死ぬなら理想はベッドの中でがいいですね。
日常で「死」という感覚を感じる機会は少ない。
特に都会のサラリーマンが、日頃愚痴っている「仕事で死ぬ」とはベクトルが異なる。
今彼に迫っている「死」とは本能的かつ、生命の危機を訴る死である。
となれば、人はどうなるか?
選択は二つしかない、「受け入れる」か「足掻く」かだ。
常人ならば、それ以外の選択肢を持ち合わせる事はできない。
ただ彼に場合、幸運だったのは第三の選択肢を得ることができた点であった。
さて話を戻そう。
「あっ....やべぇ緊張で身体が震えて...、動けねえ...こうなる事なら湖なんて潜るんじゃなかった...、絶対死ぬ。
蜘蛛の野郎しっかりと周囲を警戒しながら、蜘蛛の巣を周囲に張り巡らせてやがる...。」
決して獲物を逃すまいと蜘蛛は、移動しながら木の枝の間に蜘蛛の巣を張り巡らせながら移動している。
移動するたび段々と目の前の逃げ道が無くなっていくが、逃げようと動く瞬間に蜘蛛が尋常じゃない速度で彼の目の前に立ち塞がる。
何回かフェイントをかけ逃げようとするものの、捕食者としての実力が獲物を取り逃す訳もなく、彼の精神をゴリゴリと削っていく。
「い...やだ!こんなの...こんな死に方!
誰か...誰か助けて!お願いします!
もう悪いことしません!人を助ける素晴らしい人間になります!だからだづけでっ...ぐだざぃいい...」
号泣しながらも悲痛に叫ぶ獲物の姿を見て、蜘蛛はようやく観念したかと捕食するための気管を開いてみせた。
(ぐちゃぁ)
蜘蛛はゆっくりと獲物に近づく。
お前はここで食われる、諦めろと、助けもなくただ残酷に死をぶち撒けろと。
「あっ...死...」
目の前に迫る大型捕食者の口を見つめ、今までの一生を振り返る。
何も、何もない。
ただひたすらに浪費し、消費し、終わる。
何も。
何も。
何もない。
なんだ、結局おれには誰も何も求めてない。
期待もない。
結局何も無かったんだ。
最後に治験の獲得能力ってなんだったのかだけ、気になったがそれももういい、ここで俺は死ぬ。
終わるんだ。
最後にちらりと目に入ったのは、左手に掴んでいた治験の説明書だった。
そこには「Roots Of Mineは?」
と書かれていた。
このタイミングで最大級の嫌味としか思えない、煽り文が彼の生死を分けた。
「ふっ....ふざけんな!
こんな最後だけは、認めねえ....ぞおおお!」
と蜘蛛の口が頭を捉える寸前で、蜘蛛の腹の下に滑り込む。
がチン!と金属が擦った様な音を立てる。
あんなの食らったら、死ぬ。
綺麗なハーフサイズで終わっちまう。
蜘蛛も諦めていた獲物が、いきなり目に光が戻ったというのが理解できないでいた。
なぜ?今までの餌は、あの目になってまで足掻く事はなかった。
むしろ自ら差し出し、弱肉強食の掟を受け入れ華やかな最後を成就していたはずだ。
怒りを覚えながらも見失った獲物の位置を探すと何と腹にしがみついているではないか。
許せない。
許せない。
許せない。
しかも、この匂い!嫌な匂い!
不快、不快、フカイ、フカイ、フカイいいいいい!
今すぐにでも不快の原因となる元凶を、振り払わんと必死に、転げ周った。
何度も飛び跳ね、身体を振るが、獲物は剥がれない。
クソ!ヨワイエサ!
ニゲルヒキョウ!ユルセナイユルセナイユルセナイ。
正常な判断を失った蜘蛛にとって、最大の誤算は「湖」にあった地獄の化物を寄せ付けなかった元凶が、獲物が握りしめていた事であった。
そしてその宝石の効果が、浄化の根源である吸着と分解であった事であった。
「何だこりゃ段々と蜘蛛の動きが弱ってきてるぞ?」
想像して見てほしい、人間に対しくっついてる部分を分解して原材料に戻す、スーパー凶悪なアイテムを当てられたとしたらどうなるだろう。
答えは簡単。
部分的でもそれはそれは素敵な「とろとろ」クリームポタージュな結果が待っているだろう。
蜘蛛の腹にはまさにそれが起こっていた。
「!!!!!!!!!!!!!!!」
時間にして5秒程度だったが、宝石が効果を発揮するには十分な時間だったらしい。
蜘蛛の下半身は、首から下が綺麗に溶けきって無くなっていた。
「Gayaaaaaaaaaaaaaaaaaa......」
下半身を溶かされ、生きる気管を失った蜘蛛はその場で崩れ落ちる様に崩れ落ちた。
ドチャッ
「うげええええええっ....小学生の時に食ったセミの内臓の味がしやがる。
しかし、俺まだ生きてんのか....なんで、急に蜘蛛の腹にくっついたら溶け始めて。
そうだ!この宝石....、くっつけたものを溶かしてるのか...
でも俺の身体なんで平気なんだ?
この宝石の性能だと丸々くっつけたところを根こそぎ、溶かしてるから同じように右手が綺麗さっぱり無くなってるはずだ。
なのになんで、平気なんだよ.....。
わかんねえ....
とりあえずこの蜘蛛の体液臭いのをなんとかしないと、罰ゲームのポタージュスープにフォンデュされてる感じだ....。」
しかし澄んで美しかった湖は、真っ暗なヘドロだまりへと変貌していた。
「ウッソだろ!あの綺麗な水が宝石を取っただけでコレかよ!
って水....、こんなやばい石が入った水で俺は顔洗って...飲んで...
そうか!水!説明書になんて書いてやがった!
摂取した根源を「混ぜる」能力...!
こんなやばい宝石が入ってた湖だとしたら、普通の水じゃない。
むしろ飲んだやつを全て溶かすぐらいのやばい水だったってことか...、だから化物もここには近づかなかったのか!」
とりあえず無事に助かって謎解きし始めているのはいいが、地獄の3丁目の真っ只中というのをしっかりど忘れしていた35歳であった。