#02 ジ・オリジン
……結論から言うと、ボクの名前は分からなかった。
ただ、鑑定に失敗した訳じゃない、自分自身を鑑定する事は出来た、出来たのだけど……
鑑定の結果、『ボク』には名前がつけられていない事が分かった。
まさか本当の名を知る以前の問題だったなんて、存在しないモノは調べようがないじゃない。
正直梯子を外された気分だ、ショック過ぎて涙も出やしない。
ただ、同時に新しい発見もあった。
この世界には自身のステータスを表示するアイテムは無い、呼べば出るステータスウィンドウみたいなゲーム的な要素も無い。
だから不思議だったんだ、自身のスキルだとかを把握する方法が無いのが。
今回自分自身を鑑定して分かった事、それは『鑑定』を自身に使えば自分の状態その他を把握出来るという事実だった。
道理で冒険者が『鑑定』を習得するのを推奨されるワケだよ。
こういうのもきっと、この世界で普通に生きてる人にとっては当たり前の話なんだろうな。
本当に知らない事が多すぎる。無知は罪なんて言葉が前世にはあったけど、知る機会さえ奪われたボクらにも罪はあるのかな?
……そういえば前世に親ガチャなんて言葉が……やめよう、今更言っても仕方がない事だ。
それにしても、母はボクを産んで直ぐに亡くなったとは聞いていたけれど、まさか『ボク』の名前をつける余裕すら無かったなんて……いや、実際相当なショックを受けていたのだろう。
猫の人(女)曰く、父が亡くなったという話を聞いた時の母の憔悴具合は尋常じゃなかったそうだし、きっと母はそれほどまでに父を愛していたんだろう。
両親、か……二人が出会ったのは此処なんだろうけど、結ばれる前はどんな関係だったんだろう? 幼馴染? それとも他所から来た? 誰かに聞けばわかるかな?
あ、そういえばボクの祖父母の代の話を聞いたことがないや、その辺が分かればなんとなく色々想像出来そうなんだけど。
子供も出来て幸せだった家族に突然襲い掛かった不幸、か。
……本当にそうなのだろうか?
何だろう、この胸騒ぎというか、得体の知れない気持ちの悪さは? 『ボク』の存在と当時の母の様子が二人の関係を証明している筈なのに。
どうにも漠然とした不安感が拭えない。他人から聞いた情報でアレコレ勝手に想像していたけど、当人がこの世に居ない時点で正確な事なんて何一つ分からないのに。
あぁ……本当に、ボクはボク自身の事を何一つとして知らないんだな。
このお屋敷の奴隷の一人、必要最低限の衣食住は保証されている、それ以外、何もない。
……知りたい。識りたい。全てを知りたい。空っぽのボクの中身を満たしたい。
何度使っても変わらない自身の『鑑定』の結果に廊下を歩く足取りがどんどん重くなる。さっきから『ご主人様』の部屋の出入り口から殆ど離れていない。
何をすればいい? 何をしたら答えに辿り着ける? 諦めたくない、今まで心に蓋をしていた欲望・欲求が溢れ出てくるみたいだ。
この『鑑定』があれば全てを知れると思ったのに、結局知りたかった事は未だに分からず仕舞い、何か無いのかな、何か……
……そうだ、そもそもこの世界の『鑑定』って何なんだろう。
前世のゲームや小説の設定はあくまで参考でしかない、この世界の人々は生まれた時から『鑑定』の存在が当たり前だから疑問なんて持たないだろうけど『ボク』は違う。
この世界で恐らく唯一『鑑定』の情報源が不明な所に疑問を持っている、じゃあその情報源を調べる方法は……?
だったら、『鑑定』を『鑑定』してみたらどうなる?
突飛な発想? 上等だ、ここまで来たらとことんやってやる。それで結果は……?
『鑑定スキル。
あらゆるモノを調べ、詳細を知る事の出来るスキル。
対象を指定して発動すれば鑑定可能。
結果は各個人が認識しやすい形で認識される。』
……これだけ? いや、これは『鑑定』の概要だ、ボクが知りたいのはソレじゃない。
『鑑定スキルの構造』を教えろ。
次の瞬間、何かが頭で弾けたような感覚と何かがカチリとはまったような感覚がほぼ同時に来たと思った瞬間、ボクは意識を失ってしまった。
*
「……失礼いたします!!」
ノックの後、部屋の主の返事が聞こえたか聞こえないかというタイミングで勢いよく扉が開かれ、スーツに身を包んだ執事の男が部屋に慌ただしく入ってきた。
「慌ただしいな、何事だ?」
部屋の主である男――奴隷達から『ご主人様』と呼ばれている男――はあまりにも慌ただしい様子に眉を顰めた。しかし、それも執事の次の一言で大きく見開かれる事となる。
「先ほど『銀色』が階段から転落して……!!」
「……なんだと!? まさか……蘇生は、蘇生は試みたのか!?」
「即座に対応できる者が処置を行いました……ですが…………」
唾が飛ぶほどの大声で怒鳴るように聞き返すが、執事の男の返事を聞いて項垂れた。
「なんという事だ……!!」
「いかがいたしますか……?」
主人の様子に不安げに聞き返す執事に対し、男は首を横に振った。
「……助からんのであれば仕方ない、奴隷たちの共同墓地に埋めておいてやれ」
「……かしこまりました」
*
「…………ここ、どこ……?」
気が付いたら本棚だらけの前後左右上下全てが真っ白の謎空間に居た件。
こういう時は「知らない天井だ」ってセリフを言うべきなんだろうか? でも真っ白過ぎて距離感が掴めない、ここ天井あるのかな。
なーんて、ボケ倒してる場合じゃないな、えーっと意識を失う前に起きた事といえば……なんか頭の中からブツンって音がした気がする……あれ?
アレってもしかして脳内出血だったりする? え、てことはボク死んだ? ボク死んだ!?
馬鹿な!? どこだ、どこに間違いがあった!! ……うん、前世で好きだったキャラクターのセリフが咄嗟に浮かぶくらいには余裕があるね、よし、現状について考えよう。
さて、まずはこの空間についてだ、割と創作物にありがちな死後の世界っぽいけどそれだけじゃない点が一つある、この大量の本棚だ。
地平の果てまで続いてそうな無限の本棚、単に図書館と呼ぶにはあまりにも広大で……いや本当に果てが見えないや、どうなってるんだろうコレ。
唯一この白い空間にあるのがこの本棚、となるとまず調べるべきはこの空間がどこまで続いているのか、とかではなく……
「…………この本たち、だよね……」
奇妙な事に背表紙には何やら読めない文字でタイトルが書かれている、そして本の背表紙はとてもカラフルかつ本の厚さなどもバラバラで無秩序に入れられている。
こういうのは隠し扉を開いたりする時に本を入れ替えたりしたら装置が作動したりするのが割とお約束だったりするけれど、色別にわけて揃えたら変化があるんだろうか……ん?
「……なんだろう、この、銀色の本……?」
その1冊だけが妙に目を引いた、というか明らかに浮いていた。さりげなくお読みくださいと言わんばかりにギンギラギンに輝いていた。
他の本は背表紙が茶色だの黒だの割と普通の色をしている上、背表紙にも何やら読めない文字でタイトルらしきものが書かれている。
中で、その銀色の背表紙の本だけ何も書かれていない。
「……無名の銀色の本、まるでボクみた……い……」
まさか、と思って慌ててその本を本棚から引き抜いて中を開いて、思わず目を見開いた。
「……こ、れ……『ボク』だ…………」
その本は『ボク』だった、『ボク』そのものだった、『ボク』のすべてがそこに綴られていた。
パニックになるとネタに走りたくなる人、居ると思います。