Phase.4 敏腕弁護士の依頼
こうしていつの間にか十八時です。とっぷりとベガスも日が暮れて、連れて行かれたのは、やはりお高そうな個室のお店。今、ベガスで流行りのお寿司の高級懐石です。のっけから、バーナーで表面を炙った肉汁したたる大トロ握りです。なんかスクワーロウさんに悪いような気がします。
「どうぞ、お酒も好きなものを頼んで。今日は遠慮はなしで」
と、エリザさんもさっさとお酒を選んでいますが、わたしは日本酒なんて、飲んだこともなければ、択んだこともありません。
とにかくエリザさんと同じものを!を連発して、あとは黙っています。何を頼んだかなんて分かりません。それにしても、スクワーロウさん、一人で晩ご飯食べられたかな…。
どぎまぎしていると、伊勢海老のお寿司をつまらなそうに摘まんでいる白狐の男の子と目が合いました。学校帰りなので、立派なカフスボタンつきの制服です。みて一発で分かります。これ、ベガス一のエリート育成校の制服です。この子がエリザさんの息子さん、ロイくん。十二歳だそうです。
「あ、あの!お昼間の件ですが、そろそろきちんと、お話しして頂けますか!」
「そーんな!後でいいじゃない。それよりもっとゆっくり、親睦を深めてからにしましょうよ。あっ、そうだスクワーロウさんて、ご結婚とかされないんですかあ?」
「いや、その!スクワーロウさんとはそう言う話は…!」
「えー残念。でもそう言う硬派なところが信用できるのよねえ。…わたしも若いころは心に決めた人が…って、あ、ちょっと失礼トイレに」
気づくとかなり、酔っぱらっているエリザさん。日本酒は効くのです。わたしもさっき、トイレに立ちましたが、思ったより足元ふわふわです。
「…母さんは、いつもこうですよ。…同じペースで飲んでたらつぶされちゃうから。注意した方がいいですよ」
さりげなくロイくんは、自分の分とは別にわたしに酔い覚ましのジュースを頼んでくれました。なんて出来たお子さんなんでしょう。
結局、お食事会はエリザさんに絡まれて終わりました。依頼内容は聞き出せずじまい。なんて言うか、色んな意味で濃ゆい一日でした。スクワーロウさん、わたしの知らないところでこんなに頑張ってたんですね。
ちなみに寿司折を土産に帰ってみると、スクワーロウさんはわたしが出て行ったときと全く同じ姿勢で眠っていました。電気もテレビもつけっぱなし。でもキッチンにナッツとウイスキーだけは、取りに行けたみたいです。風邪を引くといけないので、わたしのひざ掛け毛布をかけてあげました。
とりあえずわたしは、スクワーロウさんのお仕事の記録を熟読することにしました。裁判がらみと聞いてはいましたが、やはりわたしの仕事はその裁判のお手伝いだけではありませんでした。依頼の内容と言うのは、いわゆる内偵です。
エリザさんが用意した、裁判などの記録の情報が洩れているらしいのです。そのためエリザさんはこの事件で何度も、危うい苦戦を強いられています。どうも彼女の身の回りにはスパイがいるようなのです。依頼内容は、その人物の特定とエリザさんの身辺警護。さすがスクワーロウさんが渋るだけあって、高難度のお仕事です。
「被告はマフィアに狙われているの。この一件で、彼を実刑に出来れば刑務所の中で仲間が待っている。そしたら暴力に訴えてでも口を割らせられる、とあの男は考えているのよ」
エリザさんが言う人物は、毎回、傍聴席にそっと現れます。年を経たプードル犬は、シルヴィオ・ロゼッティ、と言うマフィアの幹部です。エリザさんの弁護する被告人はトニー・マンソと言う若い会計士ですが、シルヴィオの目的は、このトニーの口から、さるマフィアのボスの居場所を語らせることです。
それがローゼン・コルベッティ。もう二十年以上姿を現さない大物です。わたしも名前だけは知っていましたが、もはや実在を疑われるほどの伝説のマフィアです。シルヴィオは何としてもローゼンを暗殺して、組織のトップになりたいと願っているのです。
これは、思った以上のハードボイルドでした。
シルヴィオは傍聴席から罠を張り巡らして、虎視眈々とエリザさんたちのことをうかがっています。問題なのは、それがどこに張り巡らされているか、まったく見当がつかないと言うことです。
スクワーロウさんが、エリザさんの仕事を全面サポートして、完全警備の体制を採った理由が分かります。エリザさんの仕事の内容が、いつ、どこの誰からどのようにして洩れているかが分からないからです。
内偵捜査は、トニーの上告が決まるたび実に根気よく続いていました。しかし、洩れる情報の重要度は、年を追って上がり、エリザさんはトニーを守り切れなくなりつつありました。
今回の公判が始まり、スクワーロウさんも焦っていたはずです。他にも忙しい業務の合間を縫って、エリザさんに張りつき、丹念に関係者を洗い出しています。
こうして作り上げられた手書きの人物相関図には本当に、苦労の一言に尽きます。あのエリザさんの関係者なんて、もうどれだけいるか。それでも真相まであと一歩のところまで迫ってはいたようです。
「あー!やっぱりすごい…わたし、スクワーロウさんにはやっぱりまだまだ及ばないです…」
五年もコンビを組んでいながら、そんなことにも気づかなかったのです。それにしてもスクワーロウさん、いったい誰に目をつけていたのか。ファイルをさらに読んでいくと、ページの隙間から違和感のある写真が一葉、転がり出てきました。
「ん…なんでしょうこれ?」
それは、恐ろしく体格のいい牡牛でした。煙草でいぶされた二頭の牛が角を突き合うロゴの入った革ベストを着て、チョッパーハンドルのバイクにまたがっています。どうみてもバイカーギャングです。この事件の関係者には、さっぱりそぐわないように思えます。