退屈の終わり
ーー魔王討伐
それが、今この場で唯一生き残っている人間に課せられた使命だ。文字通り、命に変えても達成しなければいけない。
だがしかし、それは叶いそうにない。
男の足は折れ、手の指は何本か落ちており、既に剣を握ることすら出来ない有様だ。
未だに色褪せないその闘志のみが、その男の生存を証明している。
「くだらんな。無駄と知りながら、どうして足掻く?そんなに王命、いや、信託とやらが大事か?」
男の視線の先、全身に黒い鎧を纏った魔族が嘲笑する。男のくだらない信仰、信条、忠誠、そして狂信を。
「…………」
既に、男に反論する程の余力は残っていない。眼前に転がる原型を留めていないかつての仲間と、そう大差は無いだろう。
既に死ぬか、今に死ぬか。
差など、その程度だ。
「人間とは、どれもこれもお前の様な狂信を抱くのか?それともお前が特別なのか?」
「…………」
「本当に、色褪せん闘志だ。一体、何がお前を成り立たせる?」
魔族が男へと歩み寄る。それに抗する事など、今の男には出来もしない。
一歩、また一歩。
臨死の男に死神が近づいてくる。
一振りの銀を携えて歩んで来る。
死体を薪にして燃える炎に照らされた銀の剣は、魔族の纏う黒い鎧には、余りにも釣り合わない。
しかし、その不協和音こそが、この魔族の象徴でもある。
「何か、言い残す事でも?」
歩みが、遂に男に追いついた。
「……地獄に落ちろ」
銀の軌跡が首を裂き、男を絶命させる。
断頭を成した執行人はその結果に満足し、剣を鞘に収め、首無しの男に火をつける。死臭に群がる獣を、一匹でも少なくする為だ。
男の死体にした様に、もはや肉塊と評するべき人間達の死体を燃やし始める。
魔族は、作業の手を止めず、内心呆れていた。
この人間達の蛮勇、余りの無謀ぶりに。
そも、ここは魔族領。人間の領地では無い。
本来なら、国境線の防衛に就く軍を退けなければ届かぬ場所であるが、この人間達は、同族を囮にここまでやって来た。
態々、魔族領四強の一角。黒騎士を殺す為に。
「…………」
つまらない。
黒騎士の心境を語るのは、この一言で事足りる。先程の戦いですら、終ぞ黒騎士の退屈を揺さぶる程の興奮を感じなかった。
これまでも、そうだ。
かつて、暴虐の限りを尽くした魔王を滅ぼした異邦の英雄達との死闘でさえ、退屈が消える事などなかった。
移り変わる時代。
超常の彼らの時だけが、止まったままだった。
「……?」
最低限の後始末も終え、その場を離れようとした時、強い違和感を感じて黒騎士はその歩みを止めた。
空を見上げ、違和感は確信へと変わった。
「もう次の周期が来たのか、速いものだ」
異邦の英雄。懲りずに人はまた禁忌に手を出したらしい。いつの日か、因果が巡るだろう。
何にせよ、興味は失せた。
どうせ焼き直しだ。いつもの様に、異邦の英雄は同じ末路を辿る事になる。
「…………」
無言のまま、黒騎士は何気なく空を再び見上げた。
何気ない、退屈へのほんの僅かな抵抗でしかなかった。が、結果的に言えばそれは正しかった。
退屈をも殺すナニカが、やってくる。
「……!」
抑えきれない、止まったままの時間が動き始める。
今、現在をもって、退屈はここに死んだ。
早く、速くしなければ。
極上の獲物が、他の超常の類に取られる前に。
願わくば、我が凶刃の前に倒れる事を願う。