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これからの危機管理 [][]今の危機をどう見るか「コロナで変わる認識と新たな危機の実態から考える!」[][]

作者: カズ ナガサワ
掲載日:2022/02/09

 最新かつ将来に役立てられる危機管理の実践実用向けの資料です。

 今のコロナ禍で、長期化懸念、第7波から次の感染拡大をどう捉えるかの予想想定を含めている。

 極端な見方ではあるが、花粉情報や熱中症情報と同じように、コロナ情報が一般化するなど、冷静かつ科学的な側面からもアプローチしている。

 

はじめに


 皆さんかなりコロナ情報に一喜一憂されなくなったように思います。今まで、危機管理の専門家として様々な本の出版や講演活動などをされてきた方は、危機が過ぎてから活躍される方が多くないでしょうか。コロナによりご自身の考えが、現実と異なるものであったと、気付かれたのであれば極めて鋭い視点を持たれておられると思います。

 危機管理の専門家であるなら、本来は今、このコロナ禍の危機に関する対策資料をリリースしてほしいという意見もあるでしょうが、慎重且つ冷静であることも必要です。


 私がこの資料に着手したのは、危機に際してもの申すべき方が、口にした瞬間に、お前が代わってやってみろ!、と言われるのを嫌がるからです。それを見るに見かねて、そろそろ本気でやらないと、私自身、後々後悔すると思いました。


 今の状況は、コロナ(オミクロン株)の拡大が止まらず、ロックダウンを前提とする様な、医療逼迫や子供達への感染拡大を、マスコミが取り上げていること。未だ医療体制の強化は不十分で、子供達のクラスターは想定外だと言っているように聞こえること。

 そして、ワクチンを2回接種したのに感染が広まり、3回目のワクチンの効果は明言を避け、その中でワクチンの義務化を検討しつつ、来年度予算はコロナ禍での経済を回そうと、組み直していると聞いたからです。

 何か嫌な予感がしました。


 私は、一般に言う危機管理のプロではありません。しかし、現場の危機管理をずっと生業としてきました。ですから、小難しい危機管理は好みません。

 そして、もっと嫌なのは、人として誠実さに欠け、権原者であっても人の為に行使しない、そんな奴の危機管理が一番嫌いです。


 何か月か前に、ワクチンの接種会場で「最近、危機管理という言葉をあまり耳にしなくなりましたね!」と、ご高齢の方がお二人で話しておられました。たぶん、危機管理と言う言葉が社会に定着したので、特別変わった事でもなければ、言葉としては使われないという意味だと思いました。


 でも途中から、その方は、ワクチンを集団で接種する今が、危機の真っ最中だと仰って、危機管理が当たり前の世の中をつくらない為に、政治家や役人がいるのだと、ごもっともな話をされていました。

 そして、コロナに罹れば年寄りは死ぬか、体が弱って寝たきりか、罹らないからと言われてワクチンを打ったら、ずっと調子が悪くなったと、吹っ切れた言い方をされていました。


 そんな中、この接種会場は高齢者の避難場所だったことを思い出し、何処かの首長さんが最近の水害対策について「自助、共助、公助が大事!」と言われたことが、気になりました。

 災害対策の第一は個人個人で、役所は個人や地域の次の位置付けです!とは言わないまでも、現実は今でも役所主導で、実態は以前とあまり変わっていないし、コロナがそれを示していると思いました。

 また、官だの民だの地域だのと、仕切りを変えるのもややこしいし、危機管理がやり難いと感じていました。


 つまり、ご高齢者の方に代表される庶民の意見と、首長さん等の行政の意見は、本音と建て前、理想と現実の狭間に揺れて、真っ向から違っているので、これでは危機管理は上手くいかないと思った次第です。

 何を申し上げたいかと言いうと、政治や行政の政策的な危機管理は、今までは計画や訓練に則って「ちゃんとやれます!」という理想に偏り過ぎていた。それが本当は、個人個人もやらないと厳しいという現実の視点に急に変わった。

 従って、両方とも現場の認識とは、かなり乖離していているということです。ちなみに、現場では人としてやるべきこと、出来ることはちゃんとやれ!、です。


 私は、その首長さんが『前は役所がやってたけど、役所だけではやりきれないから「自助、共助、公助が大事!」』と仰ればよかったのに、部下が誰も意見具申出来なかったことも気になりました。


 そもそも、危機管理の現場や緊急対応を要する場面の大前提というのは、

1 全てにおいて、包み隠さずやる

2 出来る、出来ないをしっかり整理してからやる

3 自分の為だけではなく、皆んなの為にやる


 もちろん、それをちゃんと出来るか、出来ないかと言えば、「普通の事務職レベルでば、難しくて恐らく出来ないかもしれない」と、率直に言えてこそ、はじめて本質を見極められるスタートラインに立つのです。

・やりたくなくても、誰かが中心になってやらないといけない。

・そしてそれをサポートする形が自然と生まれる。

・普通は出来ないことを出来るようにしたいという思いを、なんとか形にしていく。

・しかし、皆んなの為に尽くしたとしても、不平不満が必ず伴うことに、組織としての覚悟が必要。

 これこそが危機を乗り越える原点だと思います。 



 では、現在の政治、行政の危機管理(事務)のイメージを客観的に言うと、

①危機管理をちゃんとやらないといけない(その為に隠し事も有り)

②危機管理が出来てるように見せないといけない(その為に、最初から出来ないと分かっていても出来ることにしている)

③皆の為ではなく、自分の立場や所属する地域、組織の為にやる(私利私欲は不要の反発心や排他意識を生む)

④不平不満を改善の糸口とせず、一部の意見として扱い議論に出さない(逼迫状況の放置や弱者救済の不備を生む)


 これが、今の法制度から体系的に作られた、現実にあまりにもそぐわない政治、行政の危機管理の問題です。



 新型コロナの発症から2年が経ち、そして東日本大震災から11年をむかえようとしています。そろそろ危機管理の実態や、出来ること出来ないことを、ちゃんと評価する時期に来ているのです。

 ですが、その立場にある人は、なかなかやろうとしません。やはり、法律でやることが決められていて、これまで金や人をかけ、やれると言ってきた事を、そうそう簡単に、やれませんとは言えないと思います。


 政治や行政からすると、危機管理に関する法律、制度の見直しそのものが、有りもしない性善説や理想論に偏った対策を形にしないといけないので、彼らにとっての危機なのです。


 それでは、ちゃんとやれない危機管理の例を示します。

「地震予知」「原発の安全性、再処理」「大陸間弾道ミサイルの迎撃」「機密情報漏洩対策」「ビルの耐震性(偽装防止)」「残留農薬や食品添加物」「避難指示と避難所の確保」等など。

 これらは、多くの人命に関わると言われる、危機管理エラーばかりです。


 それでは、続いて各論に入ります。



第一 コロナの危機管理の反省点

 つい最近まで、いま大注目の感染症対策は、厚労省を中心に、保健衛生機関と行政機関が権限と責任をもって、出来ると言われておりました。担当部署も設けられて、エボラ出血熱の対応をされていました。

 同じように、サーズやマーズを経験して、危機管理計画(感染症対策、防疫計画等)の改定までやった中での、根本的なエラーがコロナの対策で発生しています。


 コロナの危機管理エラーとしては、直ちに危機管理を見直さなければならない時期に、こんなことがありました。

①意味不明のマスク対策

②まともに執行出来ない金のバラマキ(goto××他)

③根拠を無視した必要性の分からないロックダウン要請

④中身の分かりにくい三密対策

⑤感染者や重症者の定義と集計変更

⑥医療体制の混乱、逼迫、体制強化の不足

⑦誹謗中傷対策の失敗

⑧貧困や失業対策の遅れ


 未だ大して時間が過ぎていないのに、また新たな危機管理エラーを生み出す流れがあります。


 例えば「第6波の捉え方」や「ワクチン接種の義務化」を例にします。

 二つとも今の時点では、現場の危機管理対策に直接関係ありません。また急いで結論を出す必要性もありません。

 確かにアナリスト的には、急激な感染者の増加は6回目と言うのですが、日本が諸外国から遅れて急増しただけで、先に急増した国とさして変わらない対策をしておきながら、渡航者の規制を緩めれば、6回目は来ないはずはありません。

 他国の実態から急増を前提とせずに、根拠なく緩めると言うのが危機管理エラーです。それと同時に、緩められる期間だからこそ、体制強化や対策の改善を行うのが、危機管理では当たり前のことです。

 これをやらなかった原因は、過去に例のない急激な感染拡大の第6波であったと同時に、感染者が子供達だったからだ!と言うシナリオでしょうか?


 次に、ワクチン接種の義務化には、二つの目的が見えます。一つはワクチンの経費や確保の根拠がほしい。もう一つは移動や利用制限の解除にパスポート等を持たせ、新たな行政事務を創ることです。そこは役人や医療関係者の天下り先になります。

 ワクチンを定期的に接種しても、絶対感染しないとは言ってませんし、重症化しないとも言っていません。一定の効果が見込まれるのがワクチンの正確な効果です。でも、その効果を過剰に見込んだ方が、誰かには都合がいいのです。

 残念ながら今は、より効果が期待でき、多くの製薬会社が生産できて安く入手できるという、改良ワクチンや抗ウイルス薬の開発を議論したがらないのです。在庫一掃セールが終わるまで。

 安くて良いものが出来れば、皆んなが使うので、義務化の必要はないと思います。


※これには、危機管理の大前提となる、包み隠さずのエラーがかなり含まれます。エラーとしては安倍のマスクに近い政治色が漂います。何故、インフルエンザのワクチン等は義務化されないのに、新型という範囲のコロナに限定するのか、完全に矛盾を生じています。

 この結果、ワクチンの製造体制や市場バランスが崩れ、コロナ以外のワクチンは入手しにくくなります。


 確かに、大手製薬会社には多額の開発費やマンパワーを負担させ、急いでワクチンを造らせた負担に酬いる必要があると思います。また、今のワクチンの改良ワクチンが開発される前に、売りさばく必要があるという事情も分かります。これをしっかり説明してから、議論に入れば納得できるのではないでしょうか。

 でもやっぱり、副反応の軽い改良ワクチンがいいですね。


 その他にもあって、驚かれる方がおられると思いますが、2年前も保健所や自治体には、非常用備蓄品として、食料の他に、マスクが大量に保管されていたはずです。

 その数は、全人口が3日間使うことが出来る程度と言われ、実際の数は防災計画に書いてあります。

 でも公共の防災倉庫ではなく、実状の保管先がドラッグストアーだったようです。


・・今、とても気になる問題のもう一つは、次の点です。

 「目の前のことに振り回されている人に、気の毒で文句が言えない」そんな優しい日本文化があって、政治家や首長等がコロナ最優先と言うと、皆さんは何も言えなくなる。

※だから今は、政治や行政が、様々な政策やコロナ対策等の危機管理を、疎かにできる格好の時期だということです。


 だったら『どうすればいいのか!』

 危機管理の本質を理解すると、様々なトラブルを何とか解決できるケースが増えていきます。更に、コロナにも将来の危機にも備えられる考え方は、普段の仕事や生活の中にもあります。

 その考え方が、本来の危機管理だと、実感できることが重要なのです。




第ニ 危機管理は無理に定義しないのが常識

 危機を管理するから、危機管理!?

 広すぎる範囲に、振り回される現場の疲弊!

 自分としては、もっと切迫した問題があるにも関わらず、政治やマスコミがフォーカスした多くの人の関心事に対策がいき易い。そして、いずれ形骸化する。

 その原因は、政治や行政の人気取りや、表向きの実績づくりを目的にするからです。


 何でも当てはまるなら、あえて定義しないと言うのが現場では当たり前での考え方です。それを定義したとして、実践に効果があるものでもありません。また定義した場合は、それしかやらない、したくないと言っている意味に受け取られ、実効性より格好やその場しのぎに拘ることになりかねません。


○例えば「フェーズ1〜6」と言うと、何か具体的に分析され、整理された区分の様に思われます。しかし、実際は区分に都合のいい数値をピックアップして、どちらとも言えない状況に蓋をしやすくするためにも使えるとしたら、信頼できるでしょうか。


 また、人間の能力において、あらゆる危機に的確に対処出来るかと聞かれたら!?…。その答えはNOです。

 活字になった危機の定義を、逐条解説のようにその都度解釈を紐解きながら、危機に備えたり、実践することは現場ではあり得ません。


※それに関して、大事なことを理解頂きたいと思います。

①日常をしっかり管理出来ないと、危機も管理できない。日常管理の延長線上に危機管理がある。

②現場や実務を経験し、ある程度やれる人材は今は居る。ただ人数は限られている。

③この、人材や実践力にフォーカス出来ない背景には、既存法制度の壁と、縦割りの体制、そして先程の政治行政の実務バタが危機管理を出来ない、経験がないと言えない実態があるからです。




第三 学問としての危機管理について

 とても素朴な質問として、危機管理の専門家や学者が、現場の危機管理の中心的な指揮を、どうしてやってくれないのか!?…。その答えは、学問上の危機管理と実践のための危機管理は違い過ぎている。そして、先生方がやれる立場にないと仰るから。


 ここで間違えてはいけないのかが、学問上の危機管理は、失敗や教訓から、その内容を変えて来たものではないということです。

 先ず学問としての危機管理は、実践の基礎的なものと限定されている点です。その内容は、時代が変わっても殆ど変わる必要のない物理法則みたいなものとなっています。従って、それを学べば、危機管理の現場でサクサク対策できると言うものではありません。

 現場で危機管理の答えを求めるためには、その更に上のレベルの積み重ねが必要となります。


 今の学問の危機管理を学ぶ目的とされているのは、学問と現場の実態に、矛盾や乖離があるという現実を知り、学問を使って問題を整理するというのが主流です。何故なら、その学問(危機管理学)は、過去の法制度や、縦割りの体制、出来る出来ないの評価を、学ぶ側や実践する側に委ねる仕切りだからです。


 特に注意しないといけない点は、学問上の危機管理を利用して、既存の法制度や体制の中で、出来ないことを出来そうだと思わせたり、あるいは一般的な人間の能力を超えるような理想だけを提起することが、結果的に危機管理の妨げとなるということです。


 また、学問の問題として、それを学ぶと直ぐに実践に役立つと思ってしまうことや、学問に沿って、計画やマニュアル等も策定されていると勘違いされる点です。

 更に、その対策の実効(行)力とは別に、危機管理に関する学問の習得者や、学問を教える著名人が計画等の策定に関わっただけで、過剰な期待感が生まれ、対策への理解や評価の浅さを生み出してしまっているのです。

※例えば、某大学の先生が作成を支援されたマニュアルは、本当に現場に浸透しているのでしょうか?




第四 危機管理の訓練とは何ぞや?

 戦国時代の兵力は、戦いの経験が多い兵の数と、指揮官の戦術の巧妙さ、そして鉄砲の数。領地の広さや豊かさだけではなかったと言われています。単純に、隣の敷地が良く見えれば、奪ってやるという下剋上の時代でした。

 それでは、どうやって兵力を高めてきたかというと、諸説あり、最終的には羽柴秀吉の知恵と財政力、徳川家康の忍耐と交渉力等などの中に、共通する考え方があると思いました。


 その考え方は『徹底させる』です。

 徹底には、

①人に内容を知らせること、

②伝えた内容を理解させること、

③理解させたら、ちゃんとやらせること、


 この三つには、それぞれ別の組み立てや、やらせる力加減が必要だと分かっていたと見えます。


 それは、

①人が何によって『知りたいと思うか』

②人が何によって『知るから理解へと変わるか』

③人が何によって『ちゃんとやろうとするのか』


 このような心理的作用と情報力の相乗作用を、上手に使いこなしてるのです。


 それを徹底して、更に生活の中に根付かせ、実戦を通して改善し、褒美を与え、名誉を示してきたのです。

 戦いには、生活のために普段から備えていた戦力や、戦術、戦略を練って、そして時には相手への服従や降伏なども入れて、敵に挑んでいました。



 もし、これからの危機管理訓練を提案されるなら、

『先ず、今までの形に拘りすぎた訓練を全面否定させることを、最初の訓練として、担当者にやらせてみることです。』


 組織の上の方は、従前否定を好まない方が多いのですが、従前の訓練を否定させた担当者に、それでは良くしろとは絶対に言わないで下さい。


 その、問題が分かったら、先ず何を真っ先にやればいいのか決めさせて下さい。それも、とっかかり易いことから始めさせて下さい。何でも構いません。途中で止めても、別のことに摩り替わっても何ら問題ありません。

 別の視点を養う訓練が、これからのスタートラインだからです。出来ないを確認し、別の方向から打開策を模索するのが、とても大切なのです。



《個別具体の訓練プランの題名を示します》


㈠ 通常経営(運営)と危機管理のバランス訓練

  企業の通常営業をやりつつ、同時並行で危機管   

 理体制を組み立てる初動の訓練


㈡ 見直す勇気と決断力の訓練

  通常使えているネットワーク機能が不通になっ  

 た時の、社内連絡体制の構築


㈢ レスポンスの速さと評価の透明性の訓練

  社長(指揮者)の指示が、どの程度の範囲に、 

 どの程度の正確性で伝わり、いつまでに結果と実

 態評価が上がってくるかの訓練


㈣ アナリストや専門家集団等の活用訓練

  アドバイザー契約されている場合は特に、訓練

 に巻き込むと、相手の力量が確認できます。ま  

 た、別の展開で、行政情報や地域のライフライン 

 等の情報活用に繋がる訓練


㈤ 反対意見や不利益者への対応訓練

  サービス職や営業職、あるいは窓口担当と、庁  

 舎警備との訓練です。クレーム対応や臨時の協力 

 を求められた際の訓練


㈥ 個別問題解決訓練

  飲み水がない、充電電源がない、トイレが使えない、

  エレベーターが止まって中から救助を求めている

  固定電話や携帯が使えない 近くで火事が発生した 

  天井のスプリンクラーから水が出ている




第五 企業の危機管理をどうするか

 今、一番活発な動きを見せているのが企業の危機管理だと思います。ただ、良い面と悪い面が明らかになっていますので、その点を紹介します。


 例えば、以前、情報産業やバイオ等の技術は、法律を制定する間にも技術革新が進み、やっと法律が制定された段階で、既に陳腐化していたことがありました。今は、法規制ではなく、通達、告示、産業基準を行政と業界が一体的に技術規定を作っています。

 ところが、その仕組みにも追い付けない程のスピードで変化する事態に、柔軟かつ適確に対応することが求められるのが、今です。これはコロナ対策に限ったことではありません。

 企業の所管部署が、コロナの影響と地球環境と武力衝突、そしてそれに翻弄される世論を対象に、効果を期待できる細かな計画を作れるとは考えにくいので、次の点を提案します。


1点目 危機に対してブレない基本方針を示す。

2点目 トップの指示で、その都度の留意点を示す。

3点目 悪い情報や疑問を感じたことを優先させる。


 特に難しい点は、情報の吸い上げ方です。ある意味で何でも良いから上げていいと言うと、先ず普通は上がって来ません。その時にどれを優先して上げさせるか。更に参考情報をそこに付けさせる等の、情報の呼び水方策を決めておく必要があります。

 

 私だったら、今若者に人気のRPGゲームに近い組み立てで、吸い上げた意見や情報にポイントを付け、ガチャや戦闘(議論)、過去の教訓をやり取りするプランを提案したいですね。

 そのくらいの斬新さがないと、求める情報は上がって来ませんし、上がった情報に注目が行きません。


※避けて通れない行政の壁に、企業として戦わずして勝つには、行政を過信せず、足元の自己の危機管理をしっかりやることが必要です。




第六 コロナをどうするか

 いよいよ、本題に迫る話です。

 以前、何方かが「コロナはただの風邪だ!」と言われました。この方は、危機管理を経験されていないと思いました。

 当時の、この発言を包み隠さずと言う危機管理の大前提で申し上げるならば、次の様になります。

『コロナは風邪の一種です。風邪の原因は様々で、その原因によっても、罹った方の健康状態によっても、症状はまちまちです。」


 加えるならば『ただの風邪!と言われる方も一部におられますが、専門機関が調査していますので、しっかりとした情報や対策が示されるまで、慎重な対応をお勧めします。なお、個人でできる手洗い、うがい、マスクの着用、人混みを避ける等の対策も重要です。』


 更に『発熱や呼吸困難、倦怠感等でコロナの発症が疑われましたら、各自治体、保健所の専門相談窓口で、出来るだけ早く、他に感染させない配慮の中で、治療を行うようになさって下さい。』


※危機管理のNGとして、極端なイメージを与える言葉を避けることがあります。これは、強調用語が特にそうで、「ただの✘✘」「つまらない✘✘」「軽めの✘✘」「✘✘はさほどではない」など



《自分の都合だけで、偏った考え方に同調しない》

 先程の『ただの風邪!』だったら、自分にとって都合がいいと思うトップの方が、高らかに感染対策を縮小させたり、一時テレワークを取り止めさせたと聞いております。


◎先ず、コロナの最優先課題は、トップの方々が短期利益追求を我慢することです。そのための、ブレない考え方が必要です。


 そして、コロナの長期対応のための事業プランに、なるべく早く切り替えて、インバウンドや五輪バブルの夢から覚めていただくことです。



《2年間の対策の蓄積を整理する》

 やはり、現場サイドとしての本音は、

『コロナ対策としてやって来た事への整理、再評価をしっかり行って、体勢を組み換え、必要な支援制度やシステムの変更を行いつつ、不動産等の経常経費を見直すことは、分かっていても出来ない。』


◎形に拘り過ぎず、実を求め、優先順序を定めてやれば!


 コロナ対策も3年目に突入すると、経済の話に注目が集まると思います。コロナ禍でも収益を右肩上がりにしている企業や、コロナ関連の棚ぼた企業等のことより、次の企業こそ、危機管理能力のポテンシャルが高いと思います。


①V字回復企業

②需要回復に備えている企業

③コロナ禍でも安定感のある企業



《拠点分散の考え方》

 本社、支社の庁舎が使えなくなった場合の対策として、企業組織の運営要素である『人、物、金、情報、時間』をどう分散するか、なかなか結論が出ないと言うお話しを伺いますが、とりあえず分けてみることをお勧めします。


 これも、実は段階を踏んでから、拠点として機能的に成り立つものです。例えば、拠点への参集方法、内部の使い勝手の習熟、参集者のコミュニケーション等が必要となります。

 やはり、地の利と普段からの業務の延長線上で一定の人員が確保できる分散化が、現実的ではないでしょうか。


◎注意点としては、拠点が立ち上がるまでのレスポンスがとても重要だと言うことです。指揮系統や情報の流れが一時的に複雑になることを想定して、拠点間連携をしながら分散するのが効果的です。


※もっと現実的な話として、支社でクラスターが発生した場合、近隣支社や本社から支援が行くと思います。その場合でも、支社内でテレワークや離隔等の感染予防によって非感染者がいれば対応できますが、非感染者がなかなか確認出来なかった場合は大変なこととなります。


 いずれにしても、支援チームの人選は、支社経験者や欠員者の職種等を踏まえて編成するでしょうが、考え方はまさに拠点分散と殆ど同じですので、一時的な混乱はしっかり想定して、対応にあたっていただきたいと思います。


《コロナ対策を客観視する》

 今の状況のまま、移動制限や集団行動制限(保育、学校、コンサート等の制限)を強化しないと、感染者は増加すると言えます。その増加による医療や家庭への影響が許容できれば、また減少傾向に移ると考えられています。ただ、この制限と生活への影響を見たとき、そのバランスを誰がどの様に決めるのかというと、今はそれがブラックボックスになっています。


 これは、前に述べた危機管理の大前提の三つの要素(包み隠さず、ほか)全てに馴染みません。ですのでこのままだと、罰則でも設けない限り、感染予防の為の制限そのものが形骸化して、効果が薄いものとなります。


 私達に出来ることは、例え政治や行政が対策を踏み間違いても、そのことも含めて自分の危機管理と受け止めて、事態が回復するまで罹患しないよう予防し、罹患しても軽症で済むよう体調を管理し、周りに感染させない日頃の取り組みを心掛ける。それが私達のコロナ対策のブレない考え方だと思います。




第七 政治、行政は変わらない

 日本の政治や行政は危機管理組織ではありません。特に意思決定や体制、実践経験の面で脆弱です。そこに、法律で定めた危機管理をやらせると、出来ないことや知らないことを、任せることになります。

 では何故そうさせるかと言うと、人の生命、身体、財産を扱う権原は、政治や行政が担わないと、重責に耐えられないという消極的な考え方が、過去にあったからです。


 今の情報化が進み成熟した社会では、重責だからこそ、被害を最小化できる組織であれば、そこに委ねるべきだと皆なさんが思うでしょう。その最たる例が『専門家委員会』や『有識者会議』であるはずが、そこも政治の圧力、派閥化、形式化で、役人仕切りの危機管理がやれない組織となっています。


※政治の口出くちだしは最小限度、行政はプロの考えを実行に移す中核を担う。私達は、皆んなの為に協力する。それには、包み隠さず、出来ないを出来ると言わない、私利私欲を捨てて皆んなの為にやるという、当たり前の話しが、なかなか通らないのが現実です。

 政治や行政は変わらずに、また新たな危機管理エラーを生み出すものと考えましょう。それも、私達から見た危機管理の一つです。


◎私がある行政機関で仕事をしていた時、ちょうど東日本大震災が発生しました。帰宅困難者など様々なトラブルが起こって対策に陰りが出たとき、この状態を包み隠さず知らせて、出来ないことを明らかにするよう緊急対策会議で求めました。

 そして、集まった面々からは住民の不安と混乱をあおるだけだと言われましたが、次の話で決着がつきました。

①言わなかった場合のリスクを想像してください。

②住民の不安や混乱は、例えあったとしても一時です。

③こちらが発信した情報が正しければ終息に向かうでしょう。

④逆に、事態が更に悪化し、状況を説明せざるを得なくなった場合を想像してみてください。

⑤住民は不安と混乱を強め、更に私たちに不信を抱きます。

・・・首長の指示は、直ぐに会見を開き説明をしなさい! でした。




第八 次の危機の予測


 いたずらに危機意識をあおることは、かえって危機管理の妨げになりますので、先に危機を予測するメリットをお示しします。二つあります。

①事前の準備による冷静な対応

②将来を見込んだ共通認識によるコミュニケーションの向上


 いわゆる『おまじない効果』に近いものです。


《予測事態》

 ○先ず、コロナに限って言えば、国の大きな政策ミスにより、財政破綻を生じることです。どこからそんなお金が出せるのかの前に、とりあえずバラマキありきの、中身や効果の薄い対策によって、状況がいっこうに改善しない場合を言います。

 これを、コロナを甘く見たことで生じた、『政策の息切れによる財政危機』と称します。


 ○次に、コロナ不況の話しですが、今の株価や為替が持ちこたえているところに、別のマイナス要素の発生により、基幹産業がダメージを受けたり、大手の金融機関、保険会社が倒産したら、一気に不況になだれ込みます。

 例えば、再保険制度や年金制度は、コロナのダメージが既に出ているのに、表には問題として出てきません。

 そのことに対しても、早く適切な危機管理をやって、状況改善を図らないと、国の社会保障制度そのものが破綻する最悪の事態になります。


 ○最後に、外国との協調体制の崩壊です。 

 食料やエネルギー、労働力を海外に依存しなければ、この国(日本)が機能しないという現実を、相手国は交渉のカードとして切ってきます。諸外国との協調体制が崩れれば、間違いなく産業や経済にダメージとなり、コロナ対策も、他の危機管理もおぼつかなくなります。

 コロナに端を発する諸外国との協調体制への影響として、例えばコロナ難民の発生、動物感染による輸入肉等の規制、新規に開発された有効なワクチンや抗ウイルス薬の争奪戦などが考えられます。 

 



第九 改善の糸口

 コロナによる様々な影響が深刻化する中、どう改善し、立て直しを図るかが見えません。市民の中には、この状況に慣れを感じる方がいると思います。慣れは、確かに我慢忍耐に必要ですし、悪しき過去を拭い去ることが出来ます。

 実は、この慣れに改善の糸口があると思います。

 コロナ以前に戻れない事実、新たな新型ウイルスの発生が否定出来ないなら、ウイルス毎に効果が違うワクチンに期待し過ぎず、医療体制を柱に予防性能を高める環境、生活スタイル、就学、移動等の日常行動に慣れて、その効果が高められる技術や投資にシフトするべきだと強く思います。



結びに


 今回、様々な角度から危機管理に切り込んでみました。本来なら、その項目ごとに深く、手順を踏んで展開した方が、理解の深さや共感が得られやすいと思います。

 しかし、コロナの影響がかなり複雑に絡んで、思わぬ形で深刻化する中、危機管理の大前提『包み隠さず等』の軽視や政治、行政の息切れ、責任転嫁が来年度予算の中で明らかになるでしょう。


 それは、コロナ対策関連予算として、各自治体にばらまかれます。しかし、通年の紐付き予算ではなく、単年度で使い切るもののため、継続してやるような人員増、支援サービス等の構築などではなく、生活支援金等の一時支給に変わるでしょう。これは、また増税として返すもので、コロナが早期に終息する前提の考えです。


 仮に、救急医療体制で感染症枠の3次医療の病床ベッドを区市町村に各1床増やすことと、ワクチンを年1回増やすことの何れを選択するかと問われたら、私はもちろん、病床にするべきだと申し上げます。理由は効果が定かである病床と、定かではないワクチンの差が明らかだからです。また、病床のスタッフは重責を担う危機管理チームとして成長しており、新たな危機にも対応できる可能性を期待できるからです。


 私は、危機管理のプロと仰る方に『現場に出て一緒にやりましょう!』と言いたいです。現場に慣れて、その空気感を感じる。そこから見えるものはとても重要です。

 もう一度、スタートラインを引き換えて、エンドラインを先に伸ばすことをお願いします。

 私には、新たに障害者の危機管理というテーマが与えられました。また、お目にかかれる日を楽しみにしております。

 それでわ、宜しくお願い致します。



               作者 カズ ナガサワ

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