炎上(物理)系VTuber
炎上寺ホムラは炎上系VTuberである。
VTuberとは某Tubeでアバターを用いて動画投稿をしている人たちのことである。VTuberも戦国時代であり、よほど面白いか個性的でなければ埋もれてしまい、金銭を得られるほどのチャンネル登録者数に達しない。
炎上寺もチャンネル開設当初は、他のVTuberと同じようにゲーム実況をしていた。しかし、彼にはゲーム実況の才能はなく、ライブ配信を行っても同時接続者はほとんど0人。たまに何人か興味本位で見てくれるが、『つまんね』『声キモッ』『死ね死ね死ね』などの罵倒コメントを残して去っていく。アンチというよりかはただの荒らしである。
「どうして、誰も俺の配信を見てくれないんだ……? ガワが悪いのか? ……いや、ガワはかなりのイケメンだ。だったら、悪いのは俺の声? 確かにダンディーな声でも、イケメン声でもないけど、別にキモくはないはず……。だとしたら、だとしたら……」
炎上寺ホムラこと佐藤太郎は考えた。
大手事務所に所属していない個人VTuberが人気を得るためには、圧倒的な面白さ(話術)や他のVTuberにはない個性がないといけない。しかし、自分には何も強みがない。
人気になるためには、まずは知られないといけない。今はまだ、炎上寺ホムラというVTuberの存在をほとんど誰も知らないのだ。知られないといけない。知られないといけない。知名度をアップしなければ……。
どうすれば知名度をアップできるのか? 動画サイトを漁って、様々な人物の動画を見てみた。それから、某Tube関連のネットニュースを読み漁った。そこで、あるワードが目に入った。
『炎上』
炎上とは、不謹慎な発言等で炎のように燃え上がり、批判や誹謗中傷コメントが殺到することだ。炎上することで、(悪い意味ではあるが)目立つことが――知名度を上げることができる。一番手っ取り早い知名度の上げ方、それが炎上だ。
悪名は無名に勝る、と言うじゃないか。炎上させて知名度を上げよう。知名度を上げて……それでどうする……? 自分はどうしたいのだ? どうなりたいのだ? 今一度、よく考えてみる。
別に、金が欲しいわけではない。欲しいのは『人気』と『知名度』――つまりは、有名になりたいのだ、たくさんの人にかまってほしいのだ。そういった欲求が、どす黒い澱となって心の底に溜まっている。
「そうだ……俺は有名になりたいんだ、かまってもらいたいんだ! そのために、俺は炎上系VTuberになるぞ!」
そう決意した日から、炎上寺ホムラはゲーム実況をやめた。
新たに始めたのは、野良猫をエアガンでいじめる、ハムスターをボール代わりに使った遊び、バナナの皮を道端に設置して通行人が転ぶか観察する、大型商業施設で「火事だ!」と大声を上げる、血糊をふりかけて死んだふりドッキリ、などなど……。
大量の批判や罵倒コメントがついたが、今まではほとんどコメントがつかなかったのだ、それがどんなものであってもコメントをもらえるだけでうれしかった。
チャンネル登録者もかなり増えた。100人に満たなかったのが、今では10万人を突破した。動画の内容が過激なので広告収入は入らないが、空っぽの心は満たされた。ライブ配信では視聴者にやってほしいことを募り、その中で炎上しそうな過激なことをやった。
炎上寺ホムラはVTuberである。ライブ配信や動画に出すのはイケメンアバターであり、佐藤太郎の顔は出さない。そのことを指摘し、『意気地なし』『顔を出す勇気がないのか』『卑怯者』などとコメントする者もいたが、徹底的に無視した。
そうだとも、自分の顔を――情報を晒す勇気が佐藤太郎にはない。安全地帯から火矢を放っているだけなのだ。炎上しても、彼にはリスクがない。個人情報をネット上にばらまかれることもなければ、住所を特定されて突撃されることもない。
だから、炎上寺ホムラはエスカレートした。
もっと炎上を。もっと人気を――チャンネル登録者を。ネットニュースに取り上げられたい。日本中の人に、炎上寺ホムラというVTuberを認知させたい。
「もっとだ……もっともっと燃えてやる!」
ある日、いつものようにライブ配信で、炎上寺ホムラにやってほしいことを視聴者に募った。コメントが大量に流れていて気分がいい。それらを読んでいると、面白いコメントを見つけた。
『ネット上だけじゃなくて、実際に――物理的に炎上させるのはどうですか? 「家、炎上させてみた」とか』
「うん、物理的に炎上か……。面白いな」
配信終了後、佐藤太郎は深夜の住宅街を歩いた。放火しやすそうな家がないか探す。人が住んでいる家を燃やすのはまずい。空き家でなおかつ周囲に家が建っていない家――そんな条件を満たす良い家が見つかった。自宅から徒歩30分のところにある、木製の二階建ての古民家。長い間使われていないようで、家の周りには雑草が背高く生い茂っている。
「これなら、燃やしても構わないだろ」
というわけで、次の日。
家を燃やす準備を整えて、現地から配信を開始する。
「炎上寺ホムラの炎上ナイト! 今日は視聴者さんのリクエストにお応えして、『家、炎上させてみた』を行おうと思います!」
アバターが画面の隅でにこにこ笑っている。映像には佐藤太郎の手元が映っている。パチパチパチ、と拍手する。同時接続数は1万オーバー。これは伝説になりそうだ。
「燃やすのはこちらの家。ボロボロで燃やしがいがありそうですねー。あ、安心してください。この家に誰も住んでいないことは確認済みです」
カメラを持って移動する。
ズボンのポケットからマッチ箱を取り出して、からからと振る。
「燃やす手段はマッチでーす。いやあ、古風ですねー。では、さっそく燃やしてみましょう。良い子は真似しないでね」
マッチ箱からマッチを一本取り出すと、擦って火をつけた。
実際に火をつけるつもりなんてないだろう、と思っていた視聴者たちが慌てだした。コメントがものすごい勢いで書き込まれるが、家に火をつけようとしている佐藤太郎はもちろんパソコンを見ていない。
『おいおい、本気かよ!?』『ヤバすぎるだろ』『警察に通報しました』『これ、垢banされるぞ』『炎上寺ホムラ、オワタ』『逮捕されるな。ざまぁwww』……。
火のついたマッチが家に投げ込まれた。
火はあっという間に勢いを増していき、家全体を包み込んだ。周囲に家はないので、燃え移る危険性はないだろう。誰も使っていない家が一軒、黒焦げになるだけだ。
佐藤太郎は家から離れると、パソコンをチェックした。カメラは燃え盛る家全体を映し出している。コメントはこの家のように大炎上。同時接続は――2万5千! 最高記録だ!
「みんな、見てくれてありがとう!」
アバターが笑顔で口をぱくぱく動かす。
視聴者数はまだまだ増えている。何万という人々が、自分の配信を見てくれている。ものすごい勢いで流れるコメントの数々は、そのほとんどが炎上寺に対する罵倒だった。耐性がついているので、もう何を言われようと気にならない――と思ったのだが。
『垢ban』
そのワードに背筋が凍るような悪寒が走った。
アカウント削除されてしまったら、今まで築き上げてきたすべてを失う。また一から始めなければならない。いや、もしかしたら、永久に凍結されて、この動画サイトから追放されてしまうかもしれない。そうなったら、本当にすべてを失う。それは嫌だった。
謝るべきか、と考えた。いや、もう遅い。放火してしまったのだから、いまさら謝ったところで何の意味もない。それに、謝るのは彼のちっぽけなプライドが許さなかった。
佐藤太郎は『垢ban』に恐怖を覚えたのだが、実際にもっと恐怖を覚えるべきなのは『逮捕』である。彼は放火するところを自ら撮影した。証拠を残したのだ。逮捕されるのは時間の問題だった。
「ぐうぅ……」
何万というコメントが流れる中、炎上寺ホムラはライブ配信を終了した。動揺しているのを表に出さないようにするのが精いっぱいだった。
配信終了後、夜道を歩きながら佐藤太郎はわんわんと泣いた。『逮捕』という二文字が頭にちらつき、恐怖で吐きそうになった。自分は調子に乗っていたのだ。やりすぎた。放火なんてすべきではなかったのだ。
それから、一週間後。
佐藤太郎は逮捕された。
◇
『炎上系VTuber逮捕』
炎上系VTuberとして一部界隈で有名だった炎上寺ホムラ(本名:佐藤太郎)が、民家に放火したとして逮捕された。佐藤容疑者は放火の様子を某動画サイトで生配信していた。放火の動機について容疑者は「有名になりたかった。かまってもらいたかった」などと述べている。