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Phase.9 助けた理由(わけ)

 ローゼンがロイくんとわたしを呼びだしたのは、とっくに廃業になった小さな食堂(ダイナー)でした。


 正午の明かりがいっぱいに射しこむはめこみのガラス戸にはかすかにブラインドが引き下ろされていましたが、どこもかしこも完璧に清掃されています。カウンター前の無人のブース席には、わたしとロイくん、二人分だけの食器が並べられています。


 じゅわああーっと、肉汁が弾ける音とともに香ばしい煙が、店いっぱいに立ち籠めていました。カウンターキッチンの向こうの影をみて、わたしたちはぎょっとしました。なんとフライパンをふるっているのは、あの最恐マフィア、ローゼン本人です。


「ろっ、ローゼンさん!なんで!?」

「いいから座れ!こっち見んな馬鹿ども!」


 スーツにエプロンをしたローゼンは、わたしを怒鳴りつけました。こんな人がお料理?と思ったのですが、大人しく席に座って、横目で盗み見ていると、あの凶暴なマフィアがフライパンを操る手つきは、こっちがびっくりするほど確かです。


「おい、完成だ。黙って食え。見りゃ何か分かんだろ。後は言わせんな」


「これ…!」


 わたしたちは、思わず目を見張りました。出てきたのは、なんと大ぶりのプレートに乗った正統派のハンバーガーです。


 紙包みに入れて食べ歩けるファーストフードのハンバーガーと違い、ミンチは壁の置時計くらいのサイズに大きく、炭火で閉じ込めた香ばしい肉汁とスパイスの香りが漂い、これだけでも一品の料理として十分楽しめそうです。


 付け合わせのバンズは、丸ごと輪切りにした新鮮なオニオンに、甘酸っぱい汁が滴るトマトです。甘酢入りのハーブにつけた親指ほどのピクルスは、お好みで。どこまでも直球、恥ずかしげもなくスタンダードなのが潔すぎて泣かせます。


 肉汁でまだ、ぬれぬれとしたハンバーグにソースはなく、素焼きです。瓶のケチャップとマスタードをたっぷりつけてナイフで塗りつけると、そのあどけなさにどこか無邪気な嬉しさがこみ上げてきます。


 ナイフで切った方が食べやすいですが、ここはまず、豪快に丸かじりです。恥も外聞もなくかぶりつくと、全粒のどっしりとしたパンから、火力に炙られたままの熱を持った、ほろほろの肉片が飛び出してきます。


 炭火のスモーキーさを孕んだ肉汁の美味さは、他にたとえようがありません。そのまま一緒に生のオニオンも、冷たいトマトも、我を忘れていくらでも、どんどん入っていきます。


 こんなシンプルで、気持ちいい食欲がわたしの中にあったんでしょうか。気づくとわたしもロイくんも、何かに憑りつかれたように、無言で完食していました。


「どうだ、美味かっただろ」


 ローゼンの粗暴な言い方さえ、小気味よく聞こえてきます。


「小僧、お前、うちで料理はするか?」

「い、いえ!僕も母さんも、外で食べてばっかりで…」

「だったら教えてやる。しっかり、習って行け。おれは厳しいがな。一人前の男なら、家族(ファミリー)にいつでも美味いものを食べさせてやれ。分かったな?」

 ロイくんはすっかり感動してしまい、ローゼンをまぶしそうに見上げています。

「はい!…僕も、母さんにこれ、食べてあげたいです…!」

「よし、いい度胸だ。あとで厨房に来い」


 ローゼンは、優しい口調で言いました。そのとき、わたしはあれっ、と気づきました。あのもんのすごく怖いオオカミが、ロイくんを見つめる視線に、こっちがびっくりするほどの愛情をこめていたんです。


 あとでローゼンは、わたしだけにこう話してくれました。

「おれのうちは移民でな、一家で小さな食堂(ダイナー)をやってた。親父は名人で、おれも当然、親父の跡を継いで料理人になるんだと思ってたんだ」

 まあ悪党を料理する方になっちまったがな、と、ローゼンは物騒なことを言います。

「つまりおれは夢を諦めた男だ。ま、それなりに後悔はしてねえが、手元に残ったのは権力(チカラ)の他にあるのは金ぐらいだ。そんな男が血迷って、夢を持っている女を応援したいと思ったって、悪いことはねえだろ?」

「えっ…」

 そこでわたしはやっと、気づきました。

「じゃ、じゃあもしかして、エリザさんの恋の相手って…?」

「それ以上言ったら殺すぞ」

 みなまで言おうとすると、オオカミは血相を変えて怒りました。

「…確認はしてねえが、あのロイはおれのガキかも知れねえ。だったら尚更名乗れねえだろうが。シルヴィオみたいなカスが、あの親子を不幸にするかも知れねえからな。分かったらこの話は忘れろ。これっきり、おれも話さねえ。エリザには絶対に話すんじゃねえぞ」

「は、はい…」

 わたしはうなずきましたが、なぜでしょう、さっきよりローゼンが怖くなくなりました。だってあんな美味しいハンバーガーが作れる人です。








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