Phase.7 ついに出た禁じ手
「ついに私と同じ行き止まりまでたどり着いたね…」
スクワーロウさんも、さすがに苦い笑みです。エリザさんの裁判も待ったなしのただ中、ロイくんの身も守らねばなりません。こうなることを知っていたからスクワーロウさんは、ロイくんが犯人だと分かっていても、直接追及することを避けていたのでしょう。
「警察がだめ、となると、あとは私の得意技のうちなら禁じ手しかないだろうが…」
「禁じ手…ですか?」
「ああ、もうそれしかないな」
スマホをもてあそびながら、スクワーロウさんは何とも言えない渋い顔をしました。
「どう考えてもあの親子に、協力してくれそうな人間はあと一人だ」
スクワーロウさんは二本の電話を掛けました。一つはお馴染みヴェルデ・タッソ、さらにもう一つは、ロシアンギャングのクマノビッチです。なんか嫌な予感がしました。
『二時間後に、表通りに停まった車に乗れ。黒のSUV。来なきゃそれまでだ』
得体の知れない誰かの不気味な着信が、わたしのところへ届いたのは次の朝でした。
「だっ、誰ですかこれ…!!?」
おびえるわたしに、スクワーロウさんは言いました。
「何も聞かずに行きたまえ。向こうが名乗るだろう。…クレア、君なら大丈夫だ。ハードボイルドを貫いて、仕事をしてきたまえ」
「はっ、はい!」
なんかとんでもないことになってきました。
車は、二時間後にぴったり、指定の場所にいました。三人の体格のいいハスキー犬が出てきて、せっせとわたしに目隠しの袋と手錠をはめました。悲鳴を上げたいのを必死でこらえながら、車でまた、二時間ほど。
「袋を取れ」
電話で聞いた声です。背もたれの硬い椅子に座らされ、わたしは目隠しを取られました。するとそこは天井の高い、どこか大きな家の二階です。窓の外には大きな樫の木がありました。まるで美術館みたいな何もない部屋に、ぽつんと誰かが立っています。
いたのは、みるからに恐ろしい眼光を放つオオカミでした。グレーでごわごわの毛並みに、耳まで裂けた口からは鋭い牙がのぞいています。絶対並みの人ではないです。見たこともない黒の高級スーツに、ダークグリーンのシャツ、漂ってくるオーデコロンの香りまで最上級です。
「お前か、探偵は?スクワーロウはどうした?」
オオカミは急ぎ足の、いかにもいらだった口調で、そう尋ねました。
「はっ、はいその、わたしはスクワーロウさんの助手で、クレアと言いまして…」
「いい度胸をしているな」
スーツのポケットに手を入れるとオオカミは突然、銃口を向けてきました。シルバーメタリックの五十口径です。トリガーを引いたら、わたしの頭なんか丸ごと吹っ飛んでしまうでしょう。
「誰に取引を持ち掛けているのか、分かっているんだろうな小娘、ああ!?おれの二つ名は『冥王』…ローゼン・コルベッティだ」
きっ、きききき聞いてないです!!!
とは口が裂けても言えませんでした。この怖すぎるオオカミが、ローゼン・コルベッティだったのです。いや、でもなんか納得です。相手は二十年以上も闇の世界を裏から牛耳る悪党の中の大悪党です。いつも接しているヴェルデさんとかが大分いい人に見えます。変なこと言ったら、殺される!
「じっ、実はすごく困っているんです!トニー・マンソ事件を担当している、弁護士のエリザさんと言う人が…!」
もう、わたしは急いで調べたことを洗いざらい話しました。だってただでさえ怖いのに、ものすごくいらいらしているのです。話しているうち自分も同じ椅子を持ってきてすぐ目の前に座り、ぎしぎし貧乏ゆすりしながら聞いていて、怖すぎでした。
「ふん!で、トニーはムショに入りそうだってのか?」
「はっ、はい!それで、ですねえこのままだとエリザさんは弁護を失敗します。…っそうなればシルヴィオさんに、あなたの居場所を突き止められたり…色々、大変なことになる…と思うんですけど」
「はっ!お前馬鹿か!そうなったら先にトニーをぶっ殺しゃいい話だ。弁護士のことなど知るか。おれは別に困らねえ。ちょうどいい、シルヴィオの老いぼれじじいとも、決着をつけてやるよ」
なんだこの人。オールケンカ腰です。最初から、話し合いが通じるレベルじゃないです。やっぱりわたしでは、ダメなんでしょうか…?
「あ、あの!」
「なんだ!?死ぬか!?」
(だめだ…)
だめだこの人。本格的にあかん人です。
そのとき、わたしは死を覚悟していました。スクワーロウさんのところへはもう、帰ってこれないかもしれません。わたしなんて所詮、そこまでだったんです。でも、そう思えば、逆に勇気が湧いてきました。こうなったら、言いたいことを言うしかありません。どうせ殺されるなら、わたしの思いのたけを、全部ぶちまけてから死んでやる!
「ハードボイルドを貫いて、仕事をしてきたまえ」
スクワーロウさんの言葉がそのとき、わたしの頭に浮かびました。そうです、ハードボイルドです。わたしなりのハードボイルドを、生き様を、このイカれマフィアに、堂々と見せてから、死んでやるんだ。
「話は終わりか?それとも何かおれに文句でもあるのか?」
「あっ、ありますよう!あなたも男なら!エリザさんを助けてあげたらどうなんですか!?エリザさんは、あなたのためにも、戦っているんですよ!?」
「なんだとこの小娘…!」
オオカミの口の周りの筋肉が、ぴくぴく動きました。爆発寸前と言った感じです。でももう、怖がってたって仕方ありません。わたしは、わたしの仕事をするんだ。
「大体てめえ、なんでそんな女弁護士に入れ込む!?所詮はただの仕事だろうが!?」
「仕事ですよ。でも、心を込めた仕事です。心が動いたんです!…エリザさんが、どうしてあんなに一生懸命がんばるのか、そのわけを知ってしまったから!」
わたしは一気に話しました。エリザさんが、ひと夏に一生の大恋愛をしたこと。その男性に、夢をかなえるよう後押しをしてもらったこと。そのために彼女は、どんな仕事でも一生懸命やろうと心に決めたこと。
こんな粗暴なやくざものに話したって、どうせ鼻で笑われるに決まっています。でもわたしは、そんなエリザさんのためになりたいから、こんなところまでやってきたんです。
「おいちょっと待て…」
話し終えたとき、わたしは気づきました。なんとローゼンの貧乏ゆすりが停まっていたのです。わたしは信じられない思いで目の前の光景を見ていました。いつしか銃を下げた彼はさっきから椅子に腰かけ、じっとわたしの話を聞いていたのです。
「もっと詳しく話せ」
「は…?」
最後にそう言われて、わたしは、何が何だか分かりませんでした。
「どう言うことですか…?」
その瞬間ローゼンは、言いました。
「いいからさっさと話せ!そのエリザって子のことと、息子のことだ!話さねえとぶっ殺すぞ!」
「は、はいいい!」
結局なんなんだろうこの人。