第18話:あたたかな拍手
少女の澄んだ瞳に、センバ課長は表情を和らげていた。
「いや、こちらこそ失礼。形式に囚われすぎて、年頃のお嬢さんに接する態度ではありませんでしたな。特務課へようこそ、クロミネさん。貴女は地球の記憶が無く、手探りの状態で大変しょうが、こちらからの支援は惜しみません。存分に頼って下さい」
そう言うと彼は黒い手袋を外し、カンナに向けて右手を差し出した。
差し出された手はあちこちが傷だらけだった。何度も危険な任務に従事したのだろう。切り傷や火傷の痕から、彼が特務課の課長になるまでに刻まれた人生の碑文のような印象を抱く。
カンナは躊躇なく握手を交わすと、ゴツゴツとした手の感触が伝わった。課長本人の人格と話ぶりから、信頼に足る人物だと思える。
「はい。よろしくお願いします」
二人は好意的な笑みを浮かべると、レンヤたちが拍手を送った。周りの局員たちもそれに続き、特務課のオフィス全体に拍手の音が広がっていく。
──拍手は長い間続いた。
「コラ、お前達。いつまでも拍手してないで、早く自分の作業に取り掛からんか! 今日も忙しくなるんだぞ!」
拍手音が小さくなると、センバは課長の顔で部下たちに行動を促す。怒鳴っているが、照れ隠しに思える様子だった。
「お堅いけど、可愛いでしょう? うちの課長は」
「ふふっ。そうですね」
傍に立つトウコも柔らかい笑みを浮かべ、カンナも微笑みながら頷く。
「オイオイ、大人をからかうんじゃないよ!」
小さなやり取りだったが、心のわだかまりを消してくれた。
職場は活気を取り戻していた。局員たちは各自グループに分かれ、業務の打ち合わせを始めている。これが彼ら特務課の日常なのだろう。
カンナは、その人間の一体感というものに共感を覚えるのであった。
「──あんな調子でいきなり頭下げられると、驚くよねぇ」
「だよな。あ、驚くといえば、カンナが上目使いした時に課長はドキッとしてなかったか? ああ見えて、けっこう純粋な所あるし」
「表情硬くなって、怖がられてそう。課長強面だから」
「ハハハ。違いねぇや」
軽口を叩きながらゲラゲラと笑っているタツマとレンヤの眼前に、中指を丸めたセンバ課長の両手が伸びていた。
◆
「ぎりぎりせーふ! ふう。危なかったー」
──始業時間一分前になった頃、四課のオフィスにようやくユズキがやって来た。化粧っ気もなく口の端にケチャップを付けて、ファストフード店で朝食を取ってから出勤してきた様子だ。
悠長に構えながら自分の机に向かうと、二人の先輩は普段とは違う様子を見せていた。
「あれ? どうしたんですかイブキ先輩。額を押さえて」
「課長のデコピンくらったの。すっごい痛い……」
「はい?」
二人の額と押さえている手の間から細い白煙がプスプスと昇っている事に気が付いた。レンヤは参ったねという表情で、デスクの上のゴミを片付けている。
「いやー、流石にからかい過ぎたね。僕ら……」
「今日は脳震盪になりかける日だぜ。まったく……」
事情を飲み込めないユズキの頭の上には、疑問符が浮かんでいた。
「はぁ。何だかよく分からないんですけど、課長と主任はどこにいるんです?」
「お前が来たら、会議室に集まるよう言われてるんだがね」
椅子の背もたれに体重を預けたタツマが、別室の扉の方を指さした。
「今、カンナさんにこの星とノーヴァについて一通り説明してるんだって」
カンナの名前を聞いたユズキの顔が、ぱあっと明るくなる。
「カンナちゃんもう来てるんですか? 元気そうにしてました? 昨日あれから気になってて。あ、そう言えば、私会議室に入るの初めてなんですよー!」
「……呑気なもんだぜ、コイツは」
テンションが上がって矢継ぎ早に話すユズキに、タツマは肩をすくめてヤレヤレという仕草をした。
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