#05 はじめてだらけ
ボクがお屋敷から逃げ出してからかれこれ2日、普段人が決して通らないような森を突っ切るルートを通って小さな村、ムロンナ村に辿り着いていた。
カルデラ湖の湖畔に佇む村で、近くには山もあり湧水が豊富で空気も美味しい、カルデラ湖なだけあって火山も近いためか温泉すら湧いている、知る人ぞ知る名所だ。
ここにはルート的に補給に丁度良かったから寄らせてもらっただけだったんだけど、なかなかいい雰囲気だ。あと温泉には後で絶対に入る、ゆったり浸かれるお風呂なんて奴隷時代は無かったし。
今更ながらよく我慢できたなぁボク、それもこれも全部『隷属』の影響なんだけど、不幸中の幸い? いややっぱ不幸だわ。
そうそう、ボクは色々規格外になってしまっているので簡単にピンチになんかならないんだけど、狼のモンスター『フォレストウルフ』の群れに休憩中に襲われた時は流石にちょっとビックリした。
まぁ驚いた理由は元々気配に敏感かつ力も上の獣人相手に群れで狩りを仕掛けてくるとかいう暴挙に出たモンスターの群れに対してなんだけどね。
そんな阿呆な狼さん達はもれなく指パッチンで真っ二つになっていただいた、合掌――なお、断じて指パッチンの際にかまいたちは出してない。
最短距離で目的地に向かっていた都合上、ボクがあの群れを避けることは出来なかったんだけど、数で囲えば何とかなるとでも思ったのだろうか? 思ったんだろうな。
移動中もずっと気付いてるぞって視線送ってたのに……いや、もしかして群れに気付いて逃げたと勘違いされた? ……あぁ、もしかしたらそうかもしれない。
ボクは相手の心の中だけは絶対に読まないって自分の中で線引きしてるから、そこまではわからなかったな。
ま、本気でボクをどうにかしたいなら群れの規模はアレの千倍は持ってくる事だね! 誇張でもなんでもなく本気で。
ただ、流石にその規模になると村や街が数か所壊滅する規模のモンスターの集団暴走になるかな? そこまで行くと国が総力を挙げて動く規模の災害だし早々発生するモンじゃないから基本的に無関係だけど。
……とはいえ、そんな酷いレアイベントが近々この辺で発生するんだけどさ。だからボクは此処に居る。
此処には補給の為に立ち寄ったっていうのは、つまりはそういう事。この先には人間の住んでる場所はほぼ無いからね、あと温泉。
十数年ぶりのお風呂にゆっくり入りたい。やっぱり元日本人としては温泉って聞いたら入らないわけにはいかないでしょ? 日本の心は温泉と共にありよ!
閑話休題。
この世界には現在の人間にとって未開の地が多く、中には大型モンスターの生息地と化した危険地帯がいくつも存在している。その餌となる中型・小型のモンスターの生息地も同じく。
普段は生態系が安定しているために人間の住んでいる場所まで大量のモンスターが来ることは無いんだけど、天敵が減った際に爆発的に繁殖するモンスターが存在している。それが今回の主犯だ。
ゴブリンか? いいえ、鹿のモンスターです。名前は『グラトニーディアー』。大罪の名こそ冠してるけど、コイツら単体は大したことは無い。そう、単体なら。
コイツらのヤバい所は首が伸びたり二足歩行で走ったりはしないけど、その食欲はまさに暴力。雑食で暴食かつ狂暴で、奴らの群れが通り過ぎた後には草一本残らないとか言われてるぐらい。
そんな大罪の名を背尾える程度にはヤバい鹿が、山を越え谷を越え、平原を砂漠に、山林を禿山に変えてやってくるのである。
この世の地獄かな? いっそ『バリカン鹿』とかに改名すればいいんじゃないだろうか。因みに冒険者の間ではマジでそういう通称で呼ばれていたりするみたい。うわぁ。
正直な話、放っておいても良かったのだ。人助けがしたいとかじゃないし、人知れず地図から村や街が数か所消えるだけの話、この世界じゃ残念ながらよくある事だ。
そんなのいちいち全部救ってたらキリがないし、何よりボクはヒーローがやりたいわけじゃない。
じゃあ何故か? たまたまこの集団暴走の通り道に両親の眠る墓があるってだけの話、それだけだよ。
何せ万単位のモンスターによる集団暴走だ、これを無視すればあのお屋敷は確実に放棄される。別にあのお屋敷にも住人にも未練だとかは何も無いんだけどさ。
ただ、仮にそうなれば……ただでさえ荒地でしかない獣人達の墓場は確実にアンデッドの巣窟になる。身内がアンデッドモンスターになってしまう。
アンデッドが湧く条件は他にもいくつかあるけど、土地の浄化が不十分かつそこに死体が埋まっていたならば、そこからアンデッド系のモンスターが湧く確率は極めて高くなる。
骨があるならスケルトンが、腐肉があればゾンビが、それらが無くとも死体がそこに埋まっていたという『情報』がその場に残っていれば、ゴーストだとかが。
放っておけばそこから更なる上位種が出現し、そこから蟲毒のようにアンデッドの質が練り上げられていくと、アンデッドを召喚する上位種に至る、そうなればそこから先は元を絶たない限り無数湧きだ。
自分の先祖やその友人がアンデッドになる様なんて誰だって見たくないでしょ? ボクの場合、実際にそうなる未来もある事を知ってるから尚更、ね。
荒地に埋められるだけの墓とも呼べない墓場だけど、浄化処理だけはきっちり行ってるから真実を何も知らずに逝った先祖は今のところ安らかに眠ってる筈なのだ。そんなの悲しすぎる。
……なーんて、御託を並べてた事もあったけど。
「もっきゅもっきゅ」
「お嬢ちゃん本っ当に良い食べっぷりだなぁ!」
「もっきゅもっきゅ、もっきゅ」
「あぁ! 無理して飲み込んで返事しなくて良いからな? ゆっくり食べろよ?」
「もっきゅ」
「あの狼共には本当に迷惑していたの、お前さんは村の恩人だからね! もっと食べていいからね?」
「……もっきゅ」
ここは村にある食堂、美味しい料理に温かい場所、賑やかで笑顔が絶えない空間、長い事忘れてたけど、人のあったかさに触れたのなんて本当に久々だった。
あの狼たちは邪魔だったから蹴散らしただけのモンスターだった。素材を売り払って路銀を得るつもりで解体した物を見せたら、すごく感謝された。
素直にうれしかった。ボクが獣人でも気にしない人たちだから? いや、そもそも普通の獣人に対する差別みたいなモノは無い。
獣人奴隷も持ち主の扱いこそ人扱いしてるか微妙に怪しいだけで、家畜の馬や牛を毛嫌いする人が居ないのと同じ。嫌われてたわけじゃない。
なんでだろう? わかんない。ボクは誰かの心の中だけは読まないから。
けど、あぁ、なんていうのかな? この場所が、此処の人々が、とっても良いなって、好いなって思った……うん、それだけ。
たったそれだけだけど、今のボクにとってはそれだけで十分だ。
本当に、ここ数日はこの世界での色んな初めてに出会い続けてる、初めてのモンスター討伐、初めての温かいご飯、初めての温かい場所、初めての温かい人々。うん。
一宿一飯の恩って言葉もあるしね、まだ一飯しかしてないけど。
だからってわけじゃないけど、この場所も絶対に守ろう。
それはそれとして、
「はーい! おかわりだよ!」
「もっきゅ!」
「……本当に良い食べっぷりだね、村の男どもより食べるんじゃないかい?」
「いやいや流石にそこまで食わねぇだろ!」
「もっきゅもっきゅもっきゅ」
今はとにかく腹ごしらえ。腹が減っては戦は出来ないからね。