#01 欲しい物、知りたい物
「……欲しいモノ、ですか……?」
「うむ、流石に何でも……とは言えんがな」
ある日『ご主人様』の執務室に呼び出されたボクに告げられたのは、唐突な褒美の話だった。正確には褒美ではなく、ボクの父から受けた恩に報いる為だとかなんとか。
17年前、『ご主人様』が出掛けた先で魔物の襲撃を受けた事があって、その時あわやという所を父が庇って助けた、というのは以前ボクも聞いていた。
それが今回の話と繋がるんだけど、どうやらその時の父の最期の願いが、残された母ともうすぐ生まれる予定だったボクの事だったんだとか。
でも母はボクを産んですぐに亡くなってしまった……産後の肥立ちが悪かったっていうけど、きっと父の事がショックで立ち直れなかったんじゃないかな。
で、母の事をどうにか出来なかった分、ボクにそれらが丸々回されたみたい、タイミングが今なのはボクが成人を迎えるまで待っていたから。
子供のうちに適当な願いで済ませてしまう訳にもいかないと思っていたって、『ご主人様』も律儀だなぁ。
ただ、急に欲しいものは何かないか、と言われても正直言って困ってしまう。何せこの世界で欲しい物なんて言われても……
……いや、一つだけあった、どうしても知りたい事が。そして、ソレを知る事が出来るかもしれない手段についても見当がついている。
大丈夫かな? 以前調べた情報ならアレのスキル習得用の道具、スキルスクロールだっけ? あのスキルは希少性なんて無いに等しいはずだから安価で手に入るはず。
「………………。でしたら……」
「おぉ、決まったか、何が欲しい?」
「……『鑑定』の、スキルが欲しい、です……」
ボクの発言を聞いた『ご主人様』から睨まれたかと思うほどの鋭い視線を寄こされたと思ったら、よく見ると確かに眉間にしわが寄ってるけど眉がハの字になってる。これが『ご主人様』の困惑顔か、初めて見たけど地味にコワイ。
まぁ困惑されても仕方がないか、何せ本当に希少性皆無のスキルみたいなのだから。普及率で言うと、平民以上なら持ってない人間の方が少ないぐらいだったかな?
もっと言うと、冒険者稼業ならギルド側が取得を推奨して格安でスクロールを販売しているぐらいらしい。だからこそずっと奴隷だったボクは持ってないのだけど。
――『鑑定』スキル。
それは、ファンタジーなゲームっぽい異世界ではごくごく普通のありふれたスキルや魔法。
大抵は説明用の便利な代物でただの情報源。世界によっては希少性が高かったり、存在が認知されていない程希少な場合もあるけれど、そういうのは例外中の例外。
前世の有名な国産RPGなんかでもほぼ必ず登場したりして、アイテムだとかを調べ、それが何であるかを知る事ができる、割と当たり前の存在。
作品によっては消費アイテムだったり、フレーバーテキストの部分に丸々記されていたり、図鑑系アイテムが代わりの役割を果たしている場合もあるけど、それはそれだ。
で、前世じゃありがちなファンタジー系創作物みたいなこの世界に転生した『ボク』は、ある日その事に疑問を抱いた。
そもそも『鑑定』のスキルや魔法とは一体何なんだろう、と。
作品によっては、使えば頭の中に調べたそれらの情報が浮かんだり、音声で読み上げられたり、目の前に文字とかで表示されたりする。
だが、自分の頭の中にそれらアイテム等の詳細な情報など当然存在しないというのに、どうしてそのような結果が得られるのだろうか?
それらの情報は一体どこから来るのだろうか? アイテムだとかから直接読み取っている?
だったら何故、どういう用途に使えるとか、こうすれば良いとか、そういうアイテム本体が持っていないような情報まで取得出来るのか?
そう、大抵の場合『情報の出所』が不明なのだ。
これがゲームの世界なら「そういう仕様だから」、ゲームっぽい異世界なら「これはそういうものだから」という言葉で済ませてしまうんだろう。
実際そんな所に疑問を持つ人の方が珍しい、というかまず居ないだろうし、便利な物は便利なんだから中身とかどうでもいいだろうで済ませちゃう人が大半だ。
けれど、そんなに簡単な方法で未知が既知に変わるというのがどれ程凄い、いや恐ろしい事か。
前世で言うスマホやパソコンで知らない事を調べる感覚に近いが、あれらは誰かが調べた情報が載せられている所を見ているに過ぎない。
そうやって既に先人が通った道ならばまだいい、けれど、その世界で未発見だったモノの詳細な情報が簡単に手に入るなど本来ならあってはならない。
とはいえこれは前世での価値観がそう思わせているだけなのだ、どう説明したってデタラメな代物と感じてしまう事に違いはないけど。
けれど、だからこそ。
ボクがこの世界で一番知りたい事が知れるかもしれないんだ。
「……本当にそんな物で良いのか?」
「…………はい……」
「……お前は本当に欲が無いな」
ボクの方を何とも言い難い顔のまま問いかけた『ご主人様』に力強く頷いた。まぁ普通の人からすれば本当に『そんな物』レベルの代物だからね、呆れられても仕方ない。
でもボクから見れば喉から手が出るほど欲しいモノ……に手が届くかもしれない手段なんだ。
「わかった、余りならいくつか手元にあったハズ…………む、これだ」
「……あ、ありがとう、ございます……」
「うむ」
ため息交じりに頷いた『ご主人様』が引き出しを漁ってボクに手渡したのは、小さく丸められた羊皮紙の巻物だった。
広げてもA5ぐらいのサイズしかないソレには、複雑な図形……多分魔法陣的なモノ? それとボクには読めない文字で何かが書かれている。
「床か机に広げて手を乗せてみろ、そうすればスクロールの術式が起動する」
「……はい」
言われた通りに早速床にスクロールを広げて手を乗せてみると、途端にスクロールの図が輝きだした。なんだか暖か……いや熱っつい!?
や、火傷する程じゃないけど……!! 冷えた体で熱いお湯に浸かった時ぐらい熱っ!? しかも手が離せない!? 何これ何これ!? ……あ、離れた。
手から離れたスクロールを見てみると、書かれた文字だけがまるで焼け落ちるかのように発光しながら消えていった。うん、これぞまさに魔法ってカンジだね。
さっきはあまりの熱さに内心パニックを起こしてしまったけれど、どうにか習得出来たみたいで良かった。
さっそく習得出来たハズの『鑑定』を使ってみよう。とはいえいきなり大本命はちょっぴり怖いな……
えっと、確かいちいち言葉に出す必要は無くて、念じるだけでいいんだっけ。ちょうど良さそうなモノは……この部屋に敷いてある絨毯かな。
さぁ、どうなる? 『鑑定』っと。
『赤い羊毛の絨毯。
ディーヴァスカーレットの花弁から抽出した染料を使い、
フーリン染めで染めたランペイジシープの羊毛で作られた絨毯。
品質:高品質。』
うん、本人の知識量に一切関係なく情報が供給されている。これなら、いける。
それにしても変な感覚だ、どれもこれも知らない単語だらけ……いや嘘をついた、前世の世界の言語がごちゃまぜになってる気がする、なんて多国籍な異世界なんだろう。
きっと転生者が他にも居たんだろうな、ボクみたいなのが此処に居る時点でその辺はお察しか。まぁ今はそんな事はどうでもいいんだ。
やっとだ、やっと……本当に長かった。ずっと不安だったんだ、自分が何者なのかはっきりしないような嫌な感覚が、それがたまらなく辛かった。
あぁ、これでようやく知る事が出来る。
――両親がくれたハズの『ボク』の名前を。