて、そう簡単に治るものではないはず。程度にもよるでしょうが、脚を折ってしまった馬は、そのまま衰弱して死んでしまうという話も聞いた事があります。


「君、冒険者なら、手の空いてる癒術師を知らないか?」


 あいにく、私に冒険者の知り合いはまだいません。

 ですが、癒術師になら心当たりがあります。


「腕が良いかは分かりませんが……治癒魔法なら、私も使えます。馬のいる場所まで案内してもらえますか?」

「本当か!?」

「ええ、ですが今、杖を無くしてしまっていて……」

「それなら大丈夫。他の魔術師がうちにもいるから」


 そう言って、ケトルハットの冒険者さんは、そのまま道を進み始めます。どうせ帰り道ですし、断る理由もありません。

 私は言われるまま、男性の後に続こうとしたところで、男の子が、どこか呆然と言った様子で、こちらを見ていることに気が付きます。


「……杖があれば、この腕も治せるじゃないですか」

「あ、ああ……なるほど」


 私がそう言って歩くように促すと、彼も状況を理解してくれたようでした。頼んだわけでもないのに彼は自分から、放置していた荷車の持ち手を握って、また引き始めてくれました。

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