#06 食った者働くべし
ムロンナ村のすぐ近くにある山『グレイスヤード山』。その頂にボクは立っていた。
それなりに標高が高く、山頂付近に大きな木も無い。その上今日は雲も少なく遥か彼方まで見渡せている。
今のところ異常は無い、でも数時間後にはこの辺りはありとあらゆるものが食い尽くされて更地にされてしまう予定だ。
もちろん、そんなクソみたいな世界の予定はサクッと覆してしまうに限る。
度の過ぎた食欲を持ち尋常ならざる繁殖力であっという間に増える黒い鹿のモンスター『グラトニーディアー』の群れ、その進行はまさに蹂躙。
これを野放しにした場合、人類の生存圏は大幅に減少する。いや、正直人類の生存圏云々は半分どうでもよかったりするんだけど。
ボクがこの場で対応しなかった場合は、この事態が収束するのは数年後、年月による代償は大幅な大地の砂漠化、まさに災害。
ただしこの裏にはとある人間たちが関わっていたりするので、実はこれ実質人災だったりするのだが。
旅に出て早々に他人の尻拭いとはね。全く余計な事をしてくれたものだ、いつかこの代償はきっちり払わせてやる。
閑話休題。
さて、こちらとあちらの数の差は二万強対一、普通なら多勢に無勢どころかゾウに踏みつぶされるアリも同然。
でも、数をどうにか出来る質さえあれば蹂躙する側は簡単に逆転する。ボクになら、それが出来る。
加減もしない、容赦もしない、徹底的に狩る……この世界線なら今のところ奴らに遺恨とかは無いんだけど、別の世界線なら相当の恨み辛みがあるからね。
まぁ、なぶり殺しにしたりしないで気付いた時にはもう死んでる程度の慈悲は与えるけど。
「……来た」
視線の先の地平線の彼方が黒く染まっていく、正直言うとちょっぴりキモチワルイ。
アレが鹿のバケモノの軍勢と思うと、うん……ちょっぴりじゃないな、だいぶキモチワルイね。
いやぁなんというか、壮絶な光景だね……奴らはこちらを目指して走りながら通り道にあるものを片っ端から食い荒らしているみたいで、黒い影が通った後に緑の大地が茶色に変わっている。
マジでバリカンって秀逸な例えだわ。最初に言い出したヒトに座布団を一枚送ってもいい。
ちなみに奴らが今の速度を維持しながら此処らに到着するまで約2時間強……だけど、これ以上の進行はボクがこの場に居る以上決して許しはしない。
さぁ、鹿狩りの時間だ。やる事は全く狩猟っぽくないけど、一撃でキメてやる。
「……空間、観測……対象、認識……さぁ、ズレろ」
パチりと指を一つ鳴らせば凄まじい速度で移動していた黒い影の進行が止まる。さっきので大体群れの九割以上を断裁した。
ボクがやったことは言葉にすると至極簡単、広範囲の空間を観測し、その観測した範囲の空間だけを丸ごとスライドパズルみたいに一瞬でズラしてやっただけ。
あの時狼をまとめて真っ二つにしたのもコレだったりする。空間自体がズレてるから断面が非常に綺麗、ぶっちゃけ切れ味だけならどっかの伝説の剣だって及ばない。ただ……
「……へぇ、今のを避けるんだ?」
本当はさっきの一撃で決めるつもりだったのに、勘が鋭いのがいくらか居たらしい。いや野生の勘ってレベルじゃないな、ほぼ未来予知同然の直感? これはまた厄介な。
恐らく避けたのは群れのボスとボス候補だと思う。人材……いや鹿材(?)が豊富なことで。
もちろん全員無傷じゃない、もっと言うと生きてる個体の中にも虫の息の奴だって居る。
ただボスとボス候補の個体がかすり傷程度でピンピンしてる。マズイな、このまま放っておいたら共食いで進化しちゃう。
モンスターの進化――奴らが動物ではなくモンスターと呼ばれる所以はそこにある。急成長と呼ぶには余りにも急過ぎる、故に進化。
とはいえ、前世のポケットなアレとかデジタルなソレやらと違って急激に姿形が変わるほどの進化は基本的には起こさない。
「……今回のは、例外中の例外」
魔物の中には急激な進化をする特異個体が存在する。災禍や厄災といった二つ名を冠する事もあるその個体、その進化の事を『魔神化』と言うのだけど、今回の奴は放っておけば確実に魔神化する。
本当に魔神化されたら面倒極まりない、たった一体の生物が文字通り災害と化すのだ、タチが悪い。
一応この世界には魔神に対するカウンターが存在するけど、そんなの待ってたら色々と手遅れになる。
「……仕方ない、飛ぶかな」
その場で足をタンと一つ鳴らして山頂から飛び立つ。軽い足音から想像もつかない程の速度で飛んでいく。そのまま空中でもう一蹴り、今度は衝撃波が出る程の速度に加速する。
タネも仕掛けもございます、インチキ飛行術。飛ぶっていうよりは跳ぶ、正直不格好だし着地が難しいからあんまりやりたくなかったけど仕方ない。
それに今回はこれで良いかもしれない。だってそのまま相手に突っ込めばいいだけだから――
「――……はいぱぁー……ぷらずまぁー……きぃーっく」
目標に向かって超音速で飛ぶことで生じた断熱圧縮によるプラズマを纏ったキックがボス個体に炸裂、相手は死ぬ。
さっきは広範囲を大雑把にズラしたから避けられちゃったけど、今回は事前に対象の空間を固定していたから避ける暇さえ与えなかった。
一瞬で消し炭になったボス個体と周辺に居るボス候補のグラトニーディアーの骸がそこかしこに散らばっている。これで群れはほぼ全滅した、けど……
「……やばい、やりすぎた」
吹き飛んだ木々、足元には大きなクレーター。これ、もしかしなくてもボクの方が環境破壊しているのでは?
……うん、どんな能力でもご利用は計画的に……? 元に戻すのもあっという間に出来るんだけどさ。
例のごとく指パッチン一つで死体が消えてクレーターが盛り上がって平らな地面に戻る。死体は空間収納、地面は地属性魔法、やった事はギリギリ常識の範囲内。
ボクは空間の時間経過を巻き戻すとか、そもそもグラトニーディアー自体の存在を最初から無くしてしまうとかも出来るには出来る。
けどその規模の事象への干渉はもはや世界の改竄だ、空間を一瞬ズラすくらいの干渉がボクの中では許容出来るギリギリのライン。便利だから人が見てない所ではドンドン使うけど。
世界を自在にいじくりまわすのなら、どこか適当な星に移住してそこで神様ごっこでもすればいい。
もちろん、気に食わない事は片っ端から潰していくけど、それは世界そのものを改竄してまでやりたくない。
ボクはこの世界の色々が既に既知だけど、知ってるだけでその全てが未体験なんだ。ボクはその全てとまでは言わないけど、出来る限りたくさんを体験したい。
例えるなら無敵チートは使うけどMODは使いたくない、MOD無しのバニラなこの世界を楽しみたい、みたいな? ……ひねくれたゲーマーみたいな例えになっちゃった。
そうだ、マイ○ラで例えれば……周り全員サバイバルモード、ボクだけクリエイティブモード? ……うーん、やっぱり微妙にアレな例え、でもそういうことなのだ。
ゲームで例えたのが良くなかったかな。確かにボク目線だとハイクオリティのVRゲームをプレイしてるみたいなモノだけど。
この世界はゲームじゃない、現実だ。
みんなみんなちゃんと生きている。だからボクは心は読まない、読みたくない。
知りたくない事もいっぱい知れちゃうから。
世の中には知らない方が幸せな事だってあるんだ。でもボクは知ってしまった。
だからこそボクはこう思うんだ、ボクは『この世界の今』をちゃんと楽しみたいって。
……嫌な事考えちゃったな、さぁ、帰ろうかな。
――きっと村にもどって温泉に入ったら嫌な事全部忘れられるよね?