第17話:臆病な自分ではいられない
「えっ!?」
名前を呼ばれて振り向くと、長身で体格の良い男が立っていた。驚き顔のカンナとは対照的に柔和な笑顔を浮かべている。
初めて見る顔だった。整えた髭と白髪混じりの茶髪で、年は40代の中頃だろうか。彫りの深い顔立ちとスーツの似合う渋めの外観から、男性のワイルドさと知的な風格を漂わせている。
「あ、センバ課長。おはようございます」
「おはようございます」
椅子に座っていたレンヤが起立して敬礼を行う。タツマもそれに倣って敬礼をしたまま、男性の方を向いていた。
課長と呼ばれた男性は、二人に目配せをして軽く頷く。
ふと、彼の手に注目してみると、黒い手袋をはめているのが分かった。
(この人が課長さんなんだ……)
カンナも背筋を伸ばし、課長と向き合って目を合わせようとするが上手くいかない。やはり、初対面の人物には緊張してしまう。
「あー……えっと……」
声が喉に引っかかる調子になってしまった。
カンナが言葉に詰まっていると、課長の方から声をかけてきた。
「これは失礼しました。私、中央監査局特務課、課長のノブハル・センバと申します。昨日は部下たちの不手際で貴女を危険な目に会わせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
センバと名乗った中年の男性はカンナに向かって頭を下げた。
いつの間にか四課の局員たちは作業の手を止め、こちらに視線を向けていた。辺りは水を打ったように静まり返っている。
カンナはエアポートと同様の所作に、既視感を覚えていた。
「いっ、いえいえ! とんでもないです。その……四課の皆さんには、色々と私の身の回りのお世話をして頂いて、とても感謝しています。それに、あの時は命を救われたと思っていますし……」
どう会話していいのか分からず、しどろもどろになってしまった。
困惑してしまい、何度もお辞儀を繰り返していた。仕草も大袈裟になってしまい、冷や汗が背中を伝っているのがわかる。
「落ち着いてカンナさん。ゆっくりで大丈夫だから」
「うぅ……はい……」
レンヤが気を落ち着かせようとしていると、奥の部屋からトウコが出てきた。彼女はすぐに事態を察した様子で、カンナの傍へ急ぎ足で駆けてくる。
「あらあら。課長、丁寧すぎる挨拶も良いのですが、最初は気さくにしていただかないと。カンナさんが困っているではありませんか」
トウコが穏やかな口調で諫めると、センバは困った様子で頭を上げた。彼女の「あらあら」が持つ雰囲気には、場の空気を変える力があるように思えてくる。
「トウコさん……」
カンナの肩にトウコの手がそっと置かれると、心が安らぐのを感じた。
「む……しかしだなぁ。クロミネ嬢はノーヴァとして丁重に扱わねばならない上、サカガミの報告書の通りだと、謎の集団の襲撃に遭ったそうではないか。だから俺は立場ある者としての責任を果たそうと……」
「課長は知らず知らずのうちに威圧感が出ているんです」
「ぐ、う~む………」
トウコがキッパリ言い放つと、センバはばつの悪い顔で唸ってしまった。
「主任の言う通りっすね。俺も注意されたクチですが、この娘は変に畏まるより気兼ねなく接してくれた方が安心してくれるんですよ」
いつしか、近くの椅子に座っていたタツマがフォロー役にまわっていた。レンヤも表情を緩めて、張り詰めた空気を和らげようとしている。
「むう……そうだったのか……」
しばし間を置き、カンナが口を開いた。
「あの……センバ課長。私はカンナ・クロミネと申します。監査局でこれから皆様のお世話になります」
カンナは一礼し、センバの目を真っ直ぐに見据えて言葉を続ける。
「ダメですね、私は。気が動転してしまうと、思っている事が言えなくなってしまって。……この星で生きていく決意をしたというのに、自覚がないままノーヴァと呼ばれて、いきなり躓きそうになっています」
自嘲気味に笑うが、目には輝きが失われていない。
課長を始め、周りの局員は黙ってカンナの言葉を聞いていた。
「これから先のことに不安が無いと言えば嘘になりますが、自分が一体何者で何が出来るのか分からないまま終わりたくない。それが今のわたしの正直な気持ちであり、小さな希望だと思っています。どうか皆様、お力添えの程よろしくお願い致します」
そう告げるとカンナは四課の一同に向き直り、深く礼をした。
この場にいる皆に、気弱で臆病な性格を素直に伝えておこうと思った。否、これからそんな自分を変えていく事を知って欲しいという意味もある。
──そう、いつまでも〝黒峰かんな〟のままではいられないのだ。
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