プロローグ
知り合いの方から、「色々なジャンルを書いてみた方が良い」と二年前くらいに言われ、その時から構想し、今回投稿するに至りました。
一応、ラブコメのつもりです。
よろしくお願いします。
『何かを強く望むのなら、まず自分が何かを捨てるか、差し出さなければならない』。
人間のキャパシティーは、我々が思っている程大きくはなく、想像以上に小さい。
そしてこれは、ソシャゲで言ったところの『SSR5枚で好きなSSR1枚と交換』のように、こちらが捨てる或いは差し出す物が多く(大きく)なければならない。
世の中には、二種類の人間がいる。
地位、名誉、金、理想の異性等々、全てを手に入れた・・・或いは、それ等の内の一つでも手に入れた『勝ち組の人間』と、何一つ手に入れる事が出来なかった『負け組の人間』だ。
となると、この男・永林寺海は、間違いなく後者の方だろう。
今まで『ここぞ』という勝負の時に、負け続けて来たのだから。
ここでは、簡単に・・・さらっと、彼の『敗北人生』について語っていきたいと思う。
彼の『敗北人生』の幕が上がったのは、恐らく高校受験に落ちたところからだろう。
それまでも何回か負けて来てはいたが、どれも係決めのジャンケンだったり、テレビゲームだったりと、人生を左右するレベルのものではないからだ。
志望校合格の為に、遊ぶ時間や寝る時間等を犠牲にして頑張って来た彼にとって、その『現実』は目を背けたくなるものだったに違いない。
だが、彼は目を背けなかった。
きちんと現実を受け止め、次は同じ轍を踏まないようにと、気持ちを切り替えて、新生活に臨んだ。
大学受験は、合格できるように。
しかし、三年後・・・・・・彼は同じ轍を踏んでしまう。
『高校受験の時みたいにはならない』と、その時以上に勉学に励んでいたにも関わらず、また落ちてしまったのだ。
その時受けたショックは、相当なものであったに違いない。
だって、今までの努力が全て否定された訳なのだから。
それでも彼は前を見続けた。
くよくよしても、現実は一向に良くならないから。
だが、来年、再来年とチャレンジしても、結果は不合格。
どんなに頑張っても、敗北する運命から逃れる事は出来なかった。
そして、三回目の結果が『不合格』だと知った時、彼は大学進学を諦め、近所の会社に就職した。
これ以上、親に迷惑を掛ける訳にはいかなかったから。
しかし、就職した後も、彼は敗北し続ける事になる。
ノルマは常に達成しつつも、営業成績は同期の社員の中で一番下。
他人に媚びるのが苦手な性格もあって、当然上司のおっさんおばさんからは気に入ってもらえず、気が付けば『無能』呼ばわりされて出世コースから外されてしまう始末。
そのような日々が続いた結果、彼の心はすっかり荒んでしまった。
「クソッ!!」
ある日の帰り道。
日頃から積もり積もったイライラがついに頂点にまで達した海は、道端に置いてあるゴミ箱を蹴り飛ばした。
言うまでも無く、八つ当たりである。
幸い、ゴミ箱の中には何も入ってなかったようで、ゴミが道に散乱するような事は無かった。
「(どうすりゃあ良いんだ・・・どうやったら、勝てる!?どうすれば、この『負け続けている人生』を終わらせられる!?どうやれば、調子に乗ってるあいつ等を上から引きずり下ろせる!?せこい手ならいくらでも思い付くが、こういうのは正攻法で引きずり下ろさねえと、スカッとしねえからな・・・・・・)」
路地裏の方へ転がっていくそれを見ながら、頭をぐしゃぐしゃに搔き回す。
彼は今、人生が思い通りにいかないイライラと、八つ当たりする事しか出来ない自分への自己嫌悪に苛まれている。
すると、今の光景を見ていた人がいるのか、
「フフフ・・・」
と、小さな笑い声が後ろから聞こえて来た。
「!?」
振り向いてみると、そこには・・・
「今までに蓄積されたイライラが、限界を超え始めているみたいね・・・」
路上で一回千円の占いをしていた『占い師』がいた。
声的に、多分女性だろう。
頭には、教会にいるシスターのような被り物をしており、鼻から上は薄いハンカチみたいな布で隠れている。
海は、いつもこの道を通って出社及び帰宅するのだが、今まで一度も占い師なる者がいた事が無かったので、
「誰だ?あんた・・・」
と、少し怪しむ感じに聞いた。
その問いに対し、彼女はすぐに答える。
「見ての通り、ただの『占い師』よ。迷いに迷っている貴方の人生を占ってさしあげましょう。」
「いや、良い。そういうのは、信用ならん。高校受験の時も、大学受験の時も、当日の星座占いは一位だったにも関わらず、どれも受からなかったんだからな。」
即答でそう拒否する海。
そのまま、スタスタと早歩きで素通りしようとすると、
「まあまあ、そう言わずに・・・ほら、ここ座って。今回は特別にお金取らないから。」
彼女に腕を掴まれてしまった。
どうやら、誰かを占いたくてしょうがないらしい。
だが、彼はすぐにそれを振り払った。
「断る。占ってもらうだけ、時間の無駄だ。」
そして、すぐに歩き始める。
また腕を掴まれたら、面倒だからだ。
すると彼女は、去っていく彼の後ろ姿を見ながら、こう言った。
「貴方・・・・・・お姉ちゃんいたでしょ。六つ歳の離れた・・・」
それを聞いた瞬間、彼の足がピタッと止まる。
「貴方が小学二年・・・つまり八歳の時に、お酒を飲んだ男が運転する車に撥ねられ、すぐ病院に搬送されたものの、回復する事なく死亡した。撥ねた車の特徴は、黒色の・・・当時CMでバンバン宣伝されていた新型乗用車。撥ねられた場所は・・・」
「待て!!何であんたがそんな事を知ってんだよ!!」
驚いた顔で、占い師の元へズカズカと戻って来る海。
そんな彼に対し、彼女は口角を上げてこう言う。
「貴方が放っているオーラから、貴方や家族の事を占ったら出て来たのよ。当たってるかどうかは・・・まあ、その反応を見れば分かるわね。どう?少しは、占ってもらう気になった?」
「・・・・・・」
不機嫌な表情のまま、無言で彼女の前にある椅子に彼が座る。
どうやら、その気になったらしい。
まだ多少の疑いはあるようだが。
「うむ、よろしい。それじゃあ、掌を見せて。」
「は?何で?」
「手相を見るからよ。」
「オーラは?」
「いいから、手相。」
「へいへい・・・」
面倒臭そうに、彼が右掌を出す。
彼女は、左手でそれを支えると、右手で虫眼鏡を持って、占い始めた。
「ふむふむ・・・高校受験に始まり、大学受験・・・就職した後もずっと負け続けているようね。」
「手相見るだけで、そんな事も分かるのかよ。」
「叶う事なら、もう一度中学・・・いや、高校からでも良いからやり直したい・・・・・・そう心の中で思っているでしょ?」
「・・・・・・否定はしない。」
「でも、そんな事出来る訳無いから、今を受け入れて頑張るしかない。だから、どうやったら勝てるかを日々模索している。勝ち組に一矢報いる為に。」
「ああ、その通りだよ。どんだけ過去を悔やんでも、変える事なんて出来ねえからな。」
「確かにそうね。過去はどう足掻いても変える事は出来ないわ・・・・・・過去はね。」
「?」
ここで、彼女が右手の指をパチンと鳴らす。
良い音だ。
すると瞬く間に、周囲が黒に近い青色で塗り潰され、気が付けば海と占い師、彼女が使用しているテーブル、二人が座っている椅子を除いた全ての物が消滅した。
所謂、『結界』ってヤツだろう。
「!?」
声こそ上げなかったが、いきなり真っ暗になった事でキョロキョロと周囲を見回し、混乱する海。
やがて、結界内が明るくなる(と言っても、そこまで明るくない。豆球よりマシ程度)と、占い師は立ち上がって両腕を広げ、こう言った。
「ようこそ、私の空間へ。」
「はぁ!?」
「それじゃあ、早速・・・」
「待て待て待て!!」
「?」
そのまま話を進めようとする彼女を、彼が急いで制止する。
今目の前で起こっている状況に、脳みその処理が追いつけていないからだ。
「お前、何者だよ!?」
「女神様よ。」
「女神ィ!?占い師っつーのは!?」
「あれは貴方に近付く為に、そう扮していただけよ。『掌見せて』言うたのも、手相を見て占う為じゃあなくって、この空間に貴方を引きずり込む為。」
「この空間何なんだよ!?」
「どこの世界にも属していない、現時点では私と部下の空間。」
「・・・・・・」
早くも質問の弾丸が尽きる。
矢継ぎ早に質問して来たのが急に止まったので、女神様は『打ち止め』と判断し、
「質問は以上?それじゃあ、話を進めるわね。」
本題に移った。
「コホン・・・ええ・・・貴方をこの空間に引きずり込んだ理由は唯一つ・・・・・・貴方の体を若返らせ、もう一度青春時代からやり直させる為よ。」
「!!」
彼女の放った言葉に、彼の目が丸くなる。
そして、
「出来るのか!?そんな事・・・」
前のめりにそう言った。
まあ、あんな事言われたら、そういう反応をしてしまうのも無理はない。
彼女は彼の問いに、微笑みながら答えた。
「ええ、出来るわ。何てったって、私は『女神様』だから・・・・・・・・・ただしッ!!」
「!?」
「貴方にもそれ相応の覚悟はしてもらう・・・・・・『今まで住んで来た世界を捨てる』という覚悟をッ!!」
「何・・・!?」
瞬間、走る衝撃・・・!!
彼は、『今まで住んで来た世界を捨てる覚悟』を『死ぬ覚悟』と捉えた!!
それから数秒後、
「(確かに普通じゃあ絶対にあり得ない事をするんだ・・・・・・そりゃあ、そんぐらいのリスクはあって当然だよな。)」
納得した。
割とあっさりと。
すると彼女は、こう続けた。
「私が出来るのは、あくまで貴方を高校生の姿に戻す事だけ。時間自体は巻き戻せないし、かと言ってタイムスリップさせる事も出来ない。言ったでしょ?『過去はどう足掻いても変える事は出来ない』って。だから第二の高校生活・・・いや、その先もずっと『別の世界』で過ごしてもらう。その方が書類だ何だと用意し易いし、貴方を知る人間が確実に誰もいないから、後々面倒事が起こらなくて済むからね。」
どうやら、『今まで住んで来た世界を捨てる覚悟』というのは、『死ぬ覚悟』ではなく、『異世界に骨を埋める覚悟』のようだ。
つまり、彼女が彼にやろうとしている事は、『若返り』と『異世界転移』ッ!!
前者はともかく、後者はなろうの名物だ。
「成程・・・因みにその世界・・・・・・どんな感じの世界なんだ?」
「貴方が今まで生きて来た世界と、ほとんど変わらない世界よ。だって、その方が貴方も過ごし易いでしょ?多少、価値観の違いはあるかもだけど。」
「そうか。じゃあ、すぐに『別世界行き』の手続きをお願いします。」
「えっ!?」
彼女の返答を聞くや否や、『別世界行き』を決意する海。
そのあまりにも早い決断に、彼女は目を見開いて驚いた。
「ちょっ・・・決断するの早くない?もう少し考えたら?向こうに行ったら最後、二度とこっちには戻って来られないのよ?死んでも、両親と同じ墓に入れないし・・・」
「それ等を理解した上で、そう決めた。『何かを強く望むのなら、まず自分が何かを捨てなければならない』・・・・・・俺は、どうしても勝ち組になりたいんだ。その俺に突然舞い込んで来た、『高校時代からやり直せる』というこのチャンス・・・・・・ならば、俺は潔く差し出そう!!『こっちの世界の住民権』をッ!!」
台詞から感じ取れる、彼の並々ならぬ覚悟。
マジで異世界に自分の骨を埋める気でいる。
彼の『本気』が伝わった女神様は、それ以上何も言わなかった。
「・・・・・・分かった。どうやら、完全に腹は決まっているみたいね。よしよし・・・」
そう言うと、今度はテーブルの下からA4サイズの紙の束をドサッと出す。
結構な枚数だ。
彼女は、一番上の紙を取ると、彼の前にペンと共にスッと出した。
「それじゃあ次は、該当する部分にチェックを入れて。」
「?」
見てみるとそこには、チェックを入れる四角と、『黒のシャーペン(マスターグリップ)』や『欠けた消しゴム(WONO)』といった物体の名称が、上から下までズラッと書かれていた。
『これは何だ?』と、言いたげな表情をしている彼に、彼女は言う。
「これは、『転送するかしないかの確認書類』よ。チェックを入れた物のみが、向こうの世界の貴方の家に転送され、入れていない物は全て売却される。貴方の全所有物が、A4用紙何十枚にもかけて載っているから、全てに目を通しておくように・・・・・・あ、勿論売却で得たお金は、全て向こうにいる貴方の元に送られるから安心して。手数料とか色々引かれちゃうけど。」
「成程・・・」
説明を聞くや否や、すぐに『いる』『いらない』の仕分けを始める海。
一枚一枚、上から下にスーッと流れるように見ていく。
「(は・・・速い・・・!!少しも迷うことなく、『いる』か『いらない』かを決めている・・・・・・さっきもそうだったけど、なんて潔いのかしら・・・)」
それから数十分後・・・
「出来たぞ。」
彼は、自分の全所有物の仕分けを終わらせ、やり切った顔でペンを置いた。
「あ、終わった?それじゃあ、この空間でやる事は、これでお終い。後は、そこのベッドで横になって眠れば、目覚めた瞬間から貴方はもう『向こうの住民』。さあ、どうぞどうぞ。」
そう言って、女神様が手を向けた先にあったのは、シンプルな造りの木製シングルベッドだった。
こんなのさっきまで無かったように思えたが、多分気のせいだろう。
海は、ベッドに近付いて靴を脱ぎ、布団をはぐって横になった。
だが、当分は眠れないだろう。
傍に今日初めて知り合った女神様がいるし、何よりこんな空間で落ち着ける訳が無いからだ。
そんな彼に、女神様は付け加えるようにこう言った。
「あっ、最後に一つ・・・向こうの世界の貴方の家に、『第二の人生のしおり』と書かれたものを置いてるから、それをよぉ~く読んでね。」
するとここで、さっきまでパッチリと開いていた彼の目が徐々に閉じ始める。
まるで暗示をかけられたかのように。
「ではでは・・・良き『第二の高校生活』を。」
彼女のその言葉を最後に、彼の意識は完全に夢の中へと入った。
夢の中に入る寸前まで、彼は心の中でこんな事を強く思っていた。
「(勝ってやる・・・・・・今度こそ・・・絶対に・・・・・・ッ!!!)」