第15話:無意味な謝罪
「今朝もご苦労様です」
トウコが守衛に挨拶をし、来賓部屋の扉をノックする。
二人の守衛は無表情のまま敬礼をした。面識の無いタツマには、彼らも視線を合わせようとせず一点を見つめたままだ。
タツマも男の不愛想な顔をわざわざ眺める趣味も無いので、黙って扉が開くのを待っていた。
「カンナさん。おはようございます」
「あ、は~い。どうぞ~」
トウコの声に気付いたのか、扉の奥からカンナの声が返ってきた。
思ったより明るい返事にタツマは胸をなで下ろした。
初めて足を踏み入れた来賓部屋だが、室内の豪華さには何の感慨もなかった。とにかく、今はノーヴァの少女の様子が知りたいのだ。
「おはようございますトウコさん。あ、このような格好ですみません」
「あら、いいのよ~気にしなくて~」
上司の間延びした声が気になったが、自分も顔を見せておいた方がいいだろう。
「よう、ちゃんと眠れたか?」
「えっ!?」
タツマが挨拶をしながら居間部分に入ると、バスタオル姿のカンナが目に飛び込んできた。どうやら直前まで風呂に入っていたらしく、髪も肌も濡れた状態で唖然とした顔のまま固まっていた。
自分がトウコの付き添いに来ていると伝わっていなかった事が頭を掠めた。それ以前に、カンナの「このような格好」の意味を察するべきだった。
──室内に気まずい沈黙が訪れる。
「あー……スマン」
「き、き、き………」
無意味な謝罪だと思いながら、一応視線を逸らしてみる。
「きゃああああああああっ!!!」
悲鳴を上げたカンナは傍の置時計を掴み、タツマに向けて投げつけた。
反射的に目を瞑って放ったにもかかわらず、時計はタツマの顎に見事に直撃した。重量のある衝撃は脳を揺さぶり、膝に力が入らなくなるほどであった。
「ぐぅお………」
何かしらのアクションが起こるとは思っていたが、物をぶつけられて意識を失いかけるのは予想だにしなかった。普段のタツマならば避ける事など造作も無いのだが、棒立ちの状態で甘受する気になっていたからだ。
控え目な性格からの意外性もあったが、これほどアグレッシブだとは。
意外と言えば、カンナの胸は平均以上の大きさをしていた。紳士ぶって目を逸らさずに、バスタオルで強調された胸の谷間をしっかり目に焼き付けておけばよかったと少し後悔した。
「あらぁ~」
トウコは驚いた顔で口に手を当てている。
タツマは体勢を崩しながら、上司の顔を見て「先に部屋に入っていたなら、止める時間あっただろ」と、心の中でツッコミを入れていた。
その後、駆け付けた守衛によってタツマは部屋の外へつまみ出された。
「あー痛ってぇ……」
タツマは来賓部屋入口の扉に寄りかかり、時が過ぎるのを待っていた。
守衛の二人は相変わらずの仏頂面で口を噤んでいたが、カンナが巨乳だという事をさり気なく話してみると、揃って鼻の穴を大きく開いていた。無関心を装っているが、本性はスケベのようだ。
──10分後、顎の痛みを残したままカンナとトウコの元へ戻っていく。
「いやぁ、カンナのおかげで目が覚めたぜ」
「ゴメンナサイ。本当にゴメンナサイ」
学生服に着替えたカンナは平謝りしている。
「いいよ。悪いのは俺だし。実はかなり身体能力が高いんじゃねえか?」
からかい半分のつもりで〝俺〟の部分を強調すると、カンナはしおしおとうなだれてしまった。
「あうう……」
「まあまあ、その辺でいいじゃない。あんまり苛めちゃダメよ~」
カンナの髪をブローしながらトウコが庇い始める。柔和な雰囲気で誤魔化されているが、この上司は他人のトラブルを楽しむ悪趣味な人物だと思っている。
性格に関しては、自分も人のこと言えないのだが。
「……ところで、今日はこれから何をするんでしょうか?」
当惑げな表情でカンナがおずおずと口を開く。
「あぁ、人に会ってもらう予定だ」
「人? 昨日会った局長の方ですか?」
「いんや。あの狸の置物じゃなくて、特務課のセンバ課長」
「あ、そうなんですか……」
冗談めいた含みには反応を見せず、初めて聞く名にカンナは戸惑いの表情を浮かべたのをタツマは見逃さなかった。
この少女は対人関係が苦手というか、怯えに近い感情を持っているとタツマは感じていた。繊細であるが故に感受性が強く、色々と抱え込んで苦悩するタイプなのかもしれない。
「カンナの事情も伝えてあるし、気の良い人だからすぐに打ち解けるさ」
「……はい」
出来る限りの事はしてやりたいが、こればかりは環境が彼女を成長させる事に期待し、慣れてもらうしかないだろう。
「ん~綺麗な髪。清楚なストレートもいいわねぇ~」
トウコはマイペースにカンナの艶のある黒髪を櫛で通していた。
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