Phase.6 諦めない理由(わけ)
「うーん…これは大分、困ったことになったわね」
そして法廷では、エリザさんがピンチです。次回出廷する予定だった証人のスキャンダルがリークされ、法廷でその証言が使えなくなってしまったのです。このままではトニーに執行猶予なしの実刑判決が下るのは、時間の問題です。
「わたしは絶対諦めないわよ」
この週のエリザさんは徹夜続き、二十人分くらいの活躍を見せています。逃げ腰になった事務所のボスを説得し、次の公判までに新たな証人探し、これまでの公判で使える証拠や証言の洗い直し…。もうこうなると身内以上の徹底ぶりです。被告の両親が泣いて感謝していました。
「エリザさん、どうしてそんなに頑張るんですか…?」
わたしは、さすがに不思議に思って尋ねました。依頼人とは言え、元は赤の他人です。そんなに頑張る底力がどうして出てくるんでしょう。
昼間のエリザさんは一言です。
「ギャングがらみの事件でただの一般人が割を食っているのよ。こんなの絶対許せるわけないじゃない」
夜、お酒を一緒に飲んだ時はこうも言っていました。
「恩人がいるのよ。法律学校への奨学金も出してもらった。以前少し、話したでしょう?若い頃、心に決めた人がいたって」
それはエリザさんが、まだ十代の時だったそうです。たったひと夏、アルバイトでサマービーチのリゾートホテルで売り子のバイトをしたとき、ある紳士と大恋愛したらしいのです。その紳士は、進学するお金に困っているエリザさんに、寄付を申し出ました。
「君のしたいようにしろ。君は、若いんだ。おれの代わりに夢をかなえるんだ」
匿名の奨学金が振り込まれてきたのはその夏、恋が終わった時でした。紳士は決して素性を明かさないままビーチから姿を消し、二度と出会うことはなかったのです。
「わたしはその人のためにも、負けられないの。だからいつでも、依頼を受けた仕事には全力を尽くす」
その夜、酔いつぶれたエリザさんを、わたしはロイくんと自宅まで連れて行き、ベッドへ寝かせました。彼女がどれほど酔っていても、とりあえずこれで明日の昼間では大丈夫でしょう。
「ありがとう、クレアさん。あとは、僕だけで母さんのことはなんとかなりますから」
と、言うロイくんに、わたしは意を決して言いました。
「いえ、ここで帰るわけには行きません。あなたを一人に出来ないから。お母さんの情報を流していたのはロイくん、君ですね?」
わたしはダド警部から預かった資料のコピーを、ロイくんの足元に投げ出しました。
「これは盗品売買のチームの逮捕録です。逮捕されたのは、車上荒らし、路上ひったくりのチームの少年たち。摘発の現場にロイくん、あなたもいたんですね?」
心を鬼にして、わたしは言いました。そう、スクワーロウさんが突き止めたのは、このことだったのです。言うまでもなくこの盗難チームを裏で操っているのは、『牛角』のホープ・ロンブーゾでした。
「あれは…友達に脅されて、変な所へ連れて行かれて…」
ロイくんの顔から、血の気が引いたのが分かりました。盗難車を改造するガレージで、逃げたところを警官に取り抑えられたのですから当然です。
「あなただけは無関係だと立証され、そのままうちへ帰されていますね。供述書にはあなたを拉致したのは、ホープの息のかかった少年だと記録されています。ロイくん、ホープから脅迫を受けたんですね。この少年が供述を覆せば、ロイくんやエリザさんのところへ、警官が来るとでも言われたのでしょう」
「その通りです…でも、あれは仕方なかった!僕は何も悪いことなんかしていなかったし、本当に嫌だった!でも、いじめっ子に逆らえなくて…」
そこでわたしは、話を止めました。さすがに、これはかなりの後味の悪さです。スクワーロウさんがデリケートな問題だと言った意味が、やっと分かりました。誰にも相談できないまま、ロイくんは袋小路にはまってしまっていたのです。
「このことは、エリザさんにも、誰にも話しません。必ず、解決しますから。だからあなたはもう、悪いやつの言う通りにするのはやめて。…お母さんが大事なら、これ以上、悲しませないで」
そこでのわたしに言えることはそれしか、ありませんでした。ロイくんは嗚咽しながらも最後は一応、頷いてくれました。が、もちろん不安が去ったわけではありません。
「そのいじめっ子は退学になったんだ。僕のせいだって言ってる。…言うことを聞かなかったら、いつでも自分と同じ目に遭わせてやるって…」
これは、困ったことになりました。わたしもスクワーロウさんも、ダド警部に頼んでホープを捕まえることは出来ても、さすがにいじめっ子ばかりは追い払えません。