Phase.10 リスには向かないこの職業が
「やったわクレア!このまま行けば、実刑どころか無罪かも!」
エリザさんの努力が実ったのは、それからほどなくのことでした。なんとシルヴィオに脅されて出廷を控えていた証人たちが続々と現れ、トニーの疑いはみるみる晴れていったのです。とりあえず小さな違反は残るものの、罰金や奉仕活動で許される可能性が出てきました。エリザさんの熱意が、状況を動かしたのです。
「シルヴィオが逮捕されたらしいね。バイカーギャングの『牛角』と結託して、違法な武器を州外から運び入れていたのがバレてしまったそうだ。…証言したホープはどこかに雲隠れだが、すっかり裏切り者だよ。証人保護プログラムでも受けてこそこそ逃げ回っているんじゃないかな。連中も終わりだな」
わたしが朝、スタンドで買ってきた新聞を眺めながらスクワーロウさんも、ご満悦です。腰の方も大分よくなり、もう少し安静にしていれば、元の探偵業務に復活できることでしょう。
「それにしても、どんなやり方をしたんだい?ローゼンをどうやって説得したんだ?…ロイくんもエリザも、何も教えてくれないんだが」
ローゼン・コルベッティと話した内容はもちろん、ロイくんとわたしの秘密です。しゃべったら消されてしまいますから。もちろんわたしはローゼンの番号を突き止めてくれたスクワーロウさんには折を見て、こっそり話そうかとは思っていますが。
「今は秘密です。でもすごいハードでしたよ。やっぱりわたし、リスには向かない職業についているのかも知れませんね?」
わたしは、苦笑しました。リスがこの仕事をするのは本当に大変です。ローゼンに監禁されたときは、頭からかじられるかと思いましたし。
「よし、十八時終業!今日までお疲れ様!」
エリザさんとのお仕事も、今日が最後です。法廷でのお仕事の付き添いにも慣れて、色んな人に顔と名前を憶えてもらいましたが、ようやく普通の探偵業に戻れます。
「ねえクレア、本当にいなくなってしまうの?あなたさえもしよければ、本格的にこっちのお仕事、紹介してもいいんだけど」
エリザさんはわたしとの名残を惜しんでくれました。
「いえ、申し訳ないですけど遠慮します。お誘いは嬉しいですし、エリザさんとのお仕事楽しかったですけど」
やっぱりわたしは探偵なんです。この事件を担当して、さらに、もっとよく分かりました。だってこの仕事をしていなかったら。スクワーロウさんに出会っていなかったら。
ローゼンに詰め寄られたとき、あんなに勇気を出して、自分の信念をぶつけることなんて出来なかったでしょう。わたしだって、ハードボイルドなんです。
「そう、残念ね」
エリザさんは寂しそうに微笑みましたが、わたしがそう答えることを分かっていたみたいですぐ諦めてくれました。
「じゃあ、お仕事はまた機会があったらね。で、それは別として、ずっと友達ではいてくれるのよね?」
「はいっ、またいつでも呼んでください。ロイくんにもよろしく伝えてくださいね」
「もちろん。…あ、そうだこの後だけど。今日は別のお店にする?」
と言った時、エリザさんのスマホがぶるぶる鳴りました。ロイくんからだとすぐに分かりました。エリザさんの顔がみるみる綻んだからです。
「今日は、帰ってあげてください。ロイくん、食事を用意して待っているんでしょう?」
「どうして分かったの?」
はっ、として顔を上げたエリザさんに、わたしは微笑みました。
「最近、料理を始めたみたいなの。わたしが外食ばかりだから、いつか手料理をご馳走するって。今日がその日だったのね…」
エリザさんは、口ごもりました。本当は、どうしたいかは分かっています。だったら今日は、親子水入らずの日です。
「行ってあげてください。わたしは、別の日でいいですから」
「え…いいの本当に?」
わたしはうなずきました。
「わたしたち、友達じゃないですか。これでお別れじゃないですし。この街にいればいつだって会えますよう」
そう言うと、エリザさんは心なしか、ほんのり涙ぐんでいました。
「クレア…ありがとう。じゃあ、またね」
「はい!お疲れ様でした!」
スクワーロウさんがよく言っています。
この街は、冬眠しない街、リス・ベガスだと。眠らない街で生きていく限りは、わたしたちはいつでも、どこからでもつながれます。わたしの仕事は、この眠れない街で働く人たちを支えること。そしてそんな人たちのばらばらにほどけてしまった縁を、どこかでつなぐこと。
リスには向かないハードな職業です。でもわたしは、この仕事が大好きです。
エリザさんがタクシーで去ったあと、わたしはそのまま歩いて帰ることにしました。春めいた風が通りを吹きすさんでいましたが、暗くなりかけた空の青は、どこまでも澄んでみえました。
さて、スクワーロウさんの介護もあと数日です。やっと手が空きましたし、こちらはこちらでゆっくり、祝杯でも上げましょう。と、思ってスマホを見たらスクワーロウさんから何度も、鬼の着信が。
「どうしたんですか!?」
『くっ、クレア…すっこけた。まったく動けん。早く帰ってきてくれえ』
「大丈夫ですか!?すぐに戻りますからじっとしてて!」
やれやれです。わたしの臨時営業は、どうやらもうしばらく続きそうです。




