言い出せなくて余話1
ー余話1
レッドフォードバンクスのボーカル、ジョニー。本名平間尚志はクラブのソファーとテーブルの間に、挟まるように倒れていた。
黒い服のせいで、酔っ払った取り巻きが見失い取り残された。
バンドはヒットチャートに5曲を喰い込ませ、1位から5位を独占。全国ツアーは発売1時間でソールドアウトした。
しかし、ジョニーは飽きていた。ファンが熱狂するほどに、なんのパッションも感じない自分の胸をもて余す。
思いを込めた歌詞は、どー言う訳か英語に翻訳された。学校では英語が2の自分が丸覚えで歌う。ネットで日本語訳として紹介され称賛される。
「小林智昭みてえに歌いたいんだよぉう」
ジョニーは叫んでみた。
歌いたいだけが聞こえたらしく、マイクを店員がテーブルに置いて行った。
大学でバンドを組んでいた。たまたま通った池上商店街で小林智昭の歌を聞いた。ファッションのバンドを本気でやろうと思った。
だが、やればやるほど反対方向にずれて行く。
そして売れてしまった。バンドの方針は事務所の重役会議で決定され、社員でないバンドメンバーは出席出来ない。決定事項のコピー用紙が配られ期限が決められている。20億を越える金が動くレッドフォードバンクスは、もはやメンバーでは制御出来ない。
ジョニーは眠りに落ちた。
「鍋谷さん。ここ空いてますよ」
その声で目が覚めた。
薄目で見ると、鍋谷エンターテイメントのバカ息子鍋谷徹志が見えた。
売れない女性アイドルを食い物にしていると言う噂から、枕営業専門なんて言う悪い噂の尽きない男だ。
ジョニーは目を閉じた。こいつの悪事をぶっ潰して、父親の鍋谷正治に自分も潰されれば良い。こんな、やりたくもないロックスター稼業にオサラバするにはうってつけだ。
鍋谷はジョニーに気付かず、踏みつけた。
「なぁんだぁ?酔っ払いか?」
取り巻きが言う。
「どかせます」
「いい足置きだ。寝かせとけ」
鍋谷はジョニーに足を載せて座った。
鍋谷はスマホを取り出すと、YouTubeの動画を流し始めた。
「次は。この女だ」
取り巻きが覗き込む。
「カワイイですね?兄貴好みだ。名前は?近藤春菜。確か…カラオケフリーダムの近くのスタバにいますよ」
「バイト帰りに拉致ってこい」
別の取り巻きの声が言った。
「近藤春菜。小林智昭の女です。マズイと思います」
「誰だ?小林ってのは?」
「池上商店街の小林智昭です」
「あぁ路上ライブのチンピラか」
「いろんな所に信者がいます。警察、国会議員、芸能記者、大手の企業の取締役、揉み消せませんよ」
「じゃぁ…3年前と同じように。やったら埋める。行方不明で小林智昭に一生捜索させりゃいい」
「はい。どこに運べば?」
「俺の自宅で良い。あのマンションなら俺に文句言う奴もチクる奴も居ねえ」
「いつにします?スタバのバイトは日曜です」
「今度の日曜だ。連れてこい」
ジョニーは鍋谷の自宅マンションに行った事がある。何かのパーティーの5次回の後連れていかれた。判りやすい場所で覚えている。判りやすいが、交通量も無く、人気のない場所に有る。
鍋谷と取り巻きは朝3時まで、ジョニーを足置きにして飲んで帰って行った。




