第13話:独りで過ごす時間(下)
──結局、少女の舌が記憶するには難しい食事で終わった。
配膳の局員が去り、このまま朝まで一人で過ごす事を実感すると、部屋の中は更に広く思えてきた。適当に部屋を歩き回ってみるが、飾られた美術品を理解出来るほどのセンスもないので、じっくり鑑賞する気になれない。
壁際のドレッサーの上に新聞と数冊の雑誌が置かれており、一応目を通してみるが政治やゴシップ関係の記事ばかりで暇つぶしにはならず、所在なげにぼんやりしていた。
気付いた事と言えば、元の地球と共通の文字が使われており、カンナにも理解出来た事が収穫だった。食事に関しても困る事はないだろう。
「少なくとも読み書きに不自由する心配は無さそう、かな」
何となく外の景色でも見ようと思って窓に近づくと、夜のとばりが降りようとしている。異なる星でも等しく夜が訪れる事に少しほっとしたカンナは、このまま夜景を楽しむ事にした。
「綺麗……」
カンナの視界には星々の輝きとも思える、煌びやかな光景が広がっていた。
無数の人工光を見て心が癒されていくのを感じる。異なる星でも人はこうして一日を過ごしているのを実感できるひと時だった。
──しばらくの間、窓の前に立ってアマハラの街の灯りを眺めていると、突然カンナの眼前に謎の生物が現れた。
多脚のおぞましい何かが、窓の外側で蠢いている。
「キャッ!」
それがカンナの視界を覆い、悲鳴を上げてしまうほどの衝撃だった。
7階もの高さのガラス窓に、腹を見せた状態で張り付いたまま脚を活発に動かして上下に移動する物体が『蟲』だと理解するのに時間がかかった。
ムカデやヤスデとは違い、胴体の一部分が大きく膨れ、血のような赤と黒い色が混ざった斑模様が全身に刻まれている。大きさはカンナの手のひらほどで、窓で隔たれていなければ、その醜悪な見た目に腰を抜かしていたに違いない。
『どうなさいました?』
カンナの悲鳴を聞いた守衛が駆け付け、居間の扉越しに様子を伺いに来た。
「あ、いえ。窓の外に変な蟲がいたので、少し驚いただけです。もう大丈夫ですので、ご心配をお掛けして申し訳ありません」
平静を装った返事を試みるが、動転しすぎて自分でもおかしなくらい丁寧な言葉使いをしてしまった。鼓動が聞こえてくるほど激しく心臓が動いている。
一拍間を置いて「そうですか」と短い返事がくると、守衛の反応は無くなった。
おそるおそる窓に張り付いていた蟲を確認しに行ってみると、すでに姿を消していた。安堵の息をつくが、これ以上外の景色を見る気を無くしたカンナは憂鬱な気分のままカーテンを閉め、ベッドの方へ向かう。
動悸もようやく収まり、カンナはベッドの上で仰向けの状態のまま天井の一点を見つめていた。未だに蟲の醜悪な見た目が頭の中でちらつくが、思い返すのも嫌なので忘れる事にした。
「このまま寝ちゃいそう。あ~でも、お風呂に入らないと……」
疲労でこの後の行動を考える余裕も無くなってきている。
驚いたり悩んだりで忙しい一日だった。数時間前は何かを思い出そうとするたびに頭痛が続いたが、今はだいぶ落ち着いている。
「ノーヴァ、ノヴァ……新星、か……」
思い出したい事も、新しく憶える事も多く、頭の中はごちゃ混ぜになってしまう。
──家族の事を思い出そうとしたが、目を瞑ると意識は闇の奥深くへと沈んでいった。
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