#07 温泉の村、そして・・・
「…………ふへぇ……生き返るぅ……」
あぁ~……一仕事終えた後の温泉は最高だぁ~……溶けるぅ~……溶けてしまうぅ~……
早朝に村に辿り着き、朝ご飯を食べ、昼前にはバリカン鹿を全滅、そして今は昼食後のひと風呂を堪能中。
はぁ~、極楽極楽……こんなにもお風呂の素晴らしさと感謝の気持ちを感じたのは今までの十数年間があったからだね!
……いやそれは無いや、そんな風にあの十数年間に感謝をする事とか死んでもあり得ない。
しかしまぁ、ボク以外誰も居ない露天風呂に首まで浸かってぐにゃりと垂れている時間、プライスレス。
何より日本式にも似た露天風呂から見える景色が良い。山の緑と空の青、そしてそれを鏡写しにする凪いだ湖……どれをとっても最高なのに、全部揃ってるとかもう、ね。
これはお酒が欲しくなるなぁ……流石に日本酒に似たお酒は無いだろうけど、無い物は……出しちゃいますか! 飲み終えたらすぐに消しちゃえば良いし!
ん? お酒はハタチから? 此処は異世界です、そしてボクはこの世界の年齢だととっくに成人してます。
もっと言うと前世は成人してました、なので何の問題ありません。
では……パチンと指をひと弾き、タネも仕掛けもございますってね。
手元には錬金術によって記憶から再現した桶とお猪口と徳利が現れた。
中身はもちろん日本酒っぽいお酒、こっちは流石に似たような製造工程で作られてるこっちの世界のお酒で代用した。
確実にこれも過去に他の転生者が関わってる。うん、色は透明、香りも良い、主成分を錬金術で再現した模造品だけどこっちは情報が正確なのだ。
ホンモノはもっと美味しいのかなぁと思いを馳せつついただきます。と、ひと口ぐいっと飲んでみた。
「…………くぅ~……! キくぅ~……!」
少し度数の高いのにしてみたんだけど、良いね、これだよこれこれ。
日本でも出来る所と出来ない所があるけど、これも日本の露天風呂の楽しみ方だよね……まぁ此処は日本どころか宇宙すら違う異世界なんだけど。
この世界でも、とある地方にまで足を延ばせばこれと同じ文化があるみたいだし、頑張ったんだなぁ、どこぞの誰か。
で、先ほどから日本の~と拘ってるので、当然体にタオルは巻かずにお湯に浸かってる、ボクの体に隠すような恥ずかしい所など何処にも存在しないのだ。
その代わり尻尾は洗濯ネットを複数枚重ねたような大きなカバーで覆ってたりする。まぁ、これにはちゃんとした理由があるんだけどね。
答えは抜け毛。ボクみたいな獣人はお湯が毛だらけにならないように獣人用の尻尾カバーで尻尾を覆って浴槽に浸かるのがマナーなのだ。
大量の長毛の抜け毛とか処理が大変だからね? いくら貸し切り状態とはいえ、こればっかりは配慮しないとね。
ちなみに、今この温泉が貸し切り状態なのは貸切ったからじゃない。たまたま今日はお客さんが一人も居ないだけ。何でだろうね? もちろんボクは理由を知ってるけど。
普段の此処は公衆浴場ではなく旅館の温泉、普段なら湯治に来た冒険者とか、温泉の美肌効果を目当てにした女性冒険者がチラチラ居たりするらしい。
冒険者やってるヒトの中にも美容志向というか意識高い系女子はいらっしゃるのだ。そりゃあ誰だって綺麗で居たいよね。
……ま、今のボクには美肌効果とか一切必要無いし意味無いんだけど。
ちゃぷちゃぷとお湯を手で弄びながら思うのは、今のボク自身の事。
今のボクは何も食べなくても餓死しない、逆にたくさん食べても太らない、残っているのは味覚と満腹感だけ。
病気にもならない、並大抵の事では傷も負わない、仮に傷を負ったとしても一瞬で元に戻る、常に最適な肉体を維持し続けている。
体の機能を維持するありとあらゆる反応が単一で自己完結している、そういう風に作り替えたから。
なんならお風呂だって必要無いしトイレすら必要無い。汚れたって汚れだけ分解してしまえばいい。コレで生き物を名乗れるのかと言われると、正直首をかしげてしまう。
事実上の不老不死、肉体という楔がかろうじてこの世界に刺さっているだけの存在。それが今のボクだから。
『鑑定』で世界の全てを知って神様の椅子に座れる権利は得たけれど、そんなモノに興味は無い。
今この瞬間を楽しみたい。
今の自分を得る代わりにボクは『人間らしさ』の大半を代償として支払ったから。
全知へとたどり着いたあの瞬間に、確実にボクは死んだのだから。
……さて! 次はサウナにでも入ろうかな! 出そうと思えば汗も出せるし、こういうのは雰囲気を楽しむだけならボクにも出来るしね!
*
「何だか不思議な子だったなぁ……」
つい先ほど旅立って行った銀色の毛並みをした獣人の少女を思い出して呟いたのは、この村の猟師兼木こりの男だ。
「なんだったっけ? 『これ以上フォレストウルフは狩らない方が良いですよ、威嚇で追い返すだけで十分です』だったか?」
「そうそう、あとは『この黒い鹿のモンスターを見かけたら積極的に狩った方が良いです』だったか?」
男は食堂で仕事仲間たちと喋っているが、別にサボっている訳ではない。単に仕事が無いだけだ。
件の少女が置き土産に置いて行った綺麗に血抜きされた鹿のモンスターが十匹ほどに届けられた為、今日は獲物を狩る必要が無くなってしまったのだ。
「あの黒い鹿のモンスターってありゃぁグラトニーディアーだろう? フォレストウルフ共の事といい、あの嬢ちゃん見た目の割に相当なやり手だよなぁ」
「奴ら一匹づつなら罠でも仕掛けりゃ俺らでも何とかなるが、どっちもあの数だからなぁ」
男たちは知らない、そのグラトニーディアーの大群がここから徒歩で丸二日以上かかるような距離に来ていた事を。
その群れは大規模になり過ぎて森のありとあらゆるものを食らいつくす災害と化していた事を、そして件の少女がその災害をたった一人で滅した事を。
後に、明らかにグラトニーディアーの数が増えている事に気付いた村人が冒険者ギルドを通じて冒険者達に調査を依頼した結果、大規模なグラトニーディアーの侵攻の痕跡を見つける事になるのを。
その痕跡がある地点でぱったりと、まるで神隠しにでもあってしまったかのように消えてしまっている事を。
村の住民は、誰一人として知らなかった。
*
「ほれ、たーんとお食べ」
温泉を満喫して村を後にしたボクは、新鮮な鹿肉を振舞っていた。誰にって? そりゃあ勿論……
「バゥッ!」
「おー、良い食べっぷりだねぇ、よーしよしよし」
「アグアグ……クゥン!」
フォレストウルフに。
後で知ったんだけど、どうやらボクを襲ってきたフォレストウルフの群れは色々あって人の血の味を覚えちゃってたみたい。お互いに運が無かったみたいだね。
で、この子らはアレとは別の群れ、最初は警戒して一定の距離から見守るだけだったけど、こうして新鮮なお肉で餌付……買収……仲良くなったのだ。
この世界ではあまり認知されていないけど、本来のフォレストウルフは非常に賢く、他の生き物の縄張りを無闇矢鱈に荒らしたりはしない。
世に認知されているフォレストウルフは何らかの要因で理性を失うレベルで狂暴化したモノ、若しくは人間が先に手を出したモノが大半だ。
中には賢過ぎて人間を襲っちゃうようなのも居るみたいだけど、まぁそういうのが悪名を広めちゃうんだろうなぁ……
で、何でこんなことをしてるかっていうと、あの鹿を積極的に狩ってもらうようお願いする為だ。
本来彼らの上位種が主にあのバリカン鹿……グラトニーディアーを秘境の更に奥地で減らしてくれているのだが、彼らも数匹であれば問題なく狩ってくれる。
群れはボクが壊滅させただろうって? うん、一番規模の大きな群れはね。
そう、一番規模の大きい万単位の群れは何とかした、けど数百単位の小規模な群れはまだまだ奥地に残っていて、ソイツらがはみ出してこちらに向かってきている。
本当は心配だからこんな半端な事なんてしたくないんだけど……ソイツら全部細々と相手なんてしていられないもの。
ボクはこの土地の守り神じゃないし、元を辿れば今回の騒動は人災なのだ。だったら後はそこらの冒険者の仕事でしょ。
もっと言うと、この後大騒ぎになるような場所にわざわざ行きたくないしね。
ボクの跳んでった森より更に奥地にも見所とか色々あるから、それは落ち着いた頃を見計らってかな?
さぁ、狼さんたち、後の事は宜しくね?
うーん、村の人たちはボクの言ったことをちゃんと守ってくれるだろうか?
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